夢を追うのと夢を見るのとでは、まるでわけが違う

一年目

2013年4月 入職

「――というわけで、今日からチェックサービスに入社していただきますので、こちらの同意書に目を通してサインをお願いします」 

「あの……、一つ質問良いですか?」

「ん? なんでしょう?」


 先日受けたアルバイトの面接が受かり、採用となったのであたしは今、入職処理というのをしている。だが、釈然としないことがあった。


「私がこれから働くのはこのビーバーハウス、なんですよね?」

「そうです」

「仕事内容はレジ打ちだけ、なんですよね?」

「そうです」

「どうしてチェックサービスという名前の会社の入社承諾書になっているんでしょうか?」


 そう。これから働く勤務先はビーバーハウスという名の大きなホームセンターなのだが、渡された書類は、株式会社チェックサービスとなっている。


「ああ、ごめんなさい。説明不足でしたね。わかりやすく言えば、あなたが応募してきた先が派遣会社のようなものなんですよ。それで、派遣先がこのビーバーハウス、っていうわけね」

「そうなんですか。私、広島から出てきたばっかりで、派遣とか初めてで……。すみません」

「良いんですよ。説明不足で不安にさせてこちらこそすみませんね。改めて私はこの現場のリーダーをしている草野です。よろしくお願いします」


 地元広島から出て、ここ埼玉の大学に通うことにしたあたしは、今までアルバイトをしたことがなかった。派遣、という言葉自体もニュースとかで聞いたことはあったけど、実際に自分が派遣社員になるとは思いもしなかった。


「まあ、派遣といっても、普通のアルバイトとなんら変わらないから、安心していいよ。ただ……」

「ただ……?」


 そこまで言って、急に現場リーダーである草野さんは表情を曇らせた。


「このチェックサービスって会社、ただの派遣会社じゃないのよね」

「と、言いますと?」

「なんかね、『笑顔でニッポンを元気いっぱいにする』ってミッションがあるみたいで。会社独自に接客ランキングっていうのをやってます」

「接客……ランキング?」


 なんだろう? 接客に力を入れている、というのはなんとなく伝わるのだが、いまいちイメージが湧かない。ニッポンを元気いっぱい?? ミッション?? なんだソレ……。


「まあ、そんなに気にしなくても良いよ。普通にレジ打ちできていれば問題ないから」

「そうですか……。わかりました」


 少しだけ、あたしは安心した。初めての大学、初めての一人暮らし、初めてのアルバイト。確かにバイトに受かるために接客が好きです、と答えてはいるが、ただ生活費と遊ぶお金を稼ぐために始めたアルバイトで、面倒事はごめんだもん。


「そうそう、あとで紹介するけど。あなたと同じ広島出身の男性リーダーがいるから」

「え? 草野さん以外にもまだリーダーがいるんですか?」

「そう。去年から派遣ではなくて委託扱いになってね。一人じゃリーダー業務捌ききれなくて。私以外に三人、サブリーダーがいるのよ。なので、私がいない日は彼にいろいろ聞くと良いよ。ところで出雲さん、下の名前なんて読むの?」

「『けいろ』です」

出雲経路いずもけいろかぁ。良い名前だね」

「どうも……」


 出雲経路なんて、広島から島根県を通ってきたみたいな名前だし、漢字の雰囲気からよく男の子に間違えられる。あたしはあんまり好きじゃないから、名前のことに触れられるのはいまだに苦手だ。

 そんなことはさておき、初めて他県で生活するあたしは同じ地元の人がいると知って、なんだか嬉しくなった。派遣とか委託とか、よくわからないことだらけだが、同郷の人がいるならどうにか続けていけそう。

 ――その時のあたしは、そんな安直な考えだった。




【2013年4月接客ランキング結果】

46.11/Dランク

114位/117位(全社)


【結果考察】

 初めてこの現場のランキングを知った時は驚いた。下から四番目!? しかも最高ランクのS取得者は0人。でも、あたしは正直、バイト代さえもらえればなんでも良い。

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