2014年7月 モノ売りとコト売り

 ビーバーハウスではしょっちゅう売場の変更を行っている。ころころと商品の場所が変わり、お客さんもレジスタッフであるあたし達もいい迷惑だ。


「先週まではあそこにあったのに、なんでいつも場所変わるの? 店長に言っといて!」

「はい。申し訳ございません」


 ほら、言ってるそばからきた。こうやってお客さんの小言を聞かされるのは、いつもあたし達レジスタッフ。売場担当者はずっと売場にいるわけじゃないから、なかなかつかまらない。だから、いつも同じ場所にいるレジにお客さんはうっぷんを晴らしに来るってわけ。


  *  *  *


「さっきもまたお客さんからクレームもらいましたよ」


 休憩時間に一緒になったスーさんに愚痴をこぼす。


「ほんと、迷惑よね。なんでしょっちゅう商品の場所変えるんだろうね」


 スーさんは優しくそう言ってくれた。サブリーダーの中でも、追本さんとも千田さんとも違って、ほんわかしててほんと癒される。なんかカピバラみたい。見た目じゃなくってね。なんかこう、精神的にモフモフしてる感じ? あたしもこういう女子になりたいけど、多分ムリ。


「お客さんにとっても、お店側にとっても、場所を変えるメリットがまったくわかんないですよね」

「ほんとほんと。店長の自己満だよ、絶対」

「ですよねー。これだけ広いのに、店内地図とかないのもおかしいですよね。そりゃお客さんも場所聞くしかないですよ。でもあたし達はレジしかしないから場所なんて全部覚えられるはずないのに」

「ほんとね! なんかマニアックな商品の名前聞かれてもわかんないもんね」

「それですよー! こないだ、サイディングってどこにある? って聞かれて、スライディングですか? って聞きなおしたら、めっちゃお客さんにキレられました」

「うけるー! スライディングは売れないよー」

「あとでそれ思いました。自分なに言ってんだろうって……」


 あの時はキレられたことに対してどうとかじゃなくて、自分の発言に恥ずかしくなった。でもあとでわかったんだけど、サイディングって建築資材なんだって。普通の女子大生にそんなのわかるわけないじゃん……。


「あ、そろそろわたし休憩終わりだから、行くねー」

「あ、はい。行ってらっしゃい」


 あー。スーさんとの癒しタイムも早々と終了してしまった。


「ケイロくん、お疲れい!」

「あ、お疲れ様です」


 スーさんと入れ替わりで休憩室に入ってきたのは、いつも通りの追本さんだった。


「スーさんと何話してたの?」

「いや、商品の場所がころころ変わるってことを愚痴ってたんです」

「あー。あれね。確かに、変え過ぎだよねー」

「はい」

「でもさ」


 何かを思い出すように追本さんは目をつむる。


「いつも買いにくるお客さんからしてみれば迷惑極まりないけど、例えばさ。レジャー施設だと思えば面白くない?」


 はぁ? またこの人はなに言いだすんだろう……。


「特にさ、おじいちゃんとかおばあちゃんとか、散歩がてらによく来るじゃない」

「そうなんですか」

「そうだよ。いつも来てる人いるもん。特に何か買うわけでもなく」

「まぁ確かに、お店広いですからね」

「そう。ここのモール全体の広さは東京ドームのグラウンド面積以上、敷地面積未満だからね」

「は、はぁ?」


 よくわからない比較持ってきたなー。


「ともかく。ただ買い物するだけの人以外にも、楽しんでもらえるように考えてるんじゃないかな、と」

「そういうもんなんですか」

「そういうもんさ。これが今流行りの、『コト売り』ってやつだね」

「え? さすがにいろんな品揃えありますけど、ここビーバーハウスには楽器は置いてないですよ」

「あれねー。僕、胡弓も好きなんだけど、日本人ならやっぱり琴だよねー。……って、その琴じゃあない」


 追本さんはそうそう言いながら、チョップする仕草をした。――違うの?


「最初から説明すると、『モノ売り』ってのと『コト売り』っていう二種類の売り方があります」

「はぁ」


 これは……、あれだね。またなんかのセミナーに行ってきたくさい。


「『モノ売り』っていうのは、商品のスペックをお客さんに説明するやり方。例えば、ビーバーハウスに売ってる……洗剤を例にしてみよう」

「はい」


 こうなると止まらない。


「この洗剤は柔軟剤も入っていて、すすぎも一回で良いです。さらにディープクレンジング処方で繊維の奥からしっかりキレイにすることができて、ドラム式にもおすすめです。どう?」

「良いんじゃないですか」

「まぁ、その商品がハイスペックな洗剤だということは、わかるよね」

「なんとなくは」


 あたしはそこまで洗剤のスペックなんて見てないから、ちょっと新鮮だと思ったけど。


「では次、『コト売り』ね。この洗剤を使うとですね。部屋干しもOKで、明日デートだっていうのに、雨降ってる中、急な洗濯をしなくちゃいけない時にも安心です。さらに、一日中ディープでフローラルな香りが保たれ、汗臭い自分ともおさらば! 意中のあの人の嗅覚を鷲掴み! どう?」

「う……ん? まぁ、なんとなく言わんとすることは伝わりました」


 彼氏の嗅覚を鷲掴みにしようって考えたことなかったけど、必要なのかな? 確かに、彼氏に良い匂いがするって言われた時は嬉しかったけど。


「要するに、お客さんの感情に訴えかけるのが、『コト売り』なんだよね」

「はぁ……。それで、商品の場所をころころ変えるのとどういう関係が?」

「つまりだよ、ケイロくん! 商品の場所を変えることによって、徘徊……もとい、散歩に来るシニアの方々はこう思うわけだ。お、こんな商品も売ってるのか。前にはなかったと思うが、さすが天下のビーバーハウスじゃのう。どれ、ちょっくら買って試してみるか……とね!」


 ここでいつものドヤ顔、キメポーズ。はいはい、わかったわかった。


「なんか無理矢理こじつけ感がありますが、なんとなく意図は察します」

「でしょでしょ?!」


 はぁー。満足気なのは追本さんだけ。そうは言っても、あたし達がお客さんからの苦情から逃れられるわけではない。


「僕らレジの使命は、お客様に安心して買い物をしてもらうこと。さらに楽しんでもらえたらさ、最高じゃない」

「そりゃ、楽しんでもらえるなら。ただのホームセンターでそう思ってもらえたら本望ですよ」

「それ! それだよ、ケイロくん」

「はい?」

「ただのホームセンターで感動を提供する。これがうちチェックサービスの最大のミッションだよ」


 そう言い放つ追本さんの目は真剣そのものだった。この人、本気でそんなこと思ってるんだろうか。ただのアルバイトなのに……。音楽で成功したいんでしょ? 全部本気になるのは良いことだろうけど、追本さんがどこへ向かって行きたいのか全然見えてこない。でも、この時すでに大きな決断をしようとしていたなんて、あたしは夢にも思わなかった。




【2014年7月接客ランキング結果】

63.88/Cランク

85位/151位(全社)


【結果考察】

 過去最高点だって! Eランクも3人に激減。これはひょっとすると、ひょっとするかもね。来月から、新しい試みをやるとかなんとか、追本さんが息巻いていた。とはいえ、全体的にはまだまだ接客への意識は低いと思う。なにをしてくれるのか、楽しみだ。

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