ねずみの子
我が京子氏が何やら可笑しな球を転がして、その先に細き紐など括りつけて何やら手折っているのを邪魔して邪魔して遊んでいたら、最近めっきり優しくなったケンジロウがこら健坊、と我を摘み上げて、自分の膝にのせてするめを齧りながらストーブの前に座った。
このストーブと言うのはいつもカンカンに怒っていて、真っ赤っかな顔をしているのでその豪気に当たるといつも暖かい。
ケンジロウのするめが食べたいよう。前に食べたら酩酊して、慌てて駅前の本町医院の世話になったが、あそこでは看護師の美嘉ちゃんにさんざん可愛がられた。
離れる時など、泣いてくれた美嘉ちゃんだ。そんなにも私は可愛いだろうか。
くるりとした目で見つめれば、健ちゃんまたね!と美嘉ちゃんは道路まで追っかけてきて、京子氏や皆に笑われていた。
実に朗らかな笑いの場であった。
さて、我がぐじゃぐじゃにした球は黄色い色をしている。京子氏はでーきた、健ちゃん!と私を呼び、はいよ、とケンジロウがするめを噛んだまま抱いて寄越した。
途端上からかぶせられる何か。
我は暴れた。暴れに暴れた。
こらこら、と両氏の声は喜びに満ちていて、すとんと首が出てから鏡の前に連れていかれたが、そこには我そっくりのなんだか黄色い着ぐるみを着た我が京子氏に抱かれて怒った顔で映っていた。
なんだこれはー。
がじがじと噛むと「ああ、ダメダメ!」と京子氏に抑えつけられ、ちょっと待ってて、カメラ持ってくるからと床に降ろされたのを機に、我は逃げ出した。
ストーブの裏に隠れてみる。
「こーら健坊」
ケンジロウがにゅっと手を出して摘み上げた。入道のように大きい奴め。ストーブの向かい側から余裕でまたいでくる。
我はうーうー言いながら後じさりした、と、コロリと後ろに転げた。
壁があると思ったのだ。しかしそこには知らぬうちに、穴が開いていた。
と。
チュチュっと、私と同じくらいの大きさのある者が出てきて、ぱーっと走り回った。
「こら!こいつめ!」
ケンジロウが途端、バタバタと忙しなくなり、そいつを殺さんとばかり、バスンドタンと辺りを叩き始めた。
京子氏が降りてきて、キャー!と言った。
私はそんな惨状を後に、そいつの出てきた穴を探検し始めた。
大きな穴だ。知らなかった。ふむふむ、部屋は一つらしいな。
おや、階下に落ちる穴もある、上に行く穴もある。奥に進む穴もある。私はしばらく迷った末、下に落ちてみることにした。
ヒューるるる、すとん。
柔らかい上に落ちた。何かのクッションだ。
それは京子氏のベッドの端であった。
私はひょこひょことベッドの上にはい出し、ついでに服を脱いで振り回してから、京子氏の枕に収まり、ぷうぷうと寝息をかいて寝始めた。
健ちゃーん、健ちゃーんと我を呼ぶ声がする。泣いているようだ。
しばらくして、外が真っ暗になり、壁からはぎゃりぎゃりと音がし、夜になる頃治まって、泣きながら入って来た京子氏が「健ちゃん!」と叫んで我をしっかと抱きしめたのにははてな、と思った。
一日家にいたというのに、何事であろうか。
後日、二階のケンジロウの部屋に上がれば穴は凄まじく肥大しており、上にも横にも下にも掘られていた。壁紙が見る影もない。
ケンジロウがイライラと腕組し、「やっぱりお前は嫌いだよ」と言って我の鼻先を摘まんだ。
私はうー!と言ってケンジロウをびっくりさせた後、京子氏の腕に抱かれてうっとりとした。
今日の京子氏は良い匂いがする。
「ネズミがいただなんて、ゾッとするわ。思わず今朝もお風呂入っちゃったわよ」と京子氏が言う。
「犬のために、なんたる有様だ」とケンジロウ。
オーこわこわ、と私を見る目つきが少し怯えていたので、私は今度はケンジロウの手をぺろぺろと舐めてやった。
ケンジロウはようやくほっとした顔で私の頭を撫でだした。
あの子どこの子 夏みかん @hiropon8n
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