3-18 プリシラとなにやら凄く温度差を感じるのですが?

 サリエに可愛く助けてあげてとお願いされた俺は、もう断る気さえ起きなかった。だが意図していなかったとはいえ、サリエの発言はちょっと思慮に欠けたかな。


「この御方が姫様だと私は一言も言っていないのに、その娘はどうしてそのことを知っている?」


 隊長さんがサリエの不用意な発言に気付きそこを突いてきた。


「俺の名前をばらしちゃったことと、姫が名乗る前に言い当ててしまったのは減点だが、サリエの訴えは俺の心に響いた! 俺に任せろ!」

「ん、任せた! やっぱりリューク様は優しくてかっこいい! 大好き!」


 はぅ! 俺をキュン死させる気か! 何て可愛い生き物なんだ!


 隊長は自分の質問を無視して惚気る俺たちに対し、眉間に皺を寄せている。時間が惜しいので、もうこの際さっさとばらして女騎士を救って、盗賊のアジトに乗り込もう。どうせ伯父様の方には神託と言って知らせたのだから、誤魔化してもすぐバレる。



「僕はフォレスト公爵家の次男、リューク・B・フォレスト。この娘は僕の侍女のサリエ・E・ウォーレル。ウォーレル子爵家の者だ。久しぶりだねプリシラ、2年振りぐらいかな?」


「エッ!? リュークお兄様? このお声、そうです確かにリュークお兄様のお声ですわ!」

「公爵家のご子息であられましたか! これはとんだご無礼を! 平にご容赦を!」


 プリシラは俺のことをリュークお兄様と言って、俺に嬉しそうに抱き着いてきた。

 エッ!? 何? プリシラとはそれほど会った記憶がない。なのにいきなり満面の笑みでの抱擁……この俺との温度差は何なんだ? 嬉しそうに抱き着かれるような関係では決してなかったはずだ。


 サリエがめっちゃ睨んでる気がする……。

 気配察知の感覚が斜め後ろ辺りからビンビンに反応しています。


『ナビー、なんかおかしい……俺はプリシラとほとんど会ったことがないんだ。最後に会ったのも2年前だし、この温度差はどうしてだろう?』



『……ちょっとお待ちください。先に女騎士の治療を……』

『あ! そうだった!』



「プリシラ、話は後だ、彼女死ぬぞ!」

「そうでした! エリン頑張って! リュークお兄様はあのマリア様のご子息で優秀な回復師ですの! きっとお救いくださるわ!」


「治療の為に彼女の服を脱がすので、男性騎士はその間見ないように配慮して、盗賊たちの装備でも剥いでいてください」


「「「了解しました! エリンをよろしくお願いします」」」


 騎士たちは俺の指示に従い、盗賊達の事後処理に入る。


「プリシラ、仲間を殺された騎士たちが無闇に殺したりしないように見張っててくれないか。あいつらは僕の小遣い稼ぎの種なんだ」

「生かして、犯罪奴隷としてお売りになられるのですね?」


「そういうこと。所持金や装備品も頂いて行くからね」

「はい、勿論です。別途で王家から報奨金も出ると思いますよ」


「サリエ、ちょっと脱がすの手伝ってくれ」

「ん、彼女の顔色が悪くなってきた……大丈夫かな?」


「皆で余計な無駄話をして時間を取ったからだよ……」

「ん、でもどうしてすぐにヒールしてあげないの?」


「腕にヒールをしてしまうと、完全に傷口が塞がってしまうんだ。そうなってしまったら部位欠損が確定して、腕をくっつける作業が格段と厄介になってしまう」


「ん、やっぱりちゃんと理由があったんだね」


 全裸にした彼女に【ボディースキャン】をかけ、治療を開始する。


「サリエも良く見て覚えるといい。まず傷口に【クリーン】をかける。これは土などの汚れと目に見えない悪い菌を殺菌するためだ」


「ん、キンって何?」


「今はその名を覚えておくだけでいい、後で詳しく教えてあげる。そして【細胞治療】で各組織を繋げていく」


 骨・筋・血管・神経・筋組織、そして最後に【アクアラヒール】で回復だ。念のためにもう1回ヒールを入れておく。で【ボディースキャン】で確認……ん、完璧!


 ナビー経由で知識補完しながらだったが、綺麗に腕はくっついた。


「ん、凄い! ありがとうリューク様!」

「気絶しちゃっているけど、もう大丈夫。彼女に服を着せてあげて」



『さてナビー、プリシラのことは気になるが後だ。盗賊のアジトに攻め込むぞ』

『……そうでした!』


『念のため聞くが、捕らえた盗賊の中で、ナビーの判断で逃がしてあげても良いと思える奴はいるか?』

『……そのような者が居る訳……あ! 今回初犯で犯罪履歴のない真面目な青年が混じっています』


『いるんだ……盗賊団に加担するに至った理由はあるのか?』


『……ああ、はい。例のごとく、身内の為ですね。彼は母親と2人暮らしなのですが、10日ほど前に母親が大鎌で草刈り中に足をザックリ怪我してしまい、どうやらそれが化膿して現在高熱が出て生死を彷徨っているようですね。初級回復剤じゃ一時凌ぎで、中級回復剤を購入するために幼馴染のこの盗賊団の団員に声を掛けて今回参加したようです。幼馴染は盗賊なんかになるなと反対したのですが、お金の都合がどうしてもつかず、今回の襲撃に頼み込んで参加したようです』


『だが、初回でも犯罪は犯罪だ。ここに居る盗賊たちも必ず一回目の犯罪というものを経験してそこから転落して行ったはずだ。今回の場合は姫の暗殺、重罪だ。一発で首が飛ぶレベルだ』


『……そうですね』


『で、ナビー的にこいつは救う価値があるのか? それと盗賊なんかになるなと言ってくれる幼馴染はどうなんだ?』

『……彼を救う価値はあると思います。これまで真面目に一生懸命働いていました。自分の為ではなく母親の為に犯罪に手を染めるのは居た堪れないです。幼馴染の方は残念ながら友人や身内には情は厚いですが、窃盗・殺人・強姦・脅迫など一通りの犯罪は犯しています。救う価値なしです』


『分かった。どいつだ?』



 とりあえずその初犯の彼と話してみることにした。


「おい、お前! ちょっとこっちにこい!」


 1人だけ呼ばれて、ガクブルに震えあがっている。だが、容赦はしない。


「お前たちはこの国の姫を暗殺しようとした。お前だけではなく一族全て尋問し、疑わしいものは全て処刑される」

「そんな! 俺は姫様の馬車とは知らなかったのです! どうかお許しを!」


「知らなかったで許されるわけがないだろう? 姫の暗殺だぞ!」

「私が薬を持って帰らねば、母が高熱で死んでしまいます! どうかご慈悲を!」


「その母も引き立てられて、尋問にあうと言っているだろ! 王族の暗殺だ、熱があろうが容赦なく責め立てられるだろう。尋問というより拷問に近いはずだ。下手したら処刑の前に拷問で死ぬな……」


「ああ……母さんごめんなさい! 俺がバカでした……俺のせいで……俺のせいで……」


『……マスター、そのくらいで許してあげないと精神がやられてしまいます!』


「お前は盗賊団のアジトの場所は知っているのか?」

「はい、襲撃前に皆で一度立ち寄って、そこで作戦会議をしましたので……でもそこでは襲うのは貴族の馬車だとしか言ってなかったのです」


「アジトに居る残党は何人か分かるか? 全て正直に話すなら、お前の処遇を考えてやらんでもない」

「元より私の処分がどうなろうと、全て知っていることはお話しします」


 ナビーの言う通り根は真面目でそれほど悪い奴じゃないのかな? ちょっと話したぐらいでは分からないが、ナビーを信じよう。


「今拠点に居る残党は何人だ?」

「留守番組は、男が5人、女が4人です。その中に盗賊団の団長もいます」


「よし、今から其処に向かうのでお前が案内しろ。ちゃんと案内したらこの【中級回復剤】を渡して解放してやろう」


「お待ちください! リュークお兄様、その者は犯罪者です! 事情は聴いていましたが、いかなる事情があっても犯罪に手を染めてはいけないのです! 犯罪者を野に放ってはいけません!」


「プリシラの言い分はごもっともだが、こいつはその盗賊団の中で唯一改心できる存在だ。これは僕とそいつの取引だ」

「どういうことでございましょう?」


「襲撃なんか30分もあれば終わる。何分たっても拠点の方に連絡がなければ向こうからコールを掛けてくるだろう。僕の枷は魔力を封じる効果がある。【亜空間倉庫】も、【クリスタルプレート】も開けないのでこいつらからは連絡のしようがないんだ。拠点の奴らが捕縛に気付いてお宝を全て持って逃げる前に捕縛する必要がある。1分1秒を争う事案なんだ」


「それでどうして彼を逃がす必要があるのですか?」

「そこで彼と取引だ。こちらはできるだけ急ぎたい、そうしないと逃げられるからね。で、犯罪履歴のない彼に彼の目的の【中級回復剤】を渡し、拠点場所と拠点内にいる奴らの情報とを交換するわけだ。そして改心することを条件に今回は開放してやる。元々悪人じゃないんだ。犯罪に手を染めるきっかけになった物を与えてやれば、改心して真面目に暮らすだろう。これで懲りないならいずれまたどこかで捕まるだろうしね」


「ありがとうございます! 神に誓って二度とこのような真似は致しません!」

「ああ、そう思うなら回復剤の代金はいつか教会に寄付という形でまじめに働いて返済しろ。それでチャラにしてやる」


「はい! 必ず教会の方にお返しいたします!」



「ん、リューク様、全部回収終えた。人数が多かったから現金だけでも300万近くあった」

「へぇ、ちょっと入用があるから嬉しいな」


「ん? 何か買うの?」

「うん。魔石と鉱石がほしいけど、凄く高いんだよね」


 プリシラはちょっと不満げだが、捕縛した盗賊の生殺与奪権は捕縛者にある。

 今回襲われたのが姫殿下ということもあって本来勝手に罪人を自由にできないのだが、そこは俺も公爵家。騎士じゃ俺に強く言えない。



 この場で俺に発言できるのは、プリシラだけだからね。

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