2015年9月 実るほど頭を垂れる稲穂かな
先月91点のSランクを取ったことによって、今月の時給は60円アップになっている。正直それも嬉しいけど、その時の現場一位のランクを取ったことが何より嬉しい。
「ケイロくん、先月初当たりでいきなりSランク取るとは、やるなぁ」
お客さんが途切れる度に、さっきから追本さんが近寄ってボソッと一言つぶやいては去っていく。
「僕なんて、最終経歴Eランクなのにさ」
相変わらず、自身のEランクのことを引きずっているらしい。
「追本さんも取れますよ」
「取る気は満々なんだけどねぇ……。当たらなきゃ、ねぇ」
ぶつぶつとそう言いながら、他のレジの
* * *
「お疲れ様です」
「お! お疲れぃ」
意外にもいつも通りの追本さん。
「さっきなんか、
「そうなんよね。あまりにカゴの置き方が乱雑なもんで、注意した」
たいていのホームセンターがそうだが、お客さんはほとんどカゴに商品を入れて持ってくる。カゴの中身を全部スキャンして、空になったカゴは近くに置くのだが、確かに
「え? それだけです?」
「それだけっちゃ、それだけなんだけど。何回注意しても聞かないもんだから。前にあのカゴの置き方で子どもケガさせそうになったこともあるし、本気で怒ってしまった」
「追本さんでも怒ること、あるんですね」
「あるよー。ミスとかじゃあんまり怒んないけど。人道に反することやったり、人をバカにするような態度取られたら、ね」
「それは確かに、怒ってしかるべきですね」
「でも、もしかしたら
そう言って追本さんはお茶をぐいっと飲んだ。普段怒らない人ほど、怒ったら怖いとはよく聞くが、この人の場合もそうなんだろう。実際、追本さんの予言通り、
* * * * *
「え……? ろ、67点ですか?」
「そうね。残念ながら」
追本さんは渋い顔をしながら、接客ランキング表をあたしに手渡した。ウソだ! 先月Sランク取ったやり方で、同じクオリティであたしは接客してたよ!? それなのに……二ランク下のBだなんて、信じられない!
「まぁ、こんなもんですね」
あたしは接客ランキング表を見ながら、平静を装った。『笑顔』の項目が壊滅的だった。そんな……。いつも通り笑顔出してたつもりだったのに!
「こういう時もあるさ。ほら、僕なんてEランクだし」
あたしの表情から本音を読み取ったのか、追本さんは笑いながらそう言った。いつも通りイラッとしたけど、今回のは本気だった。そんな慰め、いらない。あんたと比べられたくない。あたしはSランク取ったんだ。接客三銃士よりも上の点数取ったんだ。Bランクなんて、そんなはずはない!
「次は頑張ります」
それだけボソッと吐き捨てて、あたしはレジに向かった。
* * *
「いらっしゃいませ。ポイントカードはお持ちですか」
なんだか、おもしろくない。お客さんの表情もあたしをイラつかせる。なんでこっちは一生懸命接客してるのに、そんな暗い顔してるわけ? 人生つまんないのかな。そんなにいっぱい商品買って、結構な金額いくとため息ついて不機嫌になって。意味わかんない。だったら買わなきゃ良いじゃん! こっちは笑顔出して売ってあげてんのに、なんでそんな顔できるの? 意味わかんない……。
「――っと! ちょっと! 聞いてんの!?」
「あ、はい。なんでしょうか」
「なんでしょうか、じゃないわよ! これ、一個多く打たれてるのよ!」
「あ、失礼しました。打ち直すので少々お待ちください」
「打ち直す? こっちは急いでんのよ!」
なに言ってんのかな、このお客さん。打ち直さなきゃ、お金返せないのに。
「どうかされましたか」
「この子のミスのせいで――」
突然現れた追本さんが、怒り散らすお客さんをサービスカウンターに誘導していく。あれ、めっちゃ怒られてる。ミスしたのはあたしなんだけど。なんで追本さん怒られてんの? 横目で気にはしながらも、次々とレジに来るお客さんを接客しなければいけなかった。
* * *
やっと休憩時間になり、休憩室に向かう途中、追本さんとシーさんが廊下でなにか話しているところに出くわした。きっとさっきの件だ。あたし、接客ランキングのランクダウンのことばっかり気にしてて、集中力を欠いてた。冷静に思い返してみると、自分がミスをしたのにあの対応はなかった。きっと、怒られる。追本さん、不誠実な対応とか嫌いだって言ってたもんな。でも、仕方ないか。
「おー、ケイロくん! お疲れ」
「お疲れ様です。あの……さっきの……」
「あぁ、クレームの件ね」
やっぱりクレームになったんだ。そうだよね。お客さんめっちゃ怒ってたもん。
「ひたすら謝っといたから、ダイジョーブイ!」
そう言って追本さんはVサインをしてくる。なにそれ? そんな前置きはいいから、さっさと叱ってよ。
「いや、すみません。あたしのミスのせいで……」
「大丈夫よ! みんなのミスを、謝るのが僕の仕事なんだし」
「でも、あたし……集中できてなくて……」
「気にしなくって良いって。普段ケイロくんがどれだけ接客頑張ってくれてるか、みんな知ってるから。一回や二回のミスなんて、誰でもあることさ」
「でも……あたし……」
そこまで言うと、あたしの頬に涙が伝っていた。止まらなかった。なんで怒ってくれないの? なんで笑って過ごせるの?
「あたし……あたし……お客さんに対して適当な態度して……。そんなくだらない自分の態度で追本さんが怒られて……迷惑かけたのに……」
そっからは脇目もふらず、声を出して、泣いた。情けなかった。自分が情けなかった。自分が悪いのに、全部自分が悪いのに。ずるいよ。ちゃんと叱ってよ……。
「大丈夫よ、ケロちゃんは反省してるっていうの、ちゃんとわかってるから」
そう言って、シーさんが優しく抱きしめてくれた。お母さんみたいだった。優しいよ、優し過ぎるよ、ここの人達……。
その後、サブリーダーの大木戸さんも多枝元さんもモモさんも、もちろん草野さんも、みんなして慰めてくれた。なんか、お客さんにクレームもらったことに対してかなり落ち込んでたって思われたらしい。本当は、自分が情けなかっただけなんだけど。だからこそ、みんなの優しさが余計に身に染みた。
* * *
家に帰るとすぐに、ラインメッセージが届いた。誰だろう?
『今日はお疲れ、ケイロくん』
追本さんだ。
『そういえばさ、こういう言葉って知ってる? 『実るほど
これって、暗にもっと謙虚になれって言ってるの、バレバレじゃん……。あの時は大丈夫だって言ってくれてたけど、お客さんに対するあたしの不誠実さ、しっかりと見抜かれてたってわけね。
――はー。……なんか、スッキリした。みんなに優しくされて嬉しかったけど、どっかでモヤモヤしてた。でも、見てくれている。うわべだけじゃなくて、ちゃんと中の方まで。
あれ、まだメッセージ来る。
『あとさ、ピカソのこういう話知ってる? 晩年のピカソに絵を描いてくれって頼んだ人がいて。三十秒で描いた絵を渡されて、やったって思ったら、百万ドル請求されたんだって。そしたらその描いてもらった人が腹立ててさ、たった三十秒で描いた絵をそんなバカげた金額をつけるのかって。それでピカソはなんて言ったと思う? 「それは三十秒じゃなくて、三十年と三十秒だ」って。ウケるよねー(笑)』
?? これはなにを言いたいのか、あたしにはわからなかった。ただ知ってる豆知識を語りたかっただけかな……。まぁいいや。一応返信しとこう。
『追本さん、ありがとうございます。みなさんの優しさが身に染みました。これからもっともっと集中し、稲穂のようにもっと謙虚になって、リーダーのみなさんの助けになれるように成長していきたいと思います。またよろしくお願いします』
するとすぐに、『いいね』のスタンプが返ってきた。でもこれは、あたしの本心そのまま。あたし、調子に乗ってた。一回Sランク取ったからって、すべてを完璧にできるわけじゃない。ましてやお客さん相手に、その時の気分や調子が違う人間に対してやる接客に、100点満点なんかないのかもしれないんだから。まだまだ、ここで終わりじゃないよね。――って、あ! さっきのピカソの話は、そういうことを言いたかったのかな。
追本さんのラインを見直して、今日のことを思い出していた。ちょっとだけ、いつもよりしょっぱい晩ごはんを食べながら、あたしは決意を新たにした。
【2015年9月接客ランキング結果】
66.89/Bランク
112位/183位(全社)
【結果考察】
今月はあたし、三回も当たってたみたい。急に当たり始めたけど、どうしたんだろう……。速報で出た67点のB、あとは70点のBと80点のAランク。一つだけAランクがあったのが救いかな。どっちにしろ、こんなに不安定な結果もらうと、まだまだなんだなっていうショックが大きいけど。それに比べて、さすがの接客三銃士。咲代さんは90点のS、下山さんは二回当たってて一つは90点、もう一つはなんと100点! 下山さんは初めての100点らしい。今月接客リーダー研修というので追本さんと一緒に本社に行ってたみたい。そこで美笛社長の講義があって、すごい刺激を受けたんだって。しかも、その100点取ったのはその次の日だったらしい。どんな話を聴いたんだろ。確かにその日あたしも出勤で、下山さんの接客見てたけど、すっごい自信に溢れてた。オーラが違ってた。自信を持つって大事。それはやっぱり、結果にも出るんだと考えさせられた。
あと、一番大切なこと忘れてた! なんと今月初めての全体Bランク達成! 点数も過去最高点! ついに、今までの努力が実を結び始めたのかな。
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