レベルの上げ方? 実践あるのみ!
三年目
2015年4月 人を動かす仕事
「はぁ……」
「どうしたんすか、追本さん?」
この人は本当にわかりやすい。ここまでポーカーフェイスというものと縁がないと、いろいろ悪いことにも出くわすことになるんだろうな、と少し思った。
「いやね、お客様に悪態つかれて……さ」
「いつものことじゃないですか」
たぶん、クレームとして報告がないだけで、お客さんがイライラして悪態つくことなんて
「そうなんだけどさ。その悪態つかれたこと自体より、人間ってものを信じて良いものか、揺らいじゃってさ」
「はぁ」
また無駄に大きなテーマにしてくるなー。
「ケイロくん、性善説と性悪説って知ってる?」
「わかんないです」
「人間の本性が元々良いものなのか悪いものなのかって、古代から論争の種になっててね」
古代から? それにしては聞いたことないけど……。学校で習ったっけ?
「僕は人間の善性を信じたいわけなのよ」
「それは信じて良いでしょう?」
「だけどさ、あんなに頑張って良い接客しようとしてるのに、死んだ魚の目のようにこっちを一瞥されたり、お客さんのためにこっちが質問したらキレたり、ちょっと聞き間違えたら怒鳴ったり。だんだん悪魔に見えてくるんよね……」
そう言っている追本さんの目からは、どんどんと光が失われていくように見えた。
「き、気にしすぎですよ! ほら、あんなに忙しいんだし、もうちょっと接客も機械的にやれば良いじゃないですか」
「そういうわけには、いかない。無関心は、愛の反対語だからね」
……あんたは聖女か。
「でも、お客様を笑顔にしようとすればするほど、闇に堕ちていく……」
ダメだこりゃ。闇堕ちする手前になってる……。話題を、変えなきゃ。
「そういえば、あれですよね! スーさん辞めて、あと千田さんも産休に入るから、四人も新しくサブリーダーに加わったんですよね?」
「そうね。
新年度に入って、随分とスタッフ数も減っていた。ベテラン勢として今まで活躍してた学生達が、一斉に卒業で辞めていったからだ。必然的に新規採用を進めていかねばならず、しかも大人数必要なため、研修できる人を確保しておかなければならない状態だった。
大木戸さんは遅番で元気の良いおばちゃんだった。接客もすごい感じが良いし、おばちゃんって言うのが失礼なくらい、若々しいエネルギーを放っていた。多枝元さんは早番で、かつて追本さんがやっていた十五分研修でしょっちゅう噛みついていたおばちゃんだった。接客うんぬんより、基本的なルールに厳しい人って感じ。モモさんはちっちゃくて唯一、追本さんより年下の女性。接客ランキングではあまり良い点数は取れていないみたいだけど、仕事がテキパキできて、クールスナイパーって感じ(なんじゃそりゃ)。シーさんは追本さんより少し年上だけど、すらっとしてるキレイな女の人。ただ、しゃべり出すとビックリ箱みたいな感じ。見た目の印象と話す時のギャップが凄まじい、おもしろい人。五人の子どものお母さんらしくて、そのせいかあたしのことも子ども扱いしてくる。ま、お母さんが近くにいるみたいで嫌じゃないけどね。
「納得の四人ですね」
「でしょ? 大木戸さんなんて、毎日のように
「す、すごいですね」
よく考えたら、リーダー陣の中で追本さんは唯一の男性。前に一人、沖山さんという男性リーダーがいたけど、すぐいなくなっちゃったし。これだけパワフルな女性達に囲まれて、よく続けてられるなー。
「僕もさ、なんとかうまくやっていけるように、そっち方面のこともいろいろ勉強してるんだよね」
「そっち方面?」
「人間関係、だよ」
やっぱり苦労してるんだ。
「デール・カーネギーって人の『人を動かす』って本が、すごいね」
「なんかフライドチキンが食べたくなってきました」
「いや、おしいし、僕も食べたいけど違う」
「やっぱりですか」
「その人が言うにはね、一番大事なのは重要感を持たせるってことらしいんだ」
じゅう……ようかん? ダメだ。さっきお昼ご飯食べたのに、なぜか全部食べ物とリンクしてしまう。
「つまり、相手に『あなたはとても価値の高い、重要な人ですよ』っていうことを伝えるってことだね」
「それってつまり、お世辞を言うってことですか?」
「んー。ちょっと違うんだなー」
そう言うと、追本さんは考えを咀嚼するように頭をおさえた。
「上っ面だけ良いこと言っても、ばれちゃうからね。本音を言わなきゃいけない」
「でも、褒めるとこがなかったら、そんなの言えなくないです?」
「そこなんだよ、ケイロくん」
追本さんはそう言ってあたしを指差してきた。久々にきた。このちょっとむかつく感じ。
「人って、多面体なんだよね」
「つまりサイコロ?」
「……まぁ、そういうことにしよう。例えば、仕事場ではムスッとして笑顔のかけらも見せない人が、家に帰って子どもの前では良いお母さんだったりとか」
「あー。ありそうですね」
「もちろん、その逆もある」
「ですね」
「だから、その人の一面だけを見て、それがその人のすべてだって決めつけないようにすることが大事なんだよね。さらに言えば、自分には見せてくれないかもしれないその『良い一面』を見つけて褒めてあげる」
「なるほど」
「そうすることで、円滑な人間関係が築ける、っていうスンポーよ!」
理屈はわかるけど、そう簡単にその人の良い面を見つけることができるんだろうか……。
「それってつまり、さっき追本さんが悪魔に見えてくるって言ってたお客さんにも、当てはまるわけですよね」
「!! ……そうか。そうだねぇ……」
はっとしたような顔をした追本さんは、しばらく腕を組んで考え込み始めた。
「確かに、これは一つの気づきだな。もっと頑張ってみるか」
そう言うと、さっきまで闇堕ちしかけていた瞳の輝きが、少しだけ戻ってきたように見えた。なんとか大丈夫そうだね。
「それで、サブリーダー同士の人間関係はうまくやってるとして、業務の分担とかはしてるんです?」
リーダー業務と一口に言っても、本当にいろいろやらないといけないみたい。スタッフのシフト作成や月ごとの売上報告なんかはリーダーの草野さん。その日、どこのレジに入るのかっていうレジ組はサブリーダーで分担してやっている(追本さんもやっていたみたいだけど、あまりに複雑怪奇な組み方をするもんで、干されたらしい)。過不足の管理とか、勤怠管理も。あと、一番リーダーっぽい仕事が現場管理。名前だけ聞けばなんか大変そうだけど、連絡用のPHSを持って、レジでトラブルとかあった時に対応するってだけ。何もない時は常に
「人数増えたおかげで、僕はリーダー業務から少し外れて、これからもっと研修とか接客向上の指導の方面に専念できるよ」
「おっ! ついにですか」
そう、これ。追本さんがずっとやるやる言ってて、なかなかできてなかったこと。今まで研修は草野さんと千田さんがやってたけど、千田さんがいなくなって追本さんがメインでやるようになったみたい。
「例のプロジェクトも、ようやく形になってきたし」
そう言って追本さんは一枚の紙を見せてくれた。
「組織図……?」
「そう。今まで、誰が何やってるかっていうのが不明瞭だったじゃない? こんだけ人数がいる現場でそれはやりづらいだろうって、担当社員の
そういえば去年、担当社員が変わっていたんだった。前任者には結局一度も会わなかったけど、現担当社員ともまだ一度も会ったことない。一体、いつ来てるんだろう。月に二、三回は来てるらしいけど……。ほんとにチェックサービスの社員の動きって、謎。
「なんか、追本さんだけ他のサブリーダーから外れてますけど」
「それね! 僕の下をよく見てみて」
「あ、さらに下に線が伸びてますね……って! なんですか? 『接客三銃士』って!」
「ふふふ……。かっこいいっしょ?」
不覚にも、少しだけかっこいいと思ってしまった自分が恥ずかしくなってきた。感性がこの人と一緒とか、なんかイヤ。
「前言ってた『権限委譲の法則』を活かして、この三人に接客リーダーとして活躍してもらうことになったのだ」
その組織図、他のリーダー達は名前だけなのに、なぜか追本さんだけは写真付きだった。しかもすっごい笑顔で。さらにコピーされたものなので、白黒でなんか遺影みたいになってる。乙和見さん、絶対追本さんで遊んでるでしょ、コレ……。
『教育・接客係』の追本さんの下に、接客ランキングでもよく高得点を取る、三人の女性スタッフの名前が連なっていた。なぜかわからないけど、ワクワクしてきた。戦隊モノで例えると、通常カラーの五人以外の、スペシャルな仲間が加わった時の、あの感覚。これはおもしろくなってきたかも!
【2015年4月接客ランキング結果】
48.06/Dランク
162位/170位(全社)
【結果考察】
ぎゃー! 組織図とかできてこれから、って時に、追本さんが44点のEランクを取っていた! 今までかろうじてDランクで踏みとどまっていた彼も、ついに最低ランク堕ち……。それに呼応するかのように、現場全体の点数もダウン。同じサブリーダーの多枝元さんは77点のAランクだったのに。しっかりしてよね、教育係の追本さん!
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