2014年6月 本当に好きなモノ

「え? ライブ……ですか?」

「そうそう。僕が主催するライブイベントを二十日にやるんだけど、来ない?」


 急に言ってくるなー。確か二十日は金曜日……。


「ちょうど授業、昼までですね」

「よし! それなら来れるね!」


 しまった! うっかりスケジュールを口走ってしまった。いまさら行けないとは言えないよね、これは。なんか追本さん、嬉しそうにこっち見てるし……。


「そうですね。ライブとか行ったことないし、見に行きます」

「それじゃ、当日の場所と時間、詳しい内容ラインしとくね」

「お願いします」


 ま、いっか。なんだかんだ、ずっと追本さんのライブ断ってきたし、一回くらいは。このオーラのない人が、どんなライブするのか、見てやろうじゃない。


  *  *  *  *  *


 送られてきた詳細は、なんと動画だった。緑色の派手なハットを被った追本さんが、会場までを丁寧に案内している動画。わざわざ撮影したんだろうけど、手が込んでるなー。でもこの動画のおかげで、初めて行くライブ会場に迷うことなく到着することができた。


「いらっしゃいませー」


 ん? 地下に降りて行くと、なんかバイト先で聞くような声が聞こえてきた。


「あ、ケイロくん、いらっしゃいませ」

「追本さん……。『いらっしゃいませ』が完全バイトと同じノリになってますよ」

「あら、ほんと? まぁ、気にしない気にしない」


 そう言って笑いながら、中へと案内してくれた。すると、五人の女性と一人の男性が同じように並んで出迎えてくれた。


「こちら、同じバイト先のケイロくん」

「えー? チルさんの? 女の子でしょ? なんで『君付け』なの?」

「彼女は僕の助手だからね」


 いや、いつから助手になったんだよ、おっさん……。ってか、『チルさん』って呼ばれてるんだ。変な緑色のハットを被ってるせいもあってか、バイト先で見る追本さんとは別人に見えた。さっき迎えてくれた六人は今日のライブの共演者さんらしく、みんな輝いて見えた。今話しかけてくれた女の子もめちゃくちゃかわいいし……。こんな仲間がいるなんて、バイト先での追本さんからは想像できない。


「まぁ、今日は楽しんでってよ、ケイロくん」


 そう言ってイスを用意してくれた追本さんは、いそいそと立ち回り始めた。来場するお客さん全員に声をかけ、お礼を言っていた。あたしはまだお酒が飲めないので、カウンターでオレンジジュースを頼み、ライブが始まるのを待った。

 客席の照明が消され、ステージにスポットライトが当たると、そこには追本さんがアコースティックギターを持って立っていた。


「こんばんは、皆さん。チルです。今日のライブなんですが、いろんな経緯がありまして。自分の納得のいくライブがしたい、ということで。同じ考えを持つ同志を集めまして。今回このようなイベントを企画するに至りました。えー、ほんと今回のイベントは、皆さんに楽しんでいただいて。アーティストと皆さんで交流をしていただいて。で、なおかつお客様同士で交流を持っていただければな、と。そういう架け橋に我々アーティストがなれればな、と思いまして、開催させていただきましたので。どうぞ皆さん、よろしくお願いします! 楽しんでいってください」


 追本さんがそうしゃべり終わると、客席からどっと拍手が起こった。


「えー、ではですね。のっけから、最初からですね。アーティスト全員ステージに上がって。ステージを全員で埋め尽くして、一曲目、やってみたいと思います! みんな! どうぞ!」


 客席からは拍手。……が、ステージでは楽器を持った人達が困惑顔。


「あ! 失礼失礼! アクシデント、アクシデント」


 会場から今度はどっと笑い声が。


「みんな呼びたいばっかりでね。ごめんごめん、ごめん」


 うわ! なんか追本さんテンパって広島弁のイントネーション丸出しになってる! なんか見てるこっちが恥ずかしい……。


「というわけで、グダグダで申し訳ないです」


 いや、ほんとですよ。


「一曲目、結構有名な曲でして、知ってらっしゃる方もいらっしゃるんじゃないかなーっと、思います。では一曲目、聞いてください。『Sir Duke』」


 今度こそ、曲が始まった。と同時に、順番に六人の共演者達がステージに上がってくる。あ、さっきあたしに話しかけてくれた女の子、トランペット吹いてる。全員ステージに揃うと、追本さんも含めて七人全員が代わる代わる歌い始める。洋楽みたいだけど、なんかどっかで聴いたことのあるような曲。それにしても……、生演奏ってまともに聴いたの初めてかも。すごい。ステージでみんな歌ってるっていうのもすごいけど、照明の光が楽器に反射してるのがすごくきれい。追本さんも歌ってるけど……、うん。追本さんって感じ。


  *  *  *


 一曲目にやったのは、どうやらセッションというやつで、普通は最後にやるのが定番らしい。それからはみんなステージから降りて、七人のアーティストそれぞれのソロライブが行われた。追本さんがトップバッターで、オリジナルを歌ってた。よくわからなかったけど、あきらかにバイトの時とは違う顔だった。

 演目の半分くらいが終わったころ、また追本さんが出てきた。


「えーっと。今から休憩タイムです。今日の出演アーティストも皆さんのところに行きますので、どうぞお酒を飲みながらご歓談ください」


 そう言い終わると、客席が少し明るくなり、客席が一気に飲み会の席のように変わった。


「いやー。どうだった、ケイロくん?」


 うっすらと汗をかいている追本さんがあたしに声をかけてくる。


「すごいですね。追本さんもいつもとは感じが違いますし」

「でしょー?! こっちが本当の姿ってやつよね」


 そう言ってビール片手に屈託のない笑顔を見せた。


「普通のライブはさ、もっと退屈だよ。だから、変えたかったんだ。見に来てくれた人が、もっと楽しめる場にしたかったんだよね」

「そうなんですか? あたしはこれが初めてなんで、こういうもんかと思いました」


 すると、追本さんはビールをぐいっと飲んで、身を乗り出してきた。


「違うよー! 今日のは主催イベントだから特に好き勝手やってる。普通の……対バンってやつがあるんだけど、超つまんないよ! 好きなバンドとかアーティストを見に来てる人がほとんどだから、そのステージが終わるとみんな携帯いじりだしたり、他の人と話しこんだり。ひどい時にはそれだけ見て帰ったりするんだ」

「そうなんですか。まったく想像できないですけど」


 今、この場にいるお客さんはみんなそれぞれのステージを楽しんでいるように見えたし、この歓談タイムもあちこちで笑い声が聞こえてくる。


「こういう歓談タイムとかもないから、ひたすら知らない曲ばっかり聞かされて疲れちゃうしね。僕は、曲を知ってもらう前に、そのアーティストがどんな人なのか知ってもらう必要があると思うんだ」

「なるほど……。だからアーティストの皆さん、お客さんと話しに行ってるんですね」

「そう! これはね、メジャーアーティストにはできないことだよ」

「確かに」

「このイベントをやって、確信したよ」


 そう言って、残ったビールを一気に飲み干す追本さん。


「僕はやっぱり、音楽が好きなんじゃなくて、人が好きなんだ」


 すでに酔ってるな、この人……。なに言ってんのか、意味わかんない。音楽が好きで夢追いかけてたんじゃないの? ってか、ライブ終わってないのに、良いんだろうか。いつもよりさらにうざさ加減が増している。

 でも……。これが以前、追本さんが言ってた、メジャーデビューしなくてもできることってやつなのかな。いやむしろ、んだよね。数千人とかのライブでは絶対に無理でしょ。


「よっしゃ。それじゃ、僕は他のお客さんにもあいさつしてくるから。楽しんでってね!」

「はい。ありがとうございます」


 追本さんはそう言うと、ビール片手に他のテーブルへと向かって行った。


「あれ、キミはチルさんのバイト先の……?」

「あ、はい。そうです」


 追本さんと入れ替わるようにして、すぐに話しかけてくれたのは、パンダがトレードマークの女性シンガーさん。めちゃくちゃ歌がうまかった人だ―。


「今日はありがとね! どう? 楽しい?」

「はい。すっごく。あたし、こういうライブとか初めてだったんで、良い刺激になりました」

「それは良かった!」


 そのシンガーさんはうんうんと大きくうなづきながら、満足気な顔をした。


「あの……」

「ん?」

「追本……じゃなかった。チルさんって、みなさんの中ではどんな人ですか?」


 なぜか突然、あたしの口からその質問が出てきた。


「そうだねぇ。今回のイベントの発案者であり、団長なんだけど、ハチャメチャな人だよ」


 うわー。そういうとこはどこ行っても変わらないのか。


「でもね、熱い人だよ」

「へぇー。そうなんですか」

「今回のイベントね。チルさんすっごいこだわってて、ミーティングも何回もしたし、リハーサルもやった。みんな集まって写真も撮ったし。普通、やんないよ!」


 そういえばさっき、追本さんもビール飲みながら、普通の……なんだっけ? 対バン? がすごくつまらないって言ってたなぁ。そんなに違うんだ、このイベントは。


「でも、みなさんすごく楽しそうにやってらっしゃいますね」

「でしょ? 楽しいもん! ほんと、このイベントを企画してくれたチルさんに感謝だよ」


 そう言ったそのシンガーさんは、本当に嬉しそうだった。


「それじゃ、残りのステージも楽しんでね!」

「はい。ありがとうございます」


 歓談タイムも終わり、そのまま後半へ。七人全員のステージが終わると、再び全員がステージに集まり、セッション曲を二曲やって、そのイベントは幕を閉じた。


「今日は本当に、ありがとうございましたー!」


 深々とお辞儀をする追本さんは、スポットライトに照らされ、輝いていた。バイト中には見ることのできない姿。これが、追本さんが言っていた、役割の違うもう一つの顔なんだろう。別人のようにも見えるけど、夢を追う姿はやっぱりいつもの追本さんだ。

 夢、かぁ。最初は三十過ぎて夢追かけるフリーターって、かっこ悪いって思ってた。あたしは絶対そうはなりたくないって思ってた。それは今でも変わらないけど……。だけど少しだけ、頑張るおじさんを応援したくなった。




【2014年6月接客ランキング結果】

59.68/Cランク

109位/149位(全社)


【結果考察】

 前回の平均から二ランクもアップ! まさか、追本さんのやる気が反映されたわけじゃないよね。とはいえ、目標にしていた、30位圏内なんてやはり達成できるはずもなく。そりゃ、無理よね。そんなすぐに変えられるはずはない。でもなんだか、新しい動きがあるみたいね。

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