3-47 神殿の資金繰りも大変そうです

 聖女様の様子がなんかおかしい。


『ナビー、ルルちゃんはどうしてこう目をキラキラさせて俺を見てくるんだ?』

『……少しお待ちください……あらら、なるほど……』


『お~い、自分だけ納得してないで、説明してくれ』

『……ルルはどうやら、子供の頃に祖父母や母親から聞かされた、勇者伝に強い憧れを抱いていたようです。そして神託で聖女に指名された時は飛び跳ねて喜んだようですが、実際王都の神殿に仕え、先代やその前の聖女たちの現状を聞き凄くショックを受けたようですね』


『う~ん、よく分からん? もっと具体的に言ってくれないか。何がショックだったんだ?』


『……伝説や物語の勇者たちは実在した人物が殆どなのです。その者たちは、神から使徒として神託が下った者たちで、神器や神具、時にはスキルだったり様々な神の恩恵を手にして、悪魔やドラゴン、時には悪国だったりと時代の節目で活躍し、その時代の聖女をヒーラーとして仲間に加え、見事問題を解決しています。当然、おとぎ話として今世までいろんな国で、いろんな物語が語り継がれています。その殆どが、冒険の旅の間に勇者と美しい聖女が恋に落ち、使命を終えた後には結婚して幸せな家庭を築いたと締めくくっています』


『つまりルルは、勇者が現れずただ聖女として神殿で回復治療だけ行ってきた挙句、老後は一人寂しく過ごしている数名の聖女様を見ていたので、自分の代で使徒が現れて冒険譚ができるかもと期待しているのか?』


『……その先まで夢見ているようですね。マスターの容姿も好みのようで、使命を無事終えたら結婚して幸せになれると思っているようです。処女性を求められて独り身を守り、適齢期を過ぎて美しさを失った後の結婚は、なかなか良いお相手もいないようですね。ルルは一人身で余生を過ごす、ただの回復治療役として使い潰されるのは嫌だったようです』


『聖女なら良いお相手は選び放題じゃないのか?』

『……聖女の代替わりは40歳前後が多いようです。40代の聖女様たちの美貌ははっきり言えばかなり美しいです。ですが本人は、かなり年老いたと思っているようで、言い寄ってくる男たちをかなり警戒した目で見ています。実際言い寄る者は聖女という肩書欲しさの貴族たちが殆どです。人を見る目がある聖女にとって、そういう者は許せるはずもなく、結局は生涯独身という風に自然となるようですね』


『ちょっと聖女たち可哀想だな……神父もそうなのか?』

『いえ、男性は50歳を過ぎても問題なくお目当ての女性を娶られています。むしろ神殿に仕えているうら若き10代のシスターと歳の差結婚というのが多いですね。シスターも父親より年上でも、殆どの者が喜んで嫁ぐそうです。神父の人柄を近くで見てきたシスターたちですので、当然と言えば当然なのかもです』


『問題は聖女ルルちゃんだよ。彼女どうする気なんだ?』

『……アリア様の啓示があった時点で、どんな勇者様だろうかと胸をときめかせながら、既に旅支度は万全に整っています。マスターのお姿を見た時のあの喜びよう……既に恋する乙女ですね』


『碌に会話もしてないのにか? どういう思考をしているんだよ!?』

『……別におかしくはないですよ? 使徒に任命されるような人物が良い人でない訳がないと当然のように考えています。実際マスターは聖人ってほどではないですが、どうこう言っても善人ですよね』


『善人でもないと思うけどなぁ~』


 なんか厄介そうなことになっている。一方的なルルちゃんの思い込みだ。

 どうやって説得するかだな……。

 先に聞きたかったことがあるので、そっちを済ませるか。


「大司教様、少し質問があります」

「なんでしょうか? 答えられることならお答えします」


「大司教様が朝から晩まで魔力が尽きるまで民の為に必死で回復の施術を行っているのは知っているのですが、大司教様の診察料が初診で数千万ジェニーも掛かるのを御存じでしょうか?」


「はい、知っております。本当はお金など取りたくはないのですけどね……」

「その高額な診察料を稼ぐのに、母親を助けたいがために娼婦になってお金を稼いでいる者もいるのですよ? あまりにも高額すぎませんか?」


「私も高いとは思っていますが、それでもこれほどの数の人がやってきます。元より金額は抜きにしても捌ききれる数ではないのです。それなら少しでも多く稼ぐ必要があるのです。都心の神殿は貴族も多く、沢山の寄付も集まりますが、小さな村や町などは国から出る支給金だけでは孤児院の運営がままならないのが現状です。足らない分を都心部で稼いで地方の各神殿に配給していますので、高額と分かってはいるのですが仕方がないと諦めています」 


「地方の神殿や併設されている孤児院の運営資金ですか……」

「ええ、貴族様の命も平民の命の価値も私は同じだと思っています。しかし、貴族様から頂く寄付金から助けられる子供たちが沢山いるのです……私の魔力量に限りがあるので、どちらかしか助けられないのだとしたら、より多くを助けられる方を選びます」


 大司教は俺を診療所に連れて行き、現状説明をしてくれた。


 大司教は主に貴族たちの担当だそうだ。高額の寄付を募って施術する。その資金は地方の神殿維持や孤児院運営に回されているのだ。理由を聞くとあまり責められる話ではなくなってくる。


 日本でも名医に診てもらうのに数年待ちとかざらにあることだ。個人の都合で割り込むには伝手がいる。そしてお金も当然動く。サーシャのことで少し気になっていたので聞いてみたのだが、孤児院運営の為と言われれば仕方がないのかなとも思う。


 低所得者層は、神殿に務めている見習いシスターが担当するようだ。

 こちらは数千ジェニーで診てもらえるので、低所得者でも払える金額だ。


『……マスターがまだ気になるのでしたら、神殿関係者の教育をしてあげれば良いのです。司教クラスしか知識がないからこういう現状になっているわけですので、現代医学の基礎を少し教えてあげるだけで、画期的に回復魔法の効果が良くなりますよ?』


 確かに……面倒だが教本とか一度作れば良いかもしれない。後はそれを各神殿に回せばいいのだ。もう少し落ち着いてからだな、今は自分のことで手一杯だ。


『……ナビーの方で作っておきますか?』

『そうだな、とりあえず誰でも底上げできる簡単なことからにしておいてくれ』


『……簡単なこととは具体的になんでしょう?』

『う~ん、風邪とかが良いかな? ウイルスを理解させて、それを体内から殺して排除するイメージでヒールを発動すれば風邪も治せるようになるだろう?』


『……そうですね。現在ウイルス性のモノは司教以外では治すことができていません。風邪を引いた子供が来ても、熱を一時的に下げることはできていますが、根本的な元のウイルスの除去ができていないので、半日もすればまた熱も上がってしまっているのが現状です。大きく改善されるでしょうね』


 それにしても凄い列だ……具合が悪いのに長時間待たされるのはきついだろうな。

 待合室の椅子だけでは全然足らず、具合が悪いのに立って待っている者もかなりいる。


「大司教様、会計とかはどうなっているのですか?」

「高額施術以外は一律料金にしています。初級の治癒魔法一回5千ジェニーです。見習いの方だと少し効果が薄いので3千ジェニーほどです」


「聖女様も普段は回復のお仕事を?」

「私は、毎日は行いません。聖女には戦闘技術も求められていますので、聖騎士と訓練をしたり、レべリングを行ったりと他にもやることが沢山あります」


 あくまで勇者のお供も兼ねていると言いたいようだ。


『……実際神殿はそのつもりで聖女を育成していますからね。戦闘や支援魔法の習得も、大事な仕事の1つと考えています』


 皆、大変なんだな……目の下に隈ができている大司教さん、今日くらいは休ませてあげようかな。


「大司教様、今日は僕に回復のお仕事のお手伝いをさせてください」

「リューク様はあのマリア様の御子息なのでしたね。やはり水系の回復魔法が得意なのでしょうか?」


 やっぱ母様、神殿関係者からも名を知られるほどなんだな。身内を良く言われるのはなんか嬉しい。


「ちょっと2ndジョブを得た効果の程度も確認してみたいので、構いませんか?」

「手伝ってくれると助かります! 見ての通り、他に神殿があってもわざわざこっちまで足を運んで来る者が多く、施術者が全然足りていない状態です。是非お願いしたいです」



 MAPでマーキングし、ナビーに協力してもらい一気に範囲魔法で囲って回復した。

 ナビーに手伝ってもらったのは、症状に合わせて解毒が必要な者もいたのでその振り分けをしてもらったのだ。


 合計3回の範囲回復を行う。


 まずは全員に【クリーン】で表面的な汚れと除菌浄化をする。次にさっき弄って獲得したての上級回復魔法のアクアガヒールを掛ける、これでほぼ皆回復したのだが、毒を帯びている者が数名居たので中級のアクアラキュアーの解毒魔法をかけて全員の処置を終える。


「勇者様凄いです! 流石は使徒様です! ハンパないです!」


 聖女様が完全に壊れてしまったようだ……超興奮して、小躍りしながら俺の周りを犬のように回っている。


「リューク様、使徒とは凄いモノですね……たった3回の魔法で百人近い患者をあっという間に治してしまうとは。ありがとうございます。今日はゆっくりできそうです」


 大司教はこういってるが、奥の控室に待機して待ってる4人の貴族たちの回復はしていない。高額治療は神殿の大事な収入源だ。大司教が施術することで、ただの風邪から数百万ものお金を寄付してもらえているのだ。貴族は大司教様の施術というだけでより安心できる。




 さて、用も済んだしプリシラの観光でもしてやろうかと神殿を出ようとしたら、ルルが駆けつけてきた。


「勇者様! 私も連れて行ってください! なに置いて行こうとしているのですか! びっくりさせないでください! 悪い冗談です!」


 実はルルが席を離れたその隙に神殿を出ようとしていたのだ……失敗したけどね。


「リューク様……ルル様をどうするのですか?」


 フィリアにちょっと冷たい目で見られた。でも、俺悪くないだろ?


「ルル様、俺は今、学園に通っているだけですので、まだ聖女様は必要ないのです。その時がきたらお迎えに来ますので、それまで神殿で聖女の職務をまっとうしていてください」


「何故そのようなウソを言うのですか? 1級査問官のプリシラ様ほどではないですが、聖女の私にも嘘を見抜く力はあるのですよ……勇者様に嘘をつかれて置いて行かれるのは悲しいです!」


 悲しいと言ったルルは既にポロポロ涙を流している。

 マジ泣きしている可愛い聖女様にこれ以上のウソは流石に俺も言えない。横にはプリシラもいるしね。


「使徒としての使命を、今の所俺は行うつもりはないんだ。だから、聖女様の同行も必然的に必要ない。それに、さっき見た通り、俺にはヒーラーは要らないしね」


 そうなのだ、ヒーラーな俺にはPTにこれ以上回復職は必要ないのだ。だって魔法にも長けたハーフエルフのサリエもいるんだもん。1PTに3人も要らない。


 その事実を突き付けられたルル嬢が本格的に泣き出した。

 俺にどうしろって言うんだよ……アリアの奴が余計なことを言うから面倒な話になるんだ!


 結局アリアが悪いという結論に至った俺の怒りが沸々と再燃してきた。

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