2015年8月 緊迫の口上戦

「昨日でさ、グルテンフリー終わったんだ」


 もはやおなじみの休憩かぶり。開口一番、追本さんがそう言ってきた。


「そういえば先月そんなのやってたみたいですね。で、どうでした?」

「じんましん出た」

「は?」

「それがね、グルテンフリーって麺類も一切食べれんわけよ。ラーメン大好き追本さんとしては、耐え難い苦行でして……」


 いや、ラーメン好きとか知らないけど……。


「二週間の小麦抜き生活を終えて、いざカップラーメンを食べたわけさ」

「はい」


 ってか、カップラーメンて。二週間も我慢したんだから、もっと他にご褒美的なのあるでしょ……。


「そしたらね。食べた瞬間に、じんましん出た」

「……それって、やった意味あったんですか」

「わかんない」


 そう言っていつものおにぎりを食べ始める追本さん。


「一つ言えることは、僕はジョコビッチにはなれなかったってことだね」

「ってか、誰ですかジョコビッチって!」

「有名なテニスプレーヤーだよ」


 だからあなたは何になろうとしてるんですかって。


「今日はね、ちょっと壮絶なラリーをしなきゃいけないから」

「え? テニスするんですか?」

「違う」


 違うんかーい。


「例えだよ、例え。メタファーだよ、ケイロくん」

「だからグルテンフリーを?」

「いや、そういうわけじゃないけど。そこはたまたま。テニスだけに」


 ふぅ……。誰か、ラケット持ってきて。


「なんか今日、ビーバーハウスのお偉いさんが来るんだって」

「それとラリーと、どういう関係が?」

うちチェックサービスの社員の乙和見さんも来るんだけど。あと新しい次長さんと草野さんと僕で、レジ契約についての話し合いをするってわけ」


 その後の説明が長かったのでざっくりと言うと、契約しているレジのことについて、再調整をする、ということらしい。委託には全台委託と一部委託とあるのだが、ビーバーハウスでは後者で契約している。しかも、少し異例というかおかしなことになっているようだ。

 普通の一部委託の場合、開店から閉店まで契約したレジにはチェックサービスのスタッフしか入らない。これが普通の契約一本ライン。逆に言うと、契約していないレジにはチェックサービスのスタッフが入ることはできない。しかし、この前のように突発でビーバーハウスのチェッカーさんが休んでしまうと、こっちに入ってくれと当日依頼がある。これを『増台』という扱いにしているのだが、本来は当日増台は受け付けていない。しかもうちチェックサービス向こうビーバーハウスのチェッカーがごちゃ混ぜになると、過不足とかいろいろめんどくさくなるらしい。たまたま、この現場がオープンから入っていて大規模で、サブリーダーが複数人いるので対応できているだけだ。とはいえ、最近あまりにも当日増台が多いので、抗議も兼ねて、改めて契約のラインを守って欲しいという要望を前々から打診していたらしく。それが今日、やっと話し合いの場を作ってもらえたというわけらしい。


「追本くん」

「あ、お疲れ様です。もうですか?」

「うん。行くよ」


 担当社員の乙和見さんが休憩室を覗いて追本さんを手招きすると、急いでお茶を飲みほし、立ち上がった。


「それじゃ、行ってくるかね」

「頑張ってきてください」

「うっす」


 何を頑張るのかよくわからないが、とりあえず言っておいた。今のままでもあたし達が困ることはあんまりないけど、リーダーさん達はやりづらいんだろうなぁ。こないだも、サブリーダーの大木戸さんが向こうビーバーハウスのリーダーさんともめてたみたいだし。七十人くらいスタッフがいると、いろいろあるわけで。ミスとかできてないこととか、チクチクと言われちゃうみたい。板挟みって、こういうことなんだろうな。接客に関しても、笑顔とかうなづきとかが気持ち悪いって言われてるみたいだけど。こっちはこっちで一生懸命やってるんだから、文句言わなくても良いのに。何が気に食わないんだろ……。ともかく、改善に向かってくれればそれに越したことはない。


  *  *  *


「どうでした? 話し合い」


 営業時間が終わり、売場にレジ上げをするために追本さんが出てきた。


「どうもこうも、ないね」

「??」

「平行線、だよ。まったく交わる気配なし」


 そう言って追本さんはあきれ顔を見せた。


「ビーバーハウスの本部側としては、うちチェックサービスを切りたいらしい。それはまぁ、前々からずっと言ってることだけど」

「そうなんですか」

「かといって、今すぐ切れるはずもないじゃん? 多い時で十四台ぐらい出してるわけだから」

「それはそうですね」


 営業時間(十二時間)×十四台だから、この分の人数はすぐに埋まるはずもない。それは学生バイトのあたしにだってわかる単純計算。


うちチェックサービスとしては、せめてラインを統一させたいって言ったんだけど、それもあやふやな返答で結局認めてくれなかった」

「それができない理由がいまいちわかりませんけど」

「つまりね。現状ビーバーハウス側でも人がいる時間帯はそのままに、人がいない夕方だけたくさんくれって言うわけ」

「あ! そういうことですか」


 ビーバーハウスのチェッカーさんは主婦の方が多い。なので、シフト希望は平日の午前中に固まっている。そうすると、必然的に平日の夕方とか土日がスッカスカ。その足りない部分だけを埋めてくれ、というのがどうやら向こうビーバーハウスの要求らしい。


「完全なご都合主義だね。こっちを派遣会社だと思って、なめくさっとる。使い捨てティッシュじゃないっつーの」


 珍しく、追本さんの口調が荒くなる。


「考え方が古いとしか言いようがないね。使ってやってる側が偉い、みたいな考え。確かに、うちチェックサービスは依頼されて、レジを委託させてもらってる。だけど、寄生虫みたいに居座ってるわけじゃなくて、水準の高い接客サービスと稼働で貢献してる。少しでもビーバーハウスが繫栄する手助けがしたいって思ってる」

「確かに、ビーバーハウスが儲からないと、共倒れですもんね」

「その通り! WIN-WINの関係であるべきじゃん? それを面と向かってあんな態度取られたんじゃ、腹が立つのを通り越して、あきれるわ」


 そう言い終わると、はぁっと大きく息を吐き出し、


「改善はできんかったけど、新しい次長は好意的だったから、それだけが救いかな」


 と言った。


「どんな人でした?」

「……まぁ、良い人だね」

「それじゃ、これまで通り――」

「ただ」


 追本さんはあたりを見渡して、一層小声になって言った。


「上には逆らえないタイプと見たから、今後店長の方針次第では、リアルに危ういかもしれん」


 追本さんの顔からは、楽観的な気配が消えていた。今すぐにどうこう変わるわけではない。それはわかったけど、まったくの安泰、というわけでもなさそう。ただ、あたし達が心配したところで、どうにかなるわけでもない。一日一日を、しっかりやることしか、できることはない。




【2015年8月接客ランキング結果】

53.75/Dランク

162位/184位(全社)


【結果考察】

 今月もEランク取得者8人。一向に減る気配がない。……けど! 正直、今月はそんなことより、ついにあたし当たったのよね! 点数? ふふふ……。なんと、91点のSランク! しかも、接客三銃士の一人、咲代さくよさんの90点を超えて堂々の一位! 接客のポイントはおさえてたから、Sランクを取る自信はあった。でもまさか、初っ端で接客三銃士を抜くことができるなんて。ここからだわ。この現場は、あたしの接客で変えてみせるっ! あたし達を解約しようだなんて、そんなバカなこと言わせないくらいの接客をしてやるんだから!

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