2014年9月 恋に恋する三十路男
「はぁ……」
今月に入って、何回追本さんのため息を聞いただろうか。
「はぁぁぁ……」
「……最近何かあったんで――?」
「聞いてくれるかい? ケイロくん」
めっちゃ、くい気味にきた。いや、聞きたくないけど、言いたいんでしょ? 聞くまでその聞いてくれアピールやめないでしょ……。
「どうしたんですか?」
「実はね、二つ、問題を抱えてて」
「はい」
「一つは嬉しいことなんだけど、もう一つがねぇ……。はぁぁぁ……」
……いいからさっさと言ってほしい。貴重な休憩時間なんだから!
「で、なんですか?」
「実はさ、妹がいたことが発覚して」
「はい?」
発覚? 意味がわからない。
「僕、父子家庭で三兄弟だったせいかさ、ずっと妹が欲しくて。ほら、男ばっかりの家族ってなんか嫌じゃん?」
「はぁ」
それであたしによく絡んでくるのかな。まぁ、あたしは一人っ子だから、確かにお兄ちゃんとか欲しかったけど……。
「母親とは物心ついた頃に離れ離れになってたんだけど、最近メールが来てさ」
そうだったんだ。でも電話じゃなくて、メールなんだ。
「突然さ、あなたには妹がいます、って言われて」
「そんなことって、あるんですか……」
「うん。まぁ、再婚してからの子供だから、半分しか血は繋がってないけど」
いや、それでも十分驚きですけど。追本さんのお母さんも、ビックリカミングアウトしてくるなー。
「ケイロくん、確か今年二十歳だよね?」
「そうですけど」
「うん。きみと同い年なんだ、妹」
「え……? ええーー!?」
なんじゃそりゃ。あたしと同い年って、十四離れてるってことよね。嬉しかっただろうなー、追本さん。……じゃなくて!
「それでさ、母親に誕生日おめでとうってメール送ってあげてって言われたもんだから。初めまして、お兄さんだよー、おめでとう、いつか会いたいねーって送ったら、すごい素っ気ない返事来て」
「それ、あたしが妹さんの立場だったら返事返さないですよ……。怪し過ぎて」
「やっぱり?」
そりゃそうだ。まぁ、うちは両親健在だからそんなことはないと思うけど。仮に突然、お兄さんだよーって知らないメールアドレスからメール来たら絶対スルーする。しつこければ、即拒否設定。そう考えると、ちゃんと返事した妹さん、すごいと思う。
「僕としてはさ、貴重な妹だから大事にしたいし、せっかくだから会いたいんだよね。どうしたら会ってくれると思う?」
「ってか、その妹さん、今どこにいるんですか?」
「広島。妹のためだったら、全然行くよ?」
「はぁ……」
ま、あたしだったら絶対会わない。異父兄妹? っていうの? なんか怖くて会いになんて行けない。ましてや、一個二個離れたぐらいの兄ならまだしも、十四って……。おっさんは、いや。
「やっぱり、おっさんには会いたくないのかなぁ」
う、またあたしの心読んでる、この人……。ほんと、やめて。
「そ、そんなことないですよ。急なことなんで、妹さんもビックリしてるんだと思います。もう少し、時が経てば、会ってくれますよ」
よし! 100点満点の返しだ。
「そっか。だよね。まぁ、この件はそれで良いとして」
追本さんはそう言うと、また深いため息をついた。
「問題は次なんだよね」
「問題、なんですね」
なーんか、めんどくさそうな予感。
「実はさ、ある人に惚れちゃって」
そう言ってこっちをチラチラ見ながらモジモジしだす追本さん。まさか……、あたしじゃないよね? やめてよね! ってか、あたし彼氏いるし!
「久々に年上の人に、はまっちゃったんだよねぇ……」
「年上……ですか?」
よ、良かったぁー!! 年上ならあたしじゃない。でも追本さんより年上って、結構上よね……。
「さすがに、職場内じゃないですよね」
「いやそれが、職場内なんよね」
え? 追本さんより年上で独身の人っていたっけ? まさか、禁断の……? やめて! そんなのにあたしを巻き込まないで! ……でも気になる。誰? チェックサービスの人じゃないとしたら、クライアントであるビーバーハウスのスタッフさんかな。それならありえるかも。
「しかも、チェックサービスの人」
「ええーー!? だ、誰なんですか?」
さらにモジモジしだす追本さん。もういいよ! 聞くから、責任持って聞きますから! 早く教えて!
「スーさん」
「え?」
「だから、スーさんだよ」
あたしの頭の中に『???』が飛び交った。スーさんって、あのサブリーダーのスーさんだよね。いやいや、なに言ってんの、この人。
「スーさんって、追本さんより年下ですよね」
「いや、年上だよ。五つね」
……?? ……!?
「……えヴェええぇぇ――!?」
「しっ! 声がでかい」
いやいやいやいや。そんなの変な声出ますよ! そりゃ、スーさんの年齢知りませんでしたけど! でもあたしより少し上のお姉さんとばっかり思ってたもん! そうにしか見えないもん! ってことはあたしより十九、上?? うそうそうそうそ……。信じられない……。魔法なの? 魔女なの? 正直、追本さんが惚れたとかどうとか、どうでも良かった。その衝撃の事実に、あたしの心はすべて持っていかれた。
「みんなスーさんの年齢聞いたら驚くんだよね。僕も入ってきたばっかりの時、二十代半ばくらいかなーって思ってたもん」
「あたしも……そう思ってました」
「だよねー」
ほんと、女って怖いわ……。
「そんでさ、今月結構一緒にご飯行ったりしてるんだよね」
「めっちゃ良い感じじゃないですか。そのまま頑張れば良いと思いますけど」
「いや、もう告白はしてるんだよね」
「はい?」
この人の行動力は恋愛でも猪突猛進なのね……。でも、だったらいまさら相談なんてすることないと思うんだけど。
「ふられたけど」
あれ、終わってんじゃん……。
「それで?」
「いや、だから。ふられてもアタックし続けてるんだよ。そんで、女性の意見を聞かせていただきたいなーと思いまして」
「ちなみに今、スーさんは彼氏いないんですよね? もちろん」
「いないらしいけど、好きな人がいるらしいんだ」
「じゃ、諦めてください」
「ええーー? 諦めきれないから、相談してるんじゃん! 頼むよ、ケイロくぅーん……」
いやそんな、のび太くんみたいな甘えた声出されても……。恋する乙女の気持ちはそう簡単には変わりませんよ。
「まぁ、着かず離れずで、気持ちが変わるのを気長に待つしかないんじゃないですかね」
とまぁ、これぐらいしか言ってあげられない。
「それがさ、気持ちが抑えきれなくて、毎晩ライン送っちゃうんだよね」
「あー……」
だめだこりゃ。詰んだ。
「それ、一番やっちゃいけないやつですよ」
「そうなの?」
「そうです」
あたしも彼氏とケンカした時、ひたすらライン送られて。うざ過ぎてもう終わらせようかと思ったことあるもん……。
「少し気にさせるくらいがちょうど良いんですよ」
「だってさぁー。こっちから送んなかったらさぁー、全然来ないんだもんさぁー」
え? この人本当に三十代? 三十代の知り合いって他にいないけど、恋するとこんな中学生みたいになるの?
「がまんしてください。それでだめだったら、男らしく諦めましょ。音楽諦めたみたいに」
「うー。音楽は諦められても、愛する人は諦められない」
なんだかもー。愛するっていってもさ。一方的な愛は、迷惑なだけなのに。
「あ、休憩時間終わりですね。まーほどほどにが一番ですよ」
そう言ってあたしは休憩室を後にした。去り際にちらりと見えた追本さんの姿は、まるで濡れた子犬かなにかのようで、ひどくしょんぼりしていた。かわいそうだけど、あたしにはどうしてあげることもできないし。もういい大人なんだから、自分で乗り切ってよね!
【2014年9月接客ランキング結果】
52.90/Dランク
137位/152位(全社)
【結果考察】
なんとかDランクに上がったものの、Eランク取得者は7人。一向に改善の兆しが見えてこない。追本さん、なにやってんだろうか。社長との約束はどうなったのよ? それと、あたしはまだ会ったことないんだけど、担当社員が変わったみたい。噂では、あまりにこの現場の点数が悪いから、前任者は西へ飛ばされたらしいけど……。あくまで噂……だよね。
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