3-82 チョコレートの誘惑に負けてしまいました

 現在、時刻は午後11時を回ったところだ。いつも午後9時には寝ている子供たちはオネムのようで、あくびを噛み殺している。


「そろそろ寝るけど、その前に気になって仕方がないので確認だ……フルーツって本当にこのダンジョンにあるの?」


「お兄ちゃん、フルーツはこの階から出るんだよ。魔獣からドロップするものと、森に自生しているのと二種類あるよ」


「ご主人様、17階にバナナとパインとモモがいっぱいありました」

「バナナはこの階にもあったよ。後この階だとイチゴと茶緑の色のちょっと毛が生えた凄く良い匂いの美味しいヤツ!」


 毛が生えたヤツ? この世界独特の果物かな?


『……おそらくキウイフルーツのことだと思います。あれはマタタビの一種なので、猫族にはちょっと危険な食べ物ですね』


『へぇ~、そうなのか? 今までそんなこと知らないで食べてたよ……キウイがあるなら、あっさりしたシャーベットもいいよな。モモって桃かな?』


 よくよく聞けば、16~19階は森エリアになっていて、各階で季節ごとに自生しているようだ。

 16階が春エリア、17階が夏エリア、18階が秋エリア、そして19階が冬エリアになっているらしい。


 季節的に一番果物が少ないのが春エリアらしく、逆に夏エリアは一杯採れるので冒険者や探索者も沢山入っているみたいだ……そして夏エリアは虫も多いそうだ。



『……マスター、日本の四季で判断してはダメですよ? 参考にはなりますが、バナナは全エリアにありますし、日本にないものも一杯採れます。マスターが欲しそうなモノだと、ココナッツやカカオ、コーヒー豆とかでしょうかね。最近のマンゴーは日本産のもののほうが甘くて美味しいそうですが、マンゴーとかも全エリアにあるようです』


『ナニッ!? カカオにコーヒーだと! チョコレートができるじゃないか! それにコーヒー飲みたい! この世界にきてからは紅茶がメインだったからな……』


 う~~ん、すぐに採取したいがレベル上げが先だな。

 時間があれば帰りにでも子供たちに採らせるか……帰りには手足の部位欠損も治っているだろうしね。



「ルルちょっといい? 個人香の効果のことは知っているよね? ルルの個人香ってどんなのだ?」

「私ですか? リラックス効果・精神安定効果・睡眠導入効果・頭痛や腹痛や生理痛などの軽減効果があるようです」


 やっぱ聖女とかになるとそういうことも調べているんだな。しかもやたらと効能が多い……やっぱこの娘は聖女様なんだよな。


「俺には【嗅覚鑑識】ってスキルがあるのだけど、使ってみていい?」

「エッ? それは素晴らしいことですが……私の匂いを嗅ぐってことですか?」


「そうだけど、お風呂上りだし良いよね?」


 ちょっと頬を赤らめながら了承してくれた……なにげにちょっとした仕草が可愛いな。


「クンクン……おおっ! 爽やかな良い香りだ」

「ですよね! 背中におんぶしてもらっていたのですが、とっても良い匂いでした」


 今日背中におぶられていたカリーナが自慢げにそう言った。なぜ、カリーナが自慢気なのかは分からないが……。


「ご主人様も良い匂いなのです!」


 そこでなぜルディはカリーナに対抗する……。



「ルルの個人香は、ハーブ系のラベンダーだね。さわやかなフローラルな香りで、強い安眠効果があることで知られているよね。ストレスや怒りを感じている心や、不安や心配を抱えた心を癒し、深くリラックスさせる効果があるよ。あと、軽い鎮痛作用があり、頭痛や筋肉痛、胃痛、月経痛などの体のあらゆる痛みを緩和する効果が期待できるね。免疫力強化の作用もあり、感染症などの予防に役立ちそうだ。凄いな……流石聖女様だ」


「以前調べてもらったときには、ここまで詳しく分かりませんでした。リューク様のほうが凄いと思います」


「まぁ、それはいいとして、何故今調べたか理由があるんだよ……おそらく今晩、何もしないとこの子たちは幻肢痛を患うと思うんだ」


「げんしつう? 聞いたことのない言葉です」

「四肢を切断した者が、あるはずもない手や足が痛みだすんだ。例えば足を切断したにも拘らず、爪先に痛みを感じるといった状態を引き起こしたり。あるはずのない手の先端があるように感じる、幻肢の派生症状が起きるんだよ」


「あっ、それなら何度か症例を聞いた事があります」

「この症状の厄介なのは、元々ないものだから、ヒールとかで治せないってことなんだ。そこで役に立つのが、ルルのような個人香効果……朝までぐっすり寝たら悪夢もないし、幻肢痛も緩和できる」


「そこまでお考えでしたか……本当にリューク様はお優しいです。……ヤバ……ドキドキが治まらない……」


 何やら小声でブツブツ言っているが、『ムラムラする』とかは聞こえなかった事にしよう……。

 【聴覚強化】があるの知らないから、聞こえていないと思っているんだろうな。



 ルディとカリーナはルルを真ん中にして一緒に寝てもらうことにした。


「じゃあ、私はお兄ちゃんと寝るね!」

「エリーは別に1人で寝れるだろ?」


「私だけ1人は寂しいよ~怖いよ~」

「う~ん、ま、いいか……」





 翌朝スッキリした顔の子たちが朝食の席に着いている。


「その顔だと良く眠れたようだね」

「「「はい、ぐっすりです!」」」


「まだかなり早い時間だけど、この建物が見つかると大騒ぎになるかもだから、早めに外に出て活動するよ」

「「「はーい!」」」



 朝食メニュー

 ・オークで作ったベーコンエッグ

 ・ポテトサラダ

 ・コンソメスープ

 ・パン

 ・ミックスジュース




「「「わぁぁ~~~! 美味しそう!!」」」


 子供たちは朝から温かいご馳走がでて大喜びだ。


「私のダンジョン攻略の概念が、たった半日で崩壊しました……ここがダンジョン内とは思えませんね」


 高級宿屋より快適な室内で、温かい美味しい食事……普通はないよね。

 硬い日持ちする水分の少ない黒パンや乾パンに、チーズや干し肉などがダンジョン内の食事、というのがセオリーだ。それプラス簡単な塩味だけのスープが付けば良い方だからね。



 食後30分ほどはさんで、ログハウスを収納して階下を目指して出発する。


 朝日が天井に出ている……3Dじゃなく、2Dっぽい太陽なのだが、光量は同じくらい明るい。天井の壁を2Dっぽい太陽が移動して、夜には同じような月がでる摩訶不思議なエリアだ。


 15階までは、通路や部屋の壁がほんのり光って24時間それなりに明るかったので、ランタンやランプ、生活魔法の【ライト】などはまだ一度も使っていない。



 ぼんやり不思議だな~と思いながら正規コースに移動していたら、目の前の蔦がウニョウニョ動いて襲ってきた。


「ご主人様、ツタの魔獣だよ。メロンウィップっていう魔獣で、あのツタを鞭のように使ってくるよ」

「カリーナはコレと戦った事があるのか?」


「うん。昨日ルディと2人で倒したよ。鞭は速いけど、ちゃんと見ていれば怖くないかな……」

「お兄ちゃん! 時々美味しい高級メロンをドロップするのです! すっごく甘いよ!」


 ゆっくりとだが二足歩行で移動する体高3mほどのツタだな……6個、網の目の入った大きなメロンが成っている。ここの階のメロンウィップは2本の手のようなものを鞭のようにしならせて打ち付けてくる。階下に行くほど4本・6本・8本と攻撃本数が増えて、体高や身幅も大きくなるそうだ。


 まぁ、弱そうだったのでサクッと両断したら、魔石とメロンが1個ドロップした。


「「「メロンだ~!」」」


 でかい……20cmほどある。

 重さもずっしりしていて2kgぐらいはありそうだ……この網の目ってマスクメロンだよな。


 自分で鑑定してもいいのだが、インベントリに収納しナビーに視てもらう。


『……切ってみないと詳細は分かりませんね。夕飯に丁度良いように熟成してからお出ししますね』


「夜に食べさせてあげるよ」

「「やった~!」」


「リューク様……残念ながらすぐは食べられないのですよ。メロンウィップにも3種あって種によって少し違いはありますが、食べごろは大体ドロップしてから3~5日ほどのモノが甘くて美味しいそうです。ドロップ直後はまだ熟してないそうです」


「大丈夫だ。俺の亜空間倉庫内に熟成室を創ってあるから、時空魔法を併用して丁度食べごろになるように調整してからだしてあげるよ」


「ちょっと理解ができないですが、もはや何でもありなのですね……流石です♪」


 目がまたキラキラモードになっているよ。


「お兄ちゃん、この階より下の階の方がメロンの魔獣は出るから早く下に行こう!」

「エリー、採取は後だぞ。先にこの子たちの治療ができるようにレベル上げをするからね」


「あっ! そうだった……2人ともごめんね」

「「大丈夫だよエリー。気にしないで」」


 この3人……昨晩のうちに随分打ち解けたようだ。歳も近いし、良い友人になれそうだね。




 17階を移動中に見つけてしまった……しかも結構いっぱいある。カカオだ……木にわんさか付いている。


『……どうやらこの世界の住人はまだ利用価値が分かってないようです』


 チョコがない理由……砂糖が高級品だからだ。

 直接齧って甘いものは開発する必要もなく誰もが採取するが、一手間いるようなものは、発見されてから商品化されるまでにかなりの年月がいる。


 この世界では砂糖が高いので、開発されていない料理も多いのだ。俺はチョコアイスを作るために、少量だがチョコはナビーが作って持っている。だが、本当に少ししかない……。


「さっき採取をしないといったが、ちょっとルルとエリーで何個か取るのを手伝ってくれないかな」


 熟した実を選別しながら50個ほど採取した。


「お兄ちゃん……でも、この実は美味しくないそうだよ?」

「エリー、心配しなくてもいい。今晩すごいもの食べさせてあげるよ」


 カカオの実は、割るとピーナッツのような種が文旦のような白いものに覆われている。見た目は納豆にも見えないこともない。その白いものはライチの食感とパッションフルーツの甘み×酸味のようなもので、食べられないほどではないのだが、買ってまで食べるほど美味しくもない。他に美味しいモノがあるのだから、見向きもされないで廃れるのは凄く当然の流れだ。

 持ち帰られない理由に亜空間倉庫の容量の問題もあるのだ……カカオって結構大きいからね。


 荷物もちとしてポーターまで雇っている者がいるくらいなのに、価値のないものを持って帰る人はまずいない。

 薬の素材として少量出回っている程度で、以前それを自領の薬師ギルドで手に入れたのだ。



 ああ、夕飯が楽しみだ!

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