3-107 想いを込めて……
「フィリア、ここの料理は好みじゃなかったかな?」
理由は知っているが、知らん顔して聞いてみる。
「いえ、とっても美味しいですよ」
「そう? なんか元気ないみたいだから……野外実習で結構歩いたので疲れちゃったかな?」
フィリアは少しの間こちらを見てモジモジしていたが、なにかに踏ん切りをつけたように切り出した。
「リューク様、中間試験後にわたくしと契りを交わしていただけるというお約束を……」
フィリアはそこまで言って顔を真っ赤にして俯いてしまった。
しまった! フィリアの口からそんな恥ずかしいことを言わせるつもりはなかったのに、もたもた迷ってる間に言わせてしまった。
「ん、リューク様……女の子にそんなこと言わせちゃダメ」
サリエにダメだしされた!
「うっ、ごめんフィリア。でもこういうことは周りにせかされてするようなことじゃないと思うんだよ」
「それはそうですが、チェシルたちの気持ちもわたくしは分かるのです」
「それはそうだけど」
「それに、王宮でわたくしとの仲をもっと進展させたいと仰ったのはリューク様のほうですよ」
「それもそうだけど、もうちょと学生に見合った段階を踏んで、恋人らしい雰囲気を楽しみたいんだよ」
これまでフィリアとはその場の雰囲気で唇が触れるだけのキスはしたことがあるが、普段は手を繋ぐくらいの軽いスキンシップしかしていないのだ。それがいきなり契りを交わしたいとか……。
勿論嫌じゃない……と言うより喜んでお相手したい。
ただ、周りにせかされてっていうのがフィリアの負担になっていないか心配なのだ。
返答を迷っていると――
「正直わたくしもナナも十分警戒していたのに、少し考えが甘かったようです」
「うん? 考え?」
「兄様はとっても素敵だから、学園に通い始めたら沢山女子が言い寄ってくると考え、フィリアと寄せ付けないように色々事前に相談していたのです」
「チェシルさん姉妹を侍女候補から外して遠ざけたのも無駄でしたわね……」
「ナナの我儘かと思っていたけど、その件にフィリアもかんでたの⁉」
まさか可愛いという理由で専属侍女からチェシルたちを除外した件に、フィリアの意見も入っていたとは……。
「リューク様はきっとオモテになるから、虫が付かないようにとナナと学園に通い始める前に少し……なのに学園が始まってまだ1学期の半ばだというのに、サリエちゃん、プリシラ殿下、ルル様、チェシルさんにマシェリさん、それだけならまだしも可愛い娼婦を何人も囲って……」
自分の名が出たルルとプリシラが申し訳なさそうな顔をした。
「うん……なんか色々ごめん」
ルルとプリシラについては俺の意図したことではないんだけど、それ以外は確かにこの短期間にやらかしてしまっている。婚約者のフィリアに対して実に不誠実だと思う。
「わたくしは両親公認の婚約者という立場に甘えていたのです。だから『可愛いだけのフィリアは要らない』とリューク様に言われてしまったのです……」
「あの件は本当にごめん!」
ああ、絶対これ一生言われるやつだ……。
俺の母さん、父さんのプロポーズがパチンコ屋で『そろそろ結婚しようか?』だったって、そういう類の話になると怒って毎回言ってたもんな。雰囲気も何もないこういう失言は根深く女性の心に残るのだ。
「許してあげません。わたくしはあれ以来不安で不安で……いつリューク様の気が変わって婚約破棄されるかと……」
そこまで思い詰めてたの? マジで申し訳ない!
「俺の方から婚約破棄とか婚約解消とか絶対ないから!」
「そんな口約束、一度捨てようとなさった前科があるのでもう信じられません……だからちゃんと契りを交わしてくださいませ」
貴族の娘の処女を散らすというのはそういう意味がある。父様のようにやり捨てて知らん顔は最低の行為なのだ。
だから自分より家格の高い女性が何人も俺の婚約者となってしまった今、フィリアはあせって契りを求めているのだろう。
「フィリアはそれで安心できるんだね?」
「はい、リューク様はとてもお優しいお方です。わたくしとそういう関係になれば、ちゃんと責任を取っていただけると信じております。チェシルさんやマシェリさんが契りを望むのも同じ理由ですしね」
試験中もやはりそのことが気になってずっと落ち着かなかったようで、できるだけ早い方が良いと言われた。
話し合った結果、明日学園が休みということもあって今晩になった。
この待たされる状況が長々と続くのは嫌なのだそうだ。一刻も早く結婚確約の証が欲しいのだろう。
流石にサリエが隣の部屋にいる学園寮というわけにはいかないので、レストランの前で皆と別れる。
別れる際に顔を真っ赤にして俯いているフィリアをナナがめっちゃ睨んでいたが、今回はいつもみたいに暴言を吐いて阻止しようとはしてこなかった。
さてどうしよう……王都の最高級旅館というのも考えたが、それでは風情がない。
皆にせかされるような形になってしまったが、せめてフィリアにとって良い思い出になるようにしてあげたい。
『と言う訳で、ナビー先生何か良い案はあるかな?』
『……何が「と言う訳で」ですか。どうなるかドキドキして観ていたのに、ほんとマスターは肝心な場面でヘタレですね』
『そう言われても、こちらの世界の女子の価値観なんか分かんないし……』
『……世界が変われど女性の好ましいと思うようなことは大差ないはずです。高層階のホテルから夜の夜景を眺めながら告白されるとかを好む女性が多いように、こちらの世界の女性も美しい景観は大好きです』
そこで閃いたのが先日耐火煉瓦用の粘土を採りに行った渓谷だ。
王都を出て転移魔法でフィリアと渓谷に飛ぶ。
「うわ~! 綺麗!」
ちょうど日が沈む寸前だったこともあり、雨季で少し増水し水飛沫を上げている滝が夕日で朱色に染まってそれは息を飲むほど見事な美しい光景だった。
「本当に綺麗だね……」
俺が見ていたのは、夕日に照らされ朱く輝く滝を背景に満面の笑みを浮かべるフィリアの方だ。
さて、どこにログハウスを出そうかな~っと……。
『……本当は滝のすぐ側が理想なんですけど、今は雨季なので危険です』
『だよね~。でもシーンとしたあまり音のない静かな場所も二人っきりだと緊張しそうなんだよね』
川辺から一段上がっている場所の木々を風魔法の【ウィンドカッター】で少し伐採し、土魔法で整地してログハウスを召喚した。
「あれ? 先日野外授業で見たものと形が違いますよね?」
「うん、こちらの方が色々機能が付いていて機密性が高いので、皆のいる野外実習では使わなかったんだよ。本当はあっちのも見せたくはなかったんだけどね。さぁ、中に入ろうか」
各部屋を案内し、鍵のかかっている工房エリアにフィリアを連れていく。
「ここは?」
「俺の秘密の工房、色々な物が作れるようになっている。今日はこの錬金工房でちょっとしたプレゼントを作ろうと思って」
【インベントリ】から、以前サリエとオークの巣から見つけた宝石箱を取り出す。
「大きくて綺麗な宝石ですね」
「ギルドの鑑定士の話では、公爵家や王族のご婦人たちが夜会に身に着けていっても恥ずかしくない品だそうだよ」
宝石をフィリアの体に当ててどれが似合うか吟味する。
「指輪かネックレスか、イヤリングか……う~ん、やっぱ指輪かネックレスかな。フィリアは希望とかある?」
「エッ⁉ あのリューク様? もしかして、この綺麗な宝石をわたくしにプレゼントしてくださるのですか?」
「うん、そのつもりだけど……ただ、俺はあまり綺麗だと思わないので、少し弄って再加工するつもりだよ。勿体ないけど、削るから少し小さくなるけどね」
「こんな高価なもの貰っていいのかな……でも、頂けるなら指輪が良いです! 今ちまたの女子の間では、左手の薬御指に婚約者から贈られた指輪を身に着けて、みんなに見せびらかせて自慢するのが流行っているそうです」
えぇっ~! そんな事したら、行き遅れの未婚者から妬みや僻みで嫌われるんじゃない?
「色白のフィリアには赤いルビーか、緑のエメラルド、あ~でもやっぱこのブルーダイヤがいいかな~……ピンクダイヤも捨てがたい……う~ん悩むな~」
フィリアの視線は、青い色の強いブルーダイヤモンドに目がいってるようだ。
「よし! フィリアの瞳の色に似ているこのブルーダイヤモンドにしよう」
「はい、素敵な色合いです♪」
本当はネックレスにして、フィリアの大きな胸元にくるようにすれば瞳の色とおそろいで一段と映えると思うんだけどな……まぁ、本人が指輪が良いとのことなので今回は指輪にしよう。
あっちの世界ではお目にかかれないほどの大きな5カラットほどもあるブルーダイヤだが、カットが今一で折角の宝石が勿体ないことになっている。
大きなダイヤだが、ここは異世界……結構宝石類は採れるみたいで、安くはないがそれほど高くもない。
アンティークな宝石ってカット技術が稚拙で大きさの割にあまり美しくないんだよね。この宝石もアンティーク品によくみられる『シングルカット』と言われる前面9面カット、裏面8面カットのシンプルなものだ。
カット数が少なければ少ないほど反射面が少なく、輝きも少ない。
実はナビー工房ができてアバターの覚えた技術が俺に反映されると分かった時点で、この手に入れた宝石を加工する技術を早めに高めたいと訓練させていたのだ。
できれば『144面ラウンド・ブリリアント・カット』にしてあげたかったが、ナビー工房のアバターたちに訓練させても、短期間の練習では限界があった。コンピューター制御で精密に削ることができないここでは、全て手作業なのだ。ブリリアンカットの原型とされる『オールド・ヨーロピアン・カット』が限界だった。
フィリアの前で俺が顕微鏡を覗きながらちまちまと削ってみせる。凄く集中がいる作業だ。
3時間もかかったが、フィリアと会話をしながら少しずつ輝きを増していく品にフィリアは大興奮だった。
「1面毎にフィリアへの想いを込めるからね!」
「うふふ、嬉しいですわ♡」
宝石自体は再加工で削ったため一回りほど小さくなったが仕方がない。
宝石の台は錬金術を使って高純度のミスリルを加工した。
フィリアの左手を手に取り、完成した指輪をフィリアの薬指にはめてあげる。
「わぁ~~~! 凄く綺麗です! リューク様、このような想いのこもった素敵なプレゼントをありがとうございます♪」
「ブルーダイヤにはね『永遠の幸せ』や『絆を深める』って意味があるんだ……フィリア、王宮では酷いことを言ってごめんよ。あらためてプロポーズするね。俺と結婚してください!」
「はい! 喜んでお受けいたします! 不束者ですが、末永くよろしくお願いいたしますわ♡」
良かった! とても喜んでもらえた!
俺の世界の宝石言葉が通じるかは知らないけど、今の俺たちにはピッタリだよね。
その後、汗を流しに恥ずかしがるフィリアと一緒にお風呂に入った。
もう、それは素晴らしいの一言だった……何がって? おっぱいだよ!
フィリアのそれは、ダイヤモンドの輝きが霞むほどの一品だった!
あれは完成された芸術品だ!
恥ずかしそうに胸を手で隠している仕草も最高だ!
そしてフィリアと契りを交わした――
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