2015年1月 追本、暴走迷走

「一点集中、か。やっぱ一点集中だよなぁ」

「明けましておめでとうございます、追本さん」

「お、ケイロくん。あけおめ!」


 新年早々、追本さんは下を向いてぶつぶつ言っていた。今日は新年最初の出勤だ。バイト先であるビーバーハウスは元旦だけが休みで、二日三日は営業時間を短縮してはいるがお店はやっている。今年はすぐに埼玉こっちに戻ってきたので、三が日の出勤なんだけど。BGMがいつもの単調な音楽ではなく、いかにもお正月というあの曲『春の海』がひたすら流れてて、なんか新鮮。


「なにぶつぶつ言ってたんですか?」

「いやね、ワンシング、つまり一点集中の重要性を反芻してたのだよ」

「犬用の毛布ですか?」

「そうそう、ワンの寝具ね。ってか、犬猫のクッションとか高くない? 絶対僕がが使ってるやつより良い素材使って……って、違う!」


 ビーバーハウスでは本当によくペット用品が売れる。ペットフードだけで数千円買っていく人なんてザラ。レジ打ってると、ペット用のおでんとかお酒とか靴下とか、日本どうなってんのって思うくらい。下手したら本当に、追本さんの食費よりペットの方が高いかもしれない。


「一つの考えってこと。つまり、余計なことを考えるのをやめて、一つのことに力をフォーカスしないと、うまいことできないってことだね」

「そういうもんですか」


 そうは言われても、あたしは学校にバイトにいろいろと忙しい身。どれか一つになんて絶対絞れない。


「マルチタスクが良いなんて叫ばれてた時代もあるみたいだけど、今の時代はやっぱりワンシングだよ、うん」


 そう言いながら、一人でうんうんうなづいている追本さん。呑み込みが早いというか、影響されやすいというか。まぁ、人に迷惑さえかけてくれなければなんでも良いんだけれども。


「そういえばさあ、ケイロくん。駅向こうのセブン行ったことある?」

「いや、あたし駅側じゃないんで、行ったことないですね」

「たまたまさ、駅向こうに行く用事があったから寄ったんだけど。そこの店員さんの接客がすごく良くて」

「へぇー」


 コンビニの接客って、一時期よりは良くなったとは思うけど、まだまだってイメージ。今まであんまり接客について考えたことなかったけど、チェックサービスに入ってから、少しだけ意識するようになっていた。あ、お店入ったらすぐ挨拶してくれるな、とか、目合わせ全然できてないな、とか。


「おばあちゃん店員だったんだけど、めちゃくちゃ腰低くて。あ、丁寧って意味ね。カップじゃない十袋入りのコーンスープあるじゃん? セブンのやつ、おいしくて好きなんだけど」

「はぁ」


 時々こういういらない追本さん情報が入ってくる。でもちょっと気になるな、コーンスープ。


「あれ買ったらさ、スプーン付けますか? って」

「別に、普通に聞いてくるやつですよね?」

「それがカップのやつなら、そうだよね。だけど、袋タイプのやつで、すぐには飲めないから、普通は付けないわけよ」

「おばあちゃんだから、わかんなくて聞いてしまった、とか」

「僕もそう思ったんだけど、甘かった」


 そう言うと、追本さんは目をキラキラさせながら言った。


「いや、いいですって言ったら! 『そうですか、ごめんなさいね。今お昼時だから、会社に帰ってすぐ飲まれるかと思って。余計なこと聞いてごめんなさいね』って」


 それを聞いた途端、あたしは鳥肌が立った。


「正直、そこまで考えてくれてるって思ったら、感動したよね」


 あたしもまったく同感だった。そんな店員さん、いるんだ……。ちょっとだけ地元のおばあちゃんを思い出した。いつもケイロちゃんケイロちゃんって呼んでくれてて、苦手な味の飴とかよく出してくれたっけ。あの時はいらないって断っていたけど、おばあちゃんなりに、あたしのこと、考えてくれてたのかな。


「これもさ、やっぱり一点集中なんだよね、ワンシング。お客さんのことだけを考えないと、あんなセリフ出ないよ」

「ほんと、そうですね……」


 年の功、というのもあるかもしれない。その店の忙しさとか、いろんな条件も関係してくるのかもしれない。正直、ビーバーハウスのレジであたしが同じことできるかっていったら、絶対無理。いつか、できるようになる日が来るのだろうか。まったく想像すらできないけど……。


「究極の接客の形を見たね」

「はい」

「と、いうわけで、今年は一点集中やる!」


 新年早々、良い話と追本さんの決意を聞かされた。ワンシングか。あたしは、どんな一つに絞れば良いんだろう。


  *  *  *  *  *


「ケイロくぅん……」


 一月も終わろうとしたある日、しょぼくれた様子の追本さんが声をかけてきた。


「な……、どうしたんですか?」

「おら、やっちまっただ……」

「な……なんですか?」


 これはただ事ではない。ついに、犯罪に手を染めてしまったのか?


「いや、そんな犯罪者を見るような目、やめてよ」

「良かった。違うんですね」

「当たり前じゃん!」


 ほっ。とりあえず、一安心。


「実はさ……」


 と、なると、また恋愛絡みかな。またスーさんに懲りずにアタックしたとか……。


「高校生に告白したら、フラれた」

「えーーー!?」


 なにやっとんじゃーい! ってかそれ、犯罪じゃないんかーい!


「だ、誰にですか?」

「石浦さん」

「ぜ、全然想像もできないことしますね……」


 石浦茉莉ちゃんという、高校二年生がいるのは知っていたけど、あんまり話したことない子だった。ってか、高二だよ? JKだよ? なにやっとんじゃいこのおっさんは……。


「なんかさ、いけるかなーって思って」

「いや、無理でしょ」

「うん、無理だった」

「ってか、なんでアタックしちゃったんですか? 自分を見失ってたんですか?」


 あ、やべ。本音が出た。


「惚れちゃったもんは仕方ないでしょ。やっぱ言ってみないとわからんと思って」

「どんだけチャレンジ精神旺盛なんですか!」


 普通は好きになってもいい年したおっさんが女子高生に告白しないでしょ。しかもあんた、仮にもサブリーダーという立場なのに……。


「彼氏もいないって聞いてたし」

「いや、いなくても可能性はないでしょ」

「それがね、いたんだよ彼氏。周りには嘘ついてたみたいだね」

「はぁ……」


 いや、断るためにそう言った可能性は大いにある。


「しかもさ、下の名前で呼んでたら、彼氏に怒られるんで二度と呼ばないでくださいって」


 あ、こりゃ確定だ。さすがにキモいんでやめてください、とは言えないもんね。


「いやー、でも良い勉強になったよ。恋って、怖いね」


 いや、あたしゃあんたが怖いよ!


「でもさ、自分が送ったラインとかその返事とか見返してたら、笑えてきちゃってさ。自分おもろいなーって」


 追本さんはそう言いながら、思い出し笑いしてる……。もしかして、本当に楽しんでるの?


「ちなみになんて言って告ったんですか?」

「え……言わないとダメ?」

「別に無理にとは言いませんけど」

「それがさぁ……」


 ……言いたいんじゃん。


「『きみと共に歩く未来をこれから見てみたい』って、送った」


 !!? ぶはーー!! 待って! ちょっと待って! どこの詩人だよ!? あかん……。笑っちゃあかん……。耐えろ、耐えるんだ、あたし! そうだ、追本さんは元シンガーソングライターじゃないか! はー……ふー……。落ち着け。落ち着け。やめてよ、こんなとこで吹き出したくないんだから。あー。やばい。大丈夫よね? あたし、ちゃんと普通を装えてるよね? えらい、えらいぞあたし……!


「でもこれから少し、働きづらいなーって思って、凹んでたわけ」

「そりゃそうですよ! あたしが追本さんの立場なら、ここ辞めてますよ」

「うーん。やっぱりそうか」


 やっぱりそうかじゃないよ……。ほんと、後先考えないんだな、この人。茉莉ちゃんに訴えられなかっただけでも、儲けもんだと思わないと!


「一点集中、失敗!」


 そう言って、いつものてへぺろみたいな表情を向けてくる追本さん。なるほど、一点集中は諸刃の剣なのね。まぁ、考え方によっては、実際に試してくれる人が近くにいる、というのは案外ありがたいことなのかもしれない。あたしは絶対に同じ過ちをしたくない。というか、絶対にやらないだろうけど。

 新年早々、強烈なネタを提供してくれた追本さん。でも今回の件は、彼のチャレンジ精神を口だけではなく、行動で示してもらった一例となって、あたしの心に深く刻まれた。




【2015年1月接客ランキング結果】

53.00/Dランク

141位/161位(全社)


【結果考察】

 茉莉ちゃんが8点のEランクだった。……これ、絶対追本さんのせいだよね! そうだよね!? なにやってんの、あの人は……。それでも今回は案外Cランク取得者が多かったみたい。Eランク取得者はまだまだ多いけど、ちょっとずつ中間層が増えていっているのは良い兆候だと思う。

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