3-33 サリエはフィリアに気に入られたようです

 ククリの件は保留となった。

 婚約は白紙に戻し、相手方の伯爵家にはある程度理由も隠さず話すそうだ。ただし、誰が彼の地に赴くのかとかは伏せるみたいだ。どこに近隣諸国のスパイがいて邪魔してくるか分からないからね。


 王家と伯爵家の婚姻だ。そう易々となかったことにはできないだろう。

 相手方にとっては、これ以上ない相手。家を挙げての一大イベントになるはずだったのだ。


 ゼヨ伯父様は近々建国される国の外交に娘を利用すると言って婚約を解消する気みたいだ。この国の念願の塩が手に入るのだ。相手方の伯爵家が何か言ってくるだろうけど、どうしても娘が欲しいなら、王女の婚姻以上の外交手段を用意しろと圧力をかけるのだろう。


 伯爵家は可哀想だが、王女以上の外交手段などそうそうない。

 外交手段としてもっとも手っ取り早いのがお金だが、お金は使ってしまうとなくなるが、血というものは代々残る。日本でも、殺伐とした戦国の世でも血を分ける婚姻という手段はお金以上の外交手段として使われていたほどだ。



「ジル、お前は今この場で親衛隊から解任し、ゼノの管理下に入るがよいな?」

「ハッ、一心不乱に励む所存でございます。ゼノ公爵閣下、何卒よろしくお願いいたします」


「ああ、リュークがお前をどの部署に配置するのか知らないが、王女を娶る気でいるならそれ相応の地位にいないといけない。リュークの建国が本当に叶ったら、俺の領地からもかなりの若者が新天地を夢見て名乗り出るだろう。その中で抜きんでるのは大変だぞ?」


「はい! そこの幼女に足蹴にさられて、情けなさで泣きそうでした。好きな女の前でみっともない姿を見せるのはあれが最後です。彼らの言う通り、身分差とか家格がどうのとか言ってる程度じゃ、ただの憧れなんだと思い知りました。本気で好きなら、国を捨ててでも掻っ攫っていくべきだと今は思います。チャンスをお与えくだされた国王様やリューク様にこの身を持って尽くす所存です」


「ん、乙女に向かって失礼!」


 サリエに幼女発現はNGだ……また蹴られても知らないよ。

 それに簡単に国は捨てられないと思うよ……普通は家族のしがらみが強いからね。

 そう簡単に家族は捨てられないはずだ……俺は感情に龍馬の方が強く出てしまうと、リューク君の家族愛より手の届く範囲の者が大事になってしまう傾向がある。


「ジルには悪いが、依怙贔屓はしないからね。おそらく新国家の建国となったら、国中から三男以下の若者たちが新たな役職を狙って期待してこぞってやってくるよ。家を継ぐのは長男が多い。うちのような大貴族で寄り子を沢山持つような貴族なら爵位の空きを持っているけど、普通はあぶれた三男以下は、せいぜい騎士どまりか、商人や冒険者、農業に勤しむ者もいる。競争率は高いと思うよ」


「リューク! 意地悪言わないで、ジル殿に私と結婚できるだけの地位をあげて下さいな!」

「ククリ姉様、さっきまで伯爵家に嫁ぐ気だったのに、随分現金ですね……」


「私だって本当は好意を抱いてる殿方と結婚したいのです。その可能性があるのなら期待しても良いでしょ?」


「ククリ姉様の顔を立てて、活躍できる場は与えますので、そこで伸上がるか潰れるかは彼次第ということで良いですか?」


「ええ、それで問題ないわ! ねぇ、ジル殿ならチャンスさえあればきっと高みに登りつめますよね?」

「そこまで期待されて、無理とは言えませぬ! きっと5年以内にお迎えにあがります!」


 ああ……なんだこの甘温い雰囲気は、自分は良いが他人の惚気はどうでもいい!



「プリシラ? 君は本当に俺と結婚したいの?」

「はい! リュークお兄様! ずっと恋焦がれておりましたの……」


「だけど、今の俺は当時のプリシラが好きになった頃と違うんだよ? あれから何年経っていると思う? 年月で人は変わるんだよ?」


「大丈夫です! あの頃とちっとも変わっておられません! 私は目が悪い代わりに心の色を見ることができます。リュークお兄様は、あの頃と同じ……いえ、それ以上に澄んだ綺麗な水色をしております。とても綺麗な色です!」



 プリシラは身長152cm・体重42kg、日本の14歳の平均より少しだけ小さい程度かな。

 王家によく見られる赤系の髪色で、ナナよりさらに淡いピンク色をしている。


 ストレートの髪を腰の近くまで伸ばしていて、後ろで一つに束ねている。

 ククリ姉様と比べたら、何の装飾もされていなく、地味に見える。

 顔はかなり可愛いが、フィリアやナナが超が付くほど可愛いのでどうしても見劣りしてしまう。

 サリエも妖精さんレベルだし、ローレル姉妹もかなりの美人さんだ。何かと可愛い娘に囲まれているせいもあって、俺は耐性ができている。



「ゼヨ伯父様、プリシラの今朝の公務はもう行かなくて宜しいのですか?」

「ああ、その件なら頭に来たのでもう既に別の審問官を飛竜部隊で送り届けてある。俺も明日直接乗り込んで直に首を刎ねてやるつもりだ」


 やっぱ怒ってるな……当然か。

 飛竜部隊は親衛隊に並ぶエリート部隊だ。

 悪徳領主が兵をかまえて、てぐすねひいていたとしても一巻の終わりだろう。



「ゼヨ伯父様、プリシラだけ婚約させていないのは目がどうこう以前の話で、彼女が貴重な1級審問官だからですよね?」


「ぶっちゃけるとそうだ。1級の審問官はこの国に7人しかいない。目が悪いのを差し引いても、プリシラの美しさに目を奪われて求婚してくる貴族は後を立たないのだぞ」


「その彼女を、国外に出しても宜しいのですか?」

「ああ、プリシラは役に立つぞ? 何せ嘘をついてよからぬ悪巧みをもって近づいてきてもすべて看破してくれる。お前が王になったとき側においておけば、他国の悪意からもプリシラが守ってくれるだろう」


「お父様、ありがとうございます! リュークお兄様! わたくしは優良物件ですよ! 買いです! お買い得ですよ!」


「プリシラの気持ちは分かった。でも俺の今の気持ちは、久しぶりに会った従妹がなにやら好意を寄せてきて困っているって言うのが本音かな……」


「そんな……」

「でも邪険にするつもりはないよ。プリシラが本気だと言うなら、友人関係から始めてみるかい?」


「友人ですか? 恋人とか、婚約者はダメなのですか?」

「これまでの話で、俺が望まない婚姻とかが嫌いなのを理解しているよね? まずはお互いをもっと知ろうって言ってるんだ。お付き合いはそれからだよ」


 プリシラはしばらく無言でなにやら考えていたが急に顔を上げてこう答えた。


「やはりダメです! 友人から始めてしまったらリュークお兄様はわたくしのことをずっと従姉扱いのままな気がします」


 うっ……そう言われたら俺もそんな気がする。


「プリシラ殿下、一つ聞いて良いかしら?」

「プリシラとお呼びくださいナナ姉様。なんでしょうか?」


「プリシラが兄様の下に嫁ぐとなると、色々私たちにとって許し難いことが起こるのだけど、それはご承知のこと?」


「許し難いこととはどういうことでしょう?」


「あなたは姫殿下、フィリアは子爵家の娘、家格的にあなたを第一夫人の正室にしないと対外的に兄様が回りの貴族に陰口などを言われかねないの」


「それは……わたくしはただリュークお兄様のお側に居たいだけで、何番目とかに興味はありません!」

「それはわたくしも同じですわ。でも、国王ともなると周りの目もちゃんと気にしないといけなの。特に建国したての国王は我欲の強い若者の家臣が集まっている分、直ぐに内乱を起こされたりするのよ? あわよくば自分が国王にってね」


 うわ~、やっぱ色々面倒なんだな……簡単に建国とか引き受けちゃったけど、関係ないところで面倒事が多々出てきそうだ。嫁の順位とかまで面倒この上ない。


「リューク様。わたくしは順位など気に致しませんが、次から次に女性を増やされるのは気に入りません! 私はナナならギリギリ許せるかなと心に妥協して承諾しましたが、知らないところでサリエちゃんにプロポーズをして一人増やし、また増やすおつもりですか?」


「そうでした! 兄様! サリエにプロポーズしたとはどういうことですか!?」


 あああああ、面倒だ! 実に面倒だ!


「フィリアもナナも落ち着きなさい。リュークさんが苛立ってきていますよ」


 駄女神! まだ居たのか!


「あ? お前まだいたのか……」

「あなたのために、わざわざ降臨してまで場を収めに来てあげたのに……色々酷いです。あんな変な道具まで使われて」


「お前もう帰れ! 下手にしゃべらせると何を言って騙されるか分からないからな」


「もう、いつまでも過去のことをグチクチと言わないでください。女々しいですよ」

「なんだと! お前が俺にしたことを早々なかったことにできるか! あったまきた!」


「フィリア? リュークさんとの仲は改善されましたか?」

「はい、アリア様。まだわだかまりはありますが、もう大丈夫そうです」


「では、リュークさんを想う気持ちが本物というのなら、卒業など待たずにリュークさんの誕生日に合わせて結婚してしまいなさい。それであなたが第一夫人です。先に結婚してしまえば良いのです。プリシラはまだ14歳ですからね。ナナもプリシラより上を望むならフィリアのすぐ後に結婚すれば良いのです」


「俺を無視してなにとんでもないこと言ってんだ!」

「兄様、アリア様の案は良い案です。フィリアもそれで良いわね?」


「うん。またリューク様がいつ暴走するか分からないので早々に結婚して枷を嵌めておきたいです」


「ではゼノ。そのように取り計らいなさい。勿論サリエも含めてですよ」

「分かりましたアリア様。その……サリエを含めてというのは神のご意思ですか?」


「それはリュークさんの意思ですが、サリエもプリシラもとても良い娘です。他家に嫁がせるなど勿体ないですよ?」


「承知いたしました。冬休みにでも速やかに執り行いたいと思います。皆それで良いな?」


 フィリアとナナは顔を見合わせてウンと頷いている。サリエも勿論了承している。


「サリエちゃん、今晩3人で女子会をしますね」


 サリエから緊張が伝わってくる。分かるぞサリエ! 今のフィリアはなんか怖い! 頑張れサリエ!


「ん、分かった……」


「そう緊張しなくても大丈夫よ。私はサリエちゃんなら良いかもって思っているから。さっきサリエちゃんを抱っこしたときとっても癒されたの……リューク様の気持ちもなんとなく分かったわ。あなたはリューク様だけじゃなく、私たちにも癒しをもたらしてくれるはずだわ」


「フィリア? さっき隣の部屋で何があったの? サリエはOKなの?」

「うん。ナナも今晩サリエちゃんを抱っこしてクンクンしたら分かるわ……凄く癒されるの」



 なにやら、サリエが変な風にフィリアから認められたみたいだ。

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