2014年10月 究極のリーダーシップ論

「つらいわぁ。つらい」

「またスーさんですか?」


 もう聞かなくても分かるレベルになってきた。


「よく、わかったね」

「いや、わからない方がおかしいですよ」

「なんかね、避けられてる感じがするんだよね」

「はぁ……」


 ごめんなさい、追本さん。実はこないだ、スーさんから相談されちゃったんですよね。追本さんがしつこく言い寄ってくるんだけど、傷つけずに諦めてもらうにはどうしたら良いかなって。スーさんは今付き合ってる人はいないけど、元カレが忘れられないから、追本さんを異性として見ることはできないって。それも本人に伝えたらしいけど、それでも諦められないって……。スッポンかよっ! こんなしつこい男も傷つけたくないって、どんだけ良い人なの、スーさん……。ってことで、あたしからのアドバイスは、追本さんから送られてくるラインとか無視した方が良いですよって伝えたわけ。追本さんみたいな人は、返事しちゃうと図にのっちゃうタイプだと思うから。それにしても、年上の双方から相談されるあたし。恋愛っていくつになっても変わらないんだなっていう勉強にはなったかな。


「心が病んでるせいか、歯も痛くなっちゃってさ」

「歯ぁ……」

「誰かが言ったんだよね。『痛みは避けることはできないが、苦しみは取り除ける』って。でも、今の僕はまったく逆の状況。歯の痛みは歯医者でなんとでもなるけど、恋愛による心の苦しみは取り除けない」


 そう言って、少しだけ腫れ気味のほっぺたをおさえる追本さん。ほんと、病んでるなぁ……。でもあたしの知ってる真実を伝えるわけにはいかない。スーさんを裏切るようなことはしたくないし。苦しみは自分で乗り越えてみせなさい。


「それはそうと、最近リーダーシップ論を勉強してるんだよね」

「リーダーシップ論……ですか」


 うん。それでこそ追本さんらしい。


「そうでもして気を紛らわせんとさ……」

「…………」


 動機は不純だけど、まぁ……。


「偉大なリーダーになるためには、21の法則を理解しないといけない! ……と、ジョン・C・マクスウェルが言っている」

「結構多いですね」

「そうね。でもまぁ、良いリーダーじゃなくて、偉大なリーダーになろうと思ったら、それぐらいあっても当然だね」

「そういうもんですか」


 それにしても、毎度毎度、この人はどこからそういう情報を得ているんだろうか。偉大なリーダーになる法則の本とか、見たことない。


「その中でも、特に気になったのは、『天井』『権限委譲』『継承』の三つだね」

「なんかあんまりパッとしないですね」

「そこがミソなんだよ、ケイロくん。普通、リーダーシップっていったら、すごい能力があって、バシバシ人を引っ張っていくってイメージない?」

「あ、それはありますね」


 やっぱりリーダーって、特別な力を持ってて、仲間に信頼されてて、みんなを導いていく! こういう人だよね。あたしも一時期そういうのに憧れていた時があったなぁ。戦隊モノも、ピンクじゃなくて断然レッド派。


「もちろん、そういう能力も21の法則の中にあるんだけど。『天井の法則』はそれに近いね」

「天井材はジプトーンが良い、とかですか?」

「そうそう。やっぱ定番はジプトーンだよね。ソーラトンとかトラバーチンとか、ちょっと柄がね……って、今はそういう話ではない」

「なるほど」


 ビーバーハウスでは生活品と同じくらい、資材系の商品に力を入れている。木材とか鋼材とか、そういうやつ。追本さんは建築関係の学校に通ったことがあるらしく、そっち方面の知識は無駄にある。なので、あたしもいつの間にか覚えてしまってた。


「ここでいう天井は、『高さ』のことなんよね。つまりリーダーの天井、限界値が組織の限界値でもあると」

「それってつまり、リーダーの能力以上には組織も成長しないってことですか?」

「イエス!! その通り!」


 要するに、どんなに良い組織であろうと、リーダーがダメだったら、それ以上の成長はないってことね。むしろ、ダメになっちゃうのかな。


「だから、組織を成長させようと思ったら、まずリーダーが成長しなきゃいけないってこと」

「追本さん、責任重大じゃないですか」

「そだね。それを改めて思い知った」


 うちの現場のリーダーである草野さんはどっちかというと、事務職をやっているイメージ。みんなのシフト作ったり、レジ組(その日にどのレジに入るのか割り当てされたもの)作ったり。だから正直、あんまりリーダーという単語はしっくりこないと思っていた。その点、追本さんは朝礼とかが校長先生っぽくて、なんかあたしの中でリーダーって感じ。プライベートはダメダメだけど。


「次は『権限委譲』だね。これも大事で、僕はショーコさんの失敗はここにあると思ってる」

「失敗の……原因、ですか」


 ショーコさんは接客リーダーとして、ここの現場の点数を上げようと奮闘していた。でも結局変えることはできず、お家の事情もあり、退職してしまったのだ。


「そう。彼女自身はSランクもバリバリ取れる、スター型だったんだけど。チームのリーダーとしては、活躍できなかったんだよね」

「でも、すごい一生懸命やってましたよね」

「そこなんだよ」


 そう言って、人差指を向けてくる追本さん。いちいちポーズとらなくてもわかるから。


「ここってさ、もう六十人くらいいるじゃん? それを一人で指導しようったって、そりゃ無理だよね」

「誰かさんもまったく協力しませんでしたし」

「う……。あの頃は、まだ目覚めてなかったんだよ」


 ほんと、あの頃の追本さんは現場改善に関してはノータッチだったな。かわいそうなショーコさん。


「とにかく! 協力者を募って、ある程度権限を委譲して取り組むべきなんだよね。じゃないと身がもたないし、大人数のチームを機能させるのは無理」

「ということは、なにか考えがあるんですね」

「ふっふっふ。今僕は、最高の接客向上チームの構想を練っている」

「それは楽しみです」


 自身に溢れたドヤ顔を向けてくる追本さん。まだむかつくけど、少しずつ慣れてきたなー。


「最後は、『継承』だね」

「なんか、かっこいいですね、『継承』って」

「でしょー!? なんか、極意とか奥義とか、ありそうだもんね」


 う……。なんか意見が一致してしまった。戦隊モノが好きだったせいか、そういう単語には弱いのよね。


「でも実際にはそんなかっこいいものじゃなくて。もっと泥臭いものだと、僕は思うんだ」

「泥臭い?」

「そう。理論や教訓とかじゃなくて、生きた技を次の世代にバトンタッチするべきだと、僕は考えてる。だからこれは、常に心にはあるけど、すぐにどうこうというもんじゃあない」


 またかっこいい風のこと言ってる、この人。どこまで本気かわからないけど、それを口に出して言えるのは、ある意味すごいのかも。


「勉強になりました」

「というわけで僕は、究極のリーダーを目指す!」


 うん。まぁ悪いことではないし、良いと思う。


「ところで……」


 追本さんはそう言うと、目を泳がせた。


「今月僕、誕生日なんだよね」

「おめでとうございます」

「ありがとう」


 え? なに? なにを求めてたの? 頬を赤らめてうつむいちゃったけど、もしかして誰にも祝ってもらえなかったのかな……。追本さん、偉大なリーダーになったら、きっとたくさんの人に祝ってもらえるようになりますって!




【2014年10月接客ランキング結果】

41.33/Eランク

150位/154位(全社)


【結果考察】

 またEランク!? ってか、Eランク取得者11人って、最低記録更新? 追本さん、いつここの現場は浮上することができるんですかね……。みんなの接客に関する意識はほとんどゼロと言っても過言ではないと思う。いまだに。意識を変えないと、何をやってもダメな気がするなー。追本さんが言ってた接客向上チーム、果たしてどんなものなんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る