仏の子
京子氏は度々近所の寺を訪れては、良助氏夫妻の元を訪ね、私を金髪碧眼の奥方に触らせるのが常であったが、この日も果たして以下同文である。
リリア・マクガレイ氏は名を寺坂リリアと改め、リリさんと呼ばれていた。
この子は私の近所の農園で猟犬をしているのを見たわ、兎を捕まえるの、とリリさんが異国語で言うと、京子氏はニコニコ笑ってうんうん頷き、あらーとかまあ、とか目をいっぱいに見開いて相槌を打つのが常であった。
さて、この日も寺の畳に座り、庭のツツジを眺めながら談笑する中、赤ん坊が生まれたらしき良助夫妻に連れられて、京子氏は私を珍しく部屋にうっちゃっておいた。
私は庭に降りてふんふんツツジの花の匂いを嗅いだり、池の水をぱちゃぱちゃしたりして遊んでいたのだが、そこに頭がツルツルの二人が通りかかった。
一人は老人、一人は若くしゃんとしていた。
なんだろう、なんだか臭い。仏壇の匂いがプンプンとする。
見れば煙のもくもくと出る謎の壺を持っており、若い方がニヤニヤしながら庭に入ってきて、おすわりしてくりんとした目で見る私の前に壺を置き、フーッと吹いた。
すると煙が頭の上を行き、私は伸び上がってぱくんとした。
だが、何も掴めない。
前足でちょいちょいしていると、若いツルツルはじゃらじゃらしたのを、私の首に巻いた。
私はなんだか誇らしくなり、かっこいいだろう、と若いツルツルに見せた。
ムンと胸を張る私を抱き上げて、「お前はどこのどいつだい」と若いツルツルは言いながら私を畳に上げ、何やら清い布で手足を拭いてくれたので、私はきゅんきゅん言って腹を見せた。
おーよしよし、とツルツルは指を私の口に入れながら、歯が汚れてないか確かめていた。
それから室内に入って何処かへ行き、戻って来たその手には赤ん坊のしゃぶる哺乳瓶があった。
白い液体が誠に魅力的だ。いい匂いがする。
くれるのかしら、くれるのかしらとくるくる回っていたら、ツルツルはニヤニヤ笑って、「ほーらおあがり」と、いつの間にやら抱いていた赤子にその乳をやった。
がっくし、きゅーん。
それからツルツルに赤子を見せてもらったが、誠に不思議なる赤子なりて、美しい水色の澄んだ目をしていた。
赤子は静かに私を見つめている。
私はなんだか敬虔な気持ちになり、胸のじゃらじゃらに誓ってこの赤子には手を出すまいと誓った。
あーと不意に赤子が声を出し、私は走り寄ってぺろっとほっぺを舐めた。
途端ツルツルにこら!と怒られ、お前が触るには10年早い、と頭を撫でられた。
私は心に刻んだ。
ツルツルの言うことは絶対であると。
それからケンジロウが庭に現れ、京子はいますか、と言うので私はワオーと雄叫びを上げ、途端泣き出した赤子にケンジロウが謝り、私を小突いた。
帰りに京子氏に抱かれて寺を辞す時、良助氏とツルツルが全く同じ顔なのに私は不思議に思い、いつも微笑みを絶やさない菩薩様に彼らは何です、と聞けば、二人は兄弟だよ、と後光さすその人は答え、またおいで、と告げた。
私は母に抱かれている心地で京子氏の腕で眠り、気づけば朝日が登るところだった。
ウロウロしているとケンジロウが起き出し、私の餌皿に餌を盛った。
良い子だねケンジロウ、と私はお手とおかわりをしてから、パクパクと餌を食べ始めた。
ケンジロウはなんだかぼうっとして、「子供がいれば…」と意味深に呟いた。
私が食べ終わりくりんとした目で見ると、ケンジロウは珍しく私を撫でた。
ははぁ、今日は雨が降るぞ。
そう思ったが、今日は晴れであった、
如何に。
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