3-70 自国の為にツェペル家の事は保留にしました

 午後の実技でもマームが苦戦していた。


 サリエは俺からのスキルコピーで、かなりズルいが難なくクリアしている。サリエの場合、実技より学科の方が心配のようだ。


 『呪文は一言一句正確に詠唱しないといけない』という嘘の教本がこの国の魔法師に捏造されたため、テストではスキルの詠唱文が必ず出題されるのだ。


 詠唱文を丸暗記する必要があるので、サリエはこれに梃子摺っているのだ。


 マームの方は呪文分は完璧なのだが、魔力操作が今一理解できてなく、生活魔法の発動さえ不安定な状態だった。


 だがどうしたものか……このまま捏造された魔法学を放置するのもマズいよな。


 自国を建国するなら、エルフやドワーフ国のように知らん顔で放っておくのも一つの手なのだが、学園卒業までの3年間、俺がストレスを溜め込みそうだ。


 『この国の魔法は嘘だらけ』この事を公にすると、クラスメイトのレイリア嬢の家が滅ぶことになる。家が滅ぶだけならまだ良いが、内容が国家衰退というかなりマズい案件なので間違いなく一族郎党、赤子まで死刑が言い渡されるだろう。


 過去を含めても、この国最大の国家反逆罪になるだろうな……。


 この件はこの国だけに留まらない。

 長寿のエルフ・ドワーフ・魔人以外の人族は、全て退化した魔法学が伝承されているのだ。


 過去の大戦時に魔法師が大量に戦場で亡くなり、終戦後に生き残った僅かな魔法師たちが、強力過ぎる魔法戦で死者を今後減らすために話し合ったのか、自らの家系の保身の為に技術を独占して隠したのか……理由は国ごとに色々有りそうだが、主要国家の魔法会議で、魔法整備と称して退化した魔法を教本として広めることになったのだ。


 確かに以降の戦争で、大量に人が死ぬことはなくなっている。威力の高い広範囲魔法が禁呪になったり、無詠唱が秘匿されたりしたためだ。


 ナビーが言うにはその際にこの国ではツェペル家が暗躍したらしい……レイリアさんの御先祖たちだね。ツェペル家は以降何代にも渡ってこの国の王宮内の宮廷魔術師の魔術師長を譲る事なく務めている。


 他家には退化魔法を広め、自家は無詠唱を含んだオリジナル魔法を沢山抱え込んでいるのだ……他が敵うはずもない。



 俺と直接関係のあるクラスメイトでナナの班員のレイリア嬢だが、ナビーが言うにはかなり良い娘で、家の裏事情は何も知らないそうだ。


 代々『他家に嫁いでしまう女子』にはツェペル家の秘密は一切語られないそうだ。


 だが、賢者クラスになると習得できる【無詠唱】は幼少時より教え込まれているようだ。自家が優れている家系だと、世間に知らしめる目的があるためとも考えられるけどね。



 だがマジでどうしようかな……困ったときのナビーちゃんだ!


『ナビー、どうしたら良いと思う?』

『……建国後のことを考えるなら、このまま知らん顔をするのが賢明だと判断します』


『だよな……俺がいくらこの国の王家の血筋の者だとしても、ゼヨ伯父さんと俺の従兄になる子供の代は問題ないかもしれないけど、何世代か後の国王が俺の子孫に喧嘩を売る可能性が高いよね……年数とともに血の関係性は薄れるんだしね。10年・20年後は良いが、100年・200年後は怪しいよな。分家の癖に宗家に従えとか言いそうだ』


『……はい。ナビーはそう予想しています。マスターの色々な知識はこの世界には進み過ぎているのです。湯沸かし器・エアコン・冷蔵庫、【クリーン】を利用したトイレ・洗濯機・掃除機など、快適になる魔道具技術が欲しくて必ずマスターの子孫に技術提供を求めてきます。戦争を回避するには技術の開示とかもありますが、折角の国の輸出品をみすみす手放す必要はないかと思います。それに塩の事がありますからね。将来的に最大の敵がこの国になるのは間違いないでしょう』


『そうだよな……塩のこともあるんだった。ずっと輸入するくらいなら国を奪えってなる可能性が高い』


 懸念し過ぎかもしれないが、出る杭は打たれる。過度の格差は妬みや嫉妬の対象にもなる……子孫の事まで考える必要はないのかもしれないが、俺よりずっと長寿なサリエに苦労はさせたくないよな。


『よし! とりあえず魔法技術の件は知らん顔で様子見だ!』

『……それが宜しいかと思いますが……ツェペル家の現当主はこのままにされるのですか?』


 ツェペル家の現当主はレイリアさんのおじいさんだ。


『レイリア嬢のお父さんは良い人なんだよな?』

『……はい。良い人過ぎて、長男なのにまだ家督を譲ってもらえていない状態です。彼は努力して、実力で宮廷魔術師長の座を手に入れたのです。どうもこのままだと、二男も良い人物過ぎるので、あまり評判のよくない三男辺りに家督は引き継がれそうですね』


『うん? 優秀なら長男で良いんじゃないか?』

『……家督引き継ぎの際に、ツェペル家のこれまでの暗躍の事実と、地下に秘蔵してある禁書庫を継続するのです。真面目過ぎる長男・次男だと、最悪その事実を公にして家を滅ぼしかねないと現当主は危惧しているのです』



『成程な……ツェペル家の老害どもを排除して、レイリア嬢のお父さんに早々家を引き継がせるように持っていこうかな……』


『……神託を利用して現当主を排除するのは簡単です。でも、全てを暴露すればレイリアは確実に死罪です。かといって、かの家はこれまで秘密保持の為に、数多くの者を暗殺してきているのです。隠居とか甘い処分で済まされて良いのでしょうか?』


『一度レイリア嬢のお父さんに会ってみるよ……』



 さて……マームにはルルがつきっきりで指導してくれているので俺は暇だ。

 ルルの教え方はかなり上手い……マームや俺の班員だけではなく、他の班の者も集まってきて聞き入っている。ロッテ先生まで生徒に混じってメモを取っているのは見なかったことにしよう。

 


 今ルルが教えているのは魔力制御法のようだ。これができるようになると、本来スキルは簡単に発動する。


 初心者のスキルが発動しないのは、過去の魔法会議で決まった、間違った教えを行っているからだ。


 とりあえず魔法制御のLv1が付いたら、ルルと変わって俺が正しく指導してやろう……それまではルルにおまかせするとしよう。




 メールが届いたので、確認する。御爺様からだ……なんだろう?


『リュークや、先日の魔道具の話の続きをもっと聞きたい。時間の都合が付いたら近いうちに家に来てくれぬか?』


 中間試験期間に入ったと知っていたら、多分このようなメールはしてこない。むしろ試験中に行ったら、勉強しろと怒られそうだから黙っていよう。建国で色々お金も要ることだし、パッチンや鏡の販売権も御爺様に一任しようかな。


『……マスター、透明な板硝子を一般で作るにはもう少し時間が要ります。擦りガラスぐらいのモノで良ければ、直ぐにでも工業化可能です。どちらも、ナビー工房内で大量に製造可能ですが、それだとマスターが居なくなった後、廃れてしまいます。将来的にマスター抜きで稼働できるようにするのがマスターのお考えなのでしょう?』


『そうだね。現地の人間で工業化できるのなら、人材雇用も含めてその方が良いよね。大元の溶解炉や板ガラス用のプレス機なんかもこの世界の技術で出来るのか?』


『……溶解炉は既にありますし、魔道具を使えばプレス機もさほど複雑な機構を必要としません。板ガラスの製造法は何種類かありますが、ミスリル銀があるのでプレス式より現在製法と同じフロート式が一番簡単ですね。鏡の様な透明な板ガラスもこのフロート式が使われています』


『フロート式がどういうモノか分からない……』

『……簡単に言えば、金属とガラスを一緒に溶かすと、金属の方が比重が重いので下に溜まるのです。その上をガラスが流れて流す分量や温度管理で厚みや色などを調整し、後はゆっくり冷やせばいいだけです』


 金属の方が融解温度が高いため、ゆっくり冷やすと先に金属が底に板状に固まり、その上にガラスが平に固まって板ガラスになるのか。


『それだけ聞けば、なんだか簡単そうだな……』

『……現代はコンピュータ管理なので簡単でしょうが、この世界では職人の経験則での製造になるので、暫くは四苦八苦するでしょうね』


『ライン化とか大変そうだし、お金になりそうだから建国後に自国で造る事にしよう』

『……その方が良いでしょう。ナビー工房と違い、数日で完成するモノでもないですからね』


 御爺様には今晩授業後に行くので夕飯宜しくとメールを返しておく。行くのは俺だけだと断りも入れておく。ナナたちは勉強しないとね。


『そうだナビー、今日作った50音表ってこの世界にあるのか?』

『……はい、あります。ですが貴族や商人が親から子に教えるのが普通で、販売はされていません。一般向けに板に焼き付けた物とか販売すれば売れるかもですね』


『九九表と50音表を後5セット頼めるか?』

『……マームとコロンやミーニャたちにもあげるのですね?』


『うん。1つは御爺様に渡して、商品化できないか相談してみる為のモノだ』



 サーシャたちの方にももっと通って、菓子作りの技術指導をしないといけないんだが、なにせ忙しすぎて時間が取れない。


 夏休みの竜退治までには、もっとレベルもあげておきたいしな……時間が全然足らないや。

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