2014年11月 かけもちバイト

「僕、今月からもう一つバイト始めちゃった」


 今日も追本さんと休憩がかぶる。もうなんか、意図的に合わせられてるとしか思えない合致ぶり。あたしと顔を合わせるなりそう言って、ぺろっと舌を出して自分の頭をコツンとする追本さん。え? なにその、女子大生のあたしよりも女子大生的なノリ? ……鎮まれー。あたしの殺意。


「バイト……ですか」

「そう。居酒屋でさ、週一でやることにしたんだよね」


 追本さんはここビーバーハウスでサブリーダーをやっている。週五でロング勤務だから、結構稼いでいると思ったけど、足りないのだろうか。


「また、なんでです?」

「いやね……。スーさんのことを……忘れるために」

「はぁ……」


 いや、そんな理由でバイトする人、初めて聞きましたけど。ってか、どんだけ引きずってんの……。


「もうね、完全に見込みないって悟ったからさ……。諦めよう諦めようと自分に言い聞かせてるわけさ」

「はい」

「けどね。休みの日、一人でいると考えちゃうんだよね。やっぱりいけるかな!? ……とか」


 追本さんの悟りって、軽いな……。それに、得意のポジティブシンキングが完全に裏目に機能してるでしょ、これは。


「だからね、考える暇を与えないようにしたんだよ、自分に」

「なるほど」

「しかも、収入も増えるという、まさに一石二鳥」

「なるほど」


 うん。まぁ、少しでも前進しようという考えが現れてて良いんじゃないですかね。


「それにさ、なんといっても、まかないがうまいんだ! そのお店」

「まかない……って、なんですか?」

「あれ? 知らない? バイト後に出してもらえるご飯のことだよ」


 あー! まかないめしって、聞いたことあるかも! そういうことなのね。


「そういえば追本さんって、一人暮らしですよね?」

「そうだよ」

「普段なに食べてるんですか?」


 あたしは初めての一人暮らしだったので、気合い入れて調理器具は一通りそろえてある。なので、今でもほとんど自炊している。でも、男の人の一人暮らしって、どうしてるのか少しだけ興味があった。


「そうだね。ほぼ毎日、近くのスーパーの惣菜。外食はほとんどしないねー」

「毎日惣菜なんですか? 料理はしないんです?」

「しないねー。レンジもないし、フライパンもないからね」


 うわー。自炊する気ゼロだな、この人。


「でもお鍋ならあるよ、一個」

「はぁ……」

「彼女がいる頃はね、ご飯作って帰りを待ってたりしてたんだけどね……」


 へー。意外。そんな新妻みたいなことしてたんだ。……って、そんな遠くを見るような目、やめて。こっちまでつらくなる。


「そ、それでどうですか、新しいバイトは」


 とりあえず、話題を元に戻しとこう。


「新鮮だねー。やっぱこっちでサブリーダーとして働いてると、見えなくなってることもあったんだなーって」

「たとえば?」

「そうねー。ほら、うちチェックサービスの接客ってさ、『型』がかっちり決まってるじゃない。でももう一つの居酒屋の方は個人店だから特にそうなんだけど、決まった用語とかもないのね」

「それ、あたしも思ってることです。チェッカー用語とか、お客さんに話す言葉が定型文で決まってるのって、どうなのかなーって」


 そう。ビーバーハウスでは、お客さんのお迎えからお見送りまで、どういう言葉を使うか、決められているのだ。それがチェッカー用語って呼ばれるもの。あたしはここが初めてのバイトだけど、やっぱり違和感を感じる。


「まぁ、チェッカー用語を一言一句、間違えずに言ってくれっていうのは、クライアント指示なんだけどね」

「クライアント……指示ですか」

「そう。ビーバーハウスさんの方から、そう言われてるからやってるだけ。でも、向こうビーバーハウスのチェッカーさんは結構自由にやってるけどね」

「それなんですけど」

「ん?」

「こないだ、ビーバーハウスのレジリーダーさんに怒られたんですよ」

「え? ほんと?」

「正確には、あたしの用語が違うって千田さんを通して注意されたんですよ」


 本当に納得いかなかった。あたしの間違いなんだから、あたしに直接注意すれば良いのに、なんか遠くの方であたしを見ながら千田さんにこそこそ言ってて。それで、後から千田さんにチェッカー用語が少し違うよって注意された。千田さんは向こうビーバーハウスのリーダーさんが言ってたとは言わなかったけど、そんなの聞かなくてもわかる。しかも『~のお買い上げでございます』っていう言葉を『~のお買い上げになります』って言っただけ。一緒じゃん! それでなにかが変わるわけ!? あー、思い出したらまたイライラしてきた。


「それね。結構思ってる人多いと思うんだけど、契約上ビーバーハウスのリーダーはうちチェックサービスのスタッフにってことになってるんだよね」

「え? どういう意味ですか?」

「知っての通り、今うちチェックサービスは委託されてやってるじゃん? 派遣じゃなくて」

「はい、それは知ってます」


 前に委託と派遣の違いを説明してもらったけど、ほとんど忘れてた。


「委託だとね、スタッフへの業務命令権は向こうビーバーハウス側には一切なくて。なーんかそのことを曲解してんのか、注意もうちのリーダーを通してやってんだよね。あー笑える」

「いや、笑えませんけど」

「ひゃい、すみません」


 怒り心頭のあたしの返事でしゅんとなる追本さん。曲解だかちょっかいだか知らないけど、ネチネチやられるのが一番イヤ! そういうところがあるから、いつまで経ってもビーバーハウスのレジリーダーとの確執が消えないんだと思った。


「いわゆる、『お局様』体質を作ってしまってるんだよね、この職場は」

「おつぼね……ですか」

「そう。能力じゃなく、勤続年数で地位を与えてしまったがゆえに、起こる悲劇とでも言おうかね」


 追本さんはそう言いながら、周りをきょろきょろ見渡した。


「この時間帯はいませんよ、あの人達」

「ふぅー」


 ほっと胸をなでおろす追本さん。だったら言わなきゃ良いのに……。今あたし達が話題にしてる、ビーバーハウスの早番のレジリーダーさん。ちょーっと年の上のといった雰囲気の二人組なんだけど。別に悪い人ではないんだけど、二人揃うと毒っ気が出てくる。女子高にいそうないじめっ子タイプ。追本さんはリーダー陣の中では唯一の男性になってしまっているので、なにかと肩身の狭い想いをしているようだった。


「とにかく、僕は新しくバイトを始めたことで、初心を取り戻せたってこと。勤続年数が長いっていうのは、それはそれで素晴らしいことだけど、だからといって人の上に立つ能力があるっていうわけじゃあない。もっともっと研鑽せねば」


 時々こういう修業モードに入る追本さん。ま、嫌いではないけど。というか、この人が慢心してたら、毎度毎度あたしに芽生える殺意が本物になってしまう。あたしを犯罪者にしないためにも、頑張ってほしい。




【2014年11月接客ランキング結果】

57.75/Cランク

112位/155位(全社)


【結果考察】

 今月はEランク取得者が2人に激減していた。追本さんも61点のCランクと奮闘してた模様。あ、スーさんも同じ61点だったみたい。でもやっぱりリーダー陣にはもっと高得点取ってもらわないと、指導の説得力がないよね。現に、最近勤務後に15分間だけ残ってもらって、追本さんが研修(というかお客さんに対する接し方講座?)をやってたけど、一部では反発もあるみたい。早速頓挫しそうだけど、どうなることやら。

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