2015年10月 自己信頼

「ストーカー被害、ですか?」

「そうみたい。結構来てるみたいなんだけど、ちょうど僕の休みの日に来るみたいで。まだどんな人か見てないんだよねー」


 この日、かぶった休憩時間中に、先月100点を取った下山さんの話になっていた。どうやらストーカー(未遂?)男がいるらしくて。下山さんがレジに入っている時は、必ずそのレジに行くらしい。


「実際どんな被害があったんです?」

「まぁまだ、あと追いかけられたりとかはないみたいだけど」


 いや、そんなのあったらすでに警察沙汰ですよ!


「お釣り返す時に手握られたり、お菓子もらったり程度みたい」

「普通に嫌ですよ!? それ」


 お釣りを返した瞬間に落とすお客さん、意外と多い。だから、落とされないように、お客さんがしっかり受け取るまで手を添えたままにしてるんだけど。なぜかおじさんとかおじいちゃんとか、お金ごと手も握ってくることがある。あたしは生理的にちょっとそれが受けつけられない。


「その時僕いれば、すぐに飛んでいくんだけどなぁ」


 レジっていうのは、逃げ場がない。特に、生活館の集合レジではなく、資材館やガーデン館に設置されている、『コーナーレジ』と呼ばれるポツンと存在する一台レジ。そこに女性が入ると、まーいろんなお客さんが来るようだ。それはもはやお客さん……ではなく、変態と呼ばれる者達。卑猥な言葉をつぶやいたり、卑猥な写真を見せつけてきたり、卑猥なモノを見せつけてきたりする輩もいるらしい(もう立派な犯罪よね)。だから、あたしもあんまりコーナーレジには入りたくない。こういう時だけは、男性リーダーである追本さんが頼もしく見える。それに――。


「変態に対抗できるのは、変態だけですもんね」

「そうそう。僕の変態力をもってすれば……って、誰が変態か!」

「え? 違うんですか」

「そのへんの変態と一緒にしないでくれたまえ、ケイロくん」


 追本さんはそう言って、またメガネをくいっと上げる仕草をする。


いかりさんとか、絶対やばいですよね」

「だね。ココメロボは、変態に出くわしたらフリーズすること間違いなし」


 またいじってるし。碇心芽いかりここめさんはあたしより少し年上のフリーター女子。清純、というか純粋というか、穢れを知らない雰囲気が前面に出てる。追本さんはココメロボとか陰で言ってるんだけど。言動がロボットみたいだからって。それが悔しいけど的を射てて……。こないだも碇さん、あたしの真正面のレジだったんだけど。追本さんが袋詰めサッカーしながらボソッと『ココメロボ、発進』なんて真顔でつぶやいたの。そしたら碇さんが目の前で『イラッシャイマセ』ってカクカクしてたんだもん……。なんでカクカクしてるのよ! あの時は思わず吹き出してしまって注目されて、みんなの前で恥かいちゃったんだから! あ、いや碇さんは全然悪くないんだよ。全部追本さんが悪い。


「でも、なんでお店の中で変態行為ができるんですかね」

「さぁ? 変態だからじゃない?」

「あれ? てっきり追本さんなら気持ち理解してると思ったんですけどねー」

「言うなぁ……。ケイロくん」


 ふっふん。こないだ恥かかされた仕返しですよーだ。


「でも一つわかることはある」

「それは?」

「自分に素直に生きてる、ってことだね」

「それってつまり、追本さんと一緒ってことですよね?」

「……まぁね。否定はできない。ただ、変態が欲望に従うのと、僕が信念に従って生きてるっていうのとじゃ、似てるようでまったく違う。そこだけはハッキリしとく!」


 欲望と信念?


「ここの見極めが難しいんだけどね」

「?? どういうことです?」

「ラルフ・ウォルドー・エマソンという人がこう言ってる。『一個の人間としてありたいなら、社会に迎合してはならない』ってね」

「ゲイ・ゴーって、なんですか?」


 初めて聞く単語だった。


「いや……、そこで区切る言葉じゃないんだけど……」

「で、なんですか?」

「あ、うん。ザックリ言えば、自分の考えを曲げて、他人の意見や価値観に合わせるってことだよ。みんなが良いって言うから良いって言ったり、社会で善いことだってされてるから善いって思ったり、ね」


 そう言うと、追本さんの表情が少しだけ渋くなった。


「八方美人、ってことですか?」

「んー。似てるけど少し違うかなぁ。反対に言うと、自分の中で善だって思ったことを貫くってことが、『迎合しない』ってことかな」

「人にあれこれ言われても、自分の意見を貫け、ってことですね」

「まさしく! その通り。ただし、利己的な意見じゃなく、善意をね」


 追本さんはそう言って、カラカラと笑った。自分の欲望に逆らわない変態と、自分を貫くへんた……じゃなかった、追本さん。どこか通ずるものがあるんだろう。あたしも、どっちかというと昔から自分の意見を貫く方。だからなんとなく、わかる。――あたしは変態じゃないけど――。

 友達とくだらない話で盛り上がることもできなくはないけど、やっぱり苦手。だから大学でも基本一人の時が多い。みんな孤独が嫌で、自分を曲げてまで集団の中に入ろうとしてるんだと思う。その気持ちももちろんわかる。でも、それは本当の友情なのかなって考えてしまう。それで本当に満たされたことなんてないから……。

 ここでバイトするまでは、そんな自分で良いのか揺らいでいた。それは今でも変わらないけど。でも今は、前よりは自信を持って自分の考えで良いんだって思えてる。だって、どんなに陰口をたたかれても、批判されても、結果が出なくても、諦めずに自分を貫こうとするお手本バカがすぐ目の前にいるんだから。




【2015年10月接客ランキング結果】

68.33/Bランク

117位/184位(全社)


【結果考察】

 先月の下山さん同様に、上木野さんが90点と100点を取っていた。なんなの、あの人達は……。接客三銃士、やっぱりすごい。サブリーダーのシーさんも90点のSランク。他にもう一人、Sランク取った人がいるみたい。Eランク取得者も二人に減っていて、総合平均の記録を今月また更新!  確実に上がってる。いよいよ、反撃の狼煙のろしが上がり始めたって感じがするよね!

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