3-15 魔法科の実技授業は色々おかしいです

 午後の魔法の実技授業だが、色々おかしい。

 何がおかしいのかと言うと、間違いだらけ、嘘だらけなのだ。


 まず、最初にあれっと思ったのが詠唱について。

 先生は俺たちにこう説明したのだ。


「詠唱は正しくしっかりと発音して、一言一句間違わないように詠唱しないと魔法は発動しません」


 そんなことはないのだ……詠唱なんかなくても発動後のイメージさえしっかり持てれば魔法は発動する。俺とサリエは【無詠唱】というオリジナルスキルでインチキをしているが、練習すればいずれは手に入れることができた筈だ。


 次に『エッ?』と思ったのがスキルの威力だ。

 何故か皆先生と同じ威力のものをイメージして発動しようとしている。 

 そもそも魔法の威力は個人差がかなりあるのに、同じ威力に揃えようとしているのがおかしいのだ。


 俺の【ファイアボール】のLv1魔法とナナのLv1魔法では数十倍の威力差がある。

 知力や精神などの基本ステータスに差があるうえに、炎に対する理解度が違うから当然だ。

 ナナの炎はたき火や蝋燭などのようなオレンジ色、一方俺の炎は青白いガスバーナーのような色をしている。炎は透明になるほど高温になるのだ。こちらの世界の人はそれを知らないから、普通に火をイメージする。なので温度の低い炎しか発生できないのだ。


 ぶっちゃけると俺の場合、核分裂をイメージするととんでもない事態になる。原子核に中性子をぶつけるイメージで初級魔法の【ファイアボール】Lv1で検証実験しようとしたらナビーに強制的にスキルキャンセルされてめっちゃ怒られた。『ファイアボールを原爆レベルで発動して自分も巻き添え死したいのか』ということらしい。そこまでのイメージで爆発をさせると半径数キロが吹き飛ぶそうだ。ナビーには禁呪指定されてしまい、一度も発動しないまま封印となった。



 魔法研究者や【無詠唱】のできる者もいるのに、何故このような嘘が蔓延しているのかはナビーが教えてくれた。1000年前の各国を巻き込んだ大戦時に1度主だった魔法使いが壊滅状態に陥ったことがあったらしい。当時は書物のような物もなく、戦後僅かに残った羊皮紙に書かれた文献から世界各国でスキルが再構築されたそうだ。


 この国でも何度かスキルの整備が行われている。そしてその整備で暗躍したのが王宮の宮廷魔術師たちだ。ナナの班に入った、代々宮廷魔術師筆頭を務めているツェペル家が今現在も暗躍中だ。


 ナビーが言うにはレイリアさんは何も知らされていないらしいが、代々当主になる人間は過去の暗躍を伝えられ、家伝のオリジナルスキルを引き継いできたらしいのだ。その中には【無詠唱】も含まれているようで、自家が他より優位に立って宮廷魔術師筆頭の座を譲らないように6代前のツェペル家の当主が嘘の教本をでっちあげ確固たる地位を得たようなのだ。


 長寿であるが故、過去の大戦の生き残りもまだいる魔国やエルフたちの魔法技術と比べたら、人族の魔法技術は衰退してしまっている。


 ナビーにこの事実を知らされて、エルフ国から留学してきているエルフの姫には不信感しかない。ミルファ姫はいったい何を思って衰退した魔法を習いに人族の魔法科に来ているのか。衰退した魔法技術を、心の中で笑いながら授業を受けているのだろうか……。


 エルフの姫のことはともかく、一度レイリアさんと話し合う必要がありそうだ。





 授業終了後、班員とナナを伴なってギルドに報酬を受け取りに向かった。

 まだギルド会員になっていないマーレル姉妹の会員登録も済ませておく。


 うちの班員のローレル姉妹とキリク君は既に入会済みのようだ。


 昨日の受付嬢の列の木札を抜き取り順番を待つ。夕方なので帰宅組の冒険者たちとかち合い、結構な待ち時間があった。


 美少女集団を引き連れているので絡まれるかなと思ったのだが、視線はかなり感じるがその手の恒例イベントは発生しなかった。


『……魔法科の学生服で来てるので絡む奴はまずいないと思いますよ。貴族に絡むと痛い目を見るのは冒険者の方ですからね』


 そりゃそうだ。




「こんにちは、先日の報酬を受け取りに来ました」

「はい、解体と査定も終えています。どれも首を一薙ぎか、前か後ろから心臓を一突きに倒されていると解体作業員が感心されていました。お肉に損傷も少なくすべて上級質査定で買い取らせていただきます。こちらが明細になります、ご確認下さいませ」


 見てびっくりした。予想よりかなり金額が多いのだ。


 オーク31頭の肉と上位種を除いた魔石29個・ゴブリンの魔石13個・コボルドの魔石3個・ホーンラビットの魔石3個が今回販売したものになる。


 王都ではオーク1頭に対して国の常時依頼の討伐報酬が1万も出るようで、ゴブリンやコボルドは3頭でオーク1頭分支払われる。これだけでも36万もある。魔石はフォレストと変わらない価格だったが肉が2割増しで買い取ってもらえたのも大きい。それとコロニー討伐の確認も取れたとの事で別途で30万ジェニーももらえるようだ。小規模コロニーの討伐報酬は10万らしいのだが、上位種の指揮するコロニーには少し色が付くようで、ナイトとプリーストがいたコロニーという事もあって中規模コロニー扱いの30万ももらえるのだそうだ。


 肉・魔石・常時依頼討伐報酬・コロニー討伐特別報酬を全て合わせると2409000ジェニーにもなった。予想より100万近くも多くて驚いている。


 3分割しても、1人80万にもなった。

 う~ん、たった半日の稼ぎとして考えるとマームにはちょっと多すぎるが、資金がないのは不安だろうし、今回は買い出しをして、残金は全てそのままあげようと思う。



「マーム、今回の報酬は1人80万だ。まず貸した10万を差し引くけど、それとは別に今からブーツとリュックサックタイプのカバンと各種回復剤を仕入れてもらう」


 明細書を皆に見せ、マームに指示を出す。

 昨日半日で240万も稼いだと知って皆びっくりしていたが、ローレル姉妹がやはりなぜかソワソワしている。


『なぁナビー、ローレル姉妹って金銭的に何かあるんだろ?』

『……はい、色々問題を抱えていますね。ぶっちゃけて言いますと現在ローレル家は財政難に陥っています。結構深刻で、どこかから融資を得られなければ、このままだと1年以内に没落する可能性もありますね』


『ローレル家は伯爵だろ? 何故そんな事態になっている?』

『……3年前にゼノから領地を与えられ、法衣貴族の子爵から領地持ちの伯爵になったのですが、与えられた土地は開拓する必要があったのです。場所的には最良の農耕地ですが開拓にあたる際に雇った人間に問題がありまして、去年開拓している村の川が氾濫して農地と作物に多大な被害が出てしまいました。被害分は私財を使って補填したのですが、今後の川の氾濫を防ぐために借用して治水工事をしている為、現在財政難に陥っています』


『雇った人間に問題があったのか?』


『……はい、開拓時の設計段階でわざと川の氾濫が起こりうる場所に村を作るよう進言した者がいます。その者は他の子爵家の回し者で、開拓領地を自家に任せてもらいたかったのにローレル家に委ねられたのを妬みに思ってるようで、裏で手を回しわざとミスを犯させるように指示を出して設計させたようです』


『あたた、設計段階からやられたらもうダメじゃん』

『……マスターが関われば、救えるばかりか更に発展させられますよ』


 ナビーはわざわざ網膜上に出てきて、期待するような眼差しで笑顔で俺を見つめてくる。

 ローレル家を救済しろってか? それは父様の仕事だろうに……。


『……ゼノもローレル家が困窮しているのは承知で、ナナの侍女になったら救済処置は行う予定だったようですが選ばれたのはパエルたちでした。それにゼノではダメです。あの状態から救えるのはマスターでなければ困難です』

『オイ、心を読んで勝手に話スンナ』


『……あの可愛い双子の姉妹を助けてあげましょう。彼女たちの授業料はフォレスト家から出ていますが、生活費を捻出するのもやっとのようです』


『でも具体的に何をやればいいんだ? さっぱり分からないんだが?』

『……後1レベルマスターのレベルを上げて、2ndジョブに賢者を獲得し、上級の土魔法で堤防を造るのです。それと農地を西に広げるのではなく、村の反対側に変更して東に広げ、農業用の用水路を奥に引き込むのです。東のエリアはかなり肥えた土地なので美味しい作物が育つのは間違いなしですよ。価値の高いフルーツ栽培をすると良いでしょう』


『俺に開墾用にオリジナル魔法を創れってことか?』

『……創らなくても、既存の【ストーンガウォール】でも十分です』


『分かった。一度彼女たちの領地を見に行くよ。あの姉妹可愛いし、せっかく班員になったんだ、ナナのこともあるから謝罪もかねて面倒見るよ』


『……ふふふ、そうしてあげてください。良い娘たちですからね、第三者によって不幸になるのは気分良くないです』


『で、その開拓の設計をした奴はまだいるのか?』

『……はい、素知らぬ顔で開拓責任者の地位でいます。農地用の場所以外での設計は上水道や下水道なども問題ないので、疑われることなく居座っていますね』


『分かった。6月の雨季前までに、なるべく早く手を打つよ』


 防具屋でナビーと念話で会話していたら、マームがブーツを手に持ってきた。


「リューク様、店主のお薦めのこれにしようと思いますがどうでしょうか?」

「へ~、結構奮発するんだね。マームからすれば高いと思うんだけど良いのかい?」


「はい、実は昨日7km歩いただけで酷い靴擦れができました。やはり今履いてる硬い革の安物だとこのような弊害が出るようです。店主が言うには足元は一番大事だからここをケチると命に係わるんだそうです。軽くて丈夫で長持ちをして、しかも足に優しいこの柔らかい革のブーツが良いそうなのでこれにします」


 マームが持ってきたブーツは中級冒険者がよく履いている物で、店主の言うとおり足に優しくて丈夫で長持ちな物で人気の高い品だ。Bランク魔獣の水牛の革が使われていて一足9万ジェニーもする。


「昨日靴擦れ起こしてたの? 気付いてやれなくてごめんね。でも、今後は何かあった時はすぐに知らせるように。怪我で満足に動けないと皆の足を引っ張るし、皆を危険に晒すことにもなる。特に体調不良や状態異常は即報告するように。何のためのヒーラなのか分かんないでしょ? 治せる怪我は些細なモノでもすぐに処置しないといけないよ」


 昨日移動中にマームには疲労回復の為に何回かヒールを掛けたので、その都度靴擦れも回復していたから俺たちに言わなかったようだ。だが、変な遠慮はしないように厳重注意した。




「リューク様、次回どこかに狩りに出られるときは必ずお誘いくださいね」


 ローレル姉妹が切実に訴えてきた。生活も苦しいのだろうに金銭的なことは俺には一切言ってこない。   


「皆も狩りに行きたい?」

「「「はい!」」」


 全員行きたいそうだけど、ナナはまだ無理でしょ。


「ナナはまだ無理だよ。来月には行けるようにしたいけど、それまでは筋力アップのリハビリを頑張るんだね」


「う~! ズルいです! ナナも行きたいのに~!」

「車椅子で森には行けないことぐらい分かるでしょ。我が儘言わないで我慢してね」


 ローレル姉妹やキリクもフィリアも装備はそれなりに良い物を持っているようで、購入する必要はないようだ。


 雑貨屋に行き、テントを2組と飯盒やらランタンや鍋などの野営セットを購入する。パーティーで使う共有備品の分は今回俺が立て替えて払ったが、次回から収入の中から人数割りで徴収する。



「マーム、共有資金の分も差し引いて50万ジェニーが君の取り分だ。端数分はパーティー資金として徴収するね。半日分の稼ぎにしては多い気もするけど、君の家族も私財を売り払ってとのことなので今回50万まるまる渡すね。ギルドで手数料は引かれるけど各村や町の教会やギルドに送金もできるから、今回の分は10万ほど残して、後は家族に送金してあげると良いよ」


「何もしていないのに、本当にこんな大金もらっていいのですか?」

「ああ、いいよ。でも家族には今回だけと言うようにね。マームも毎月当てにされても困るだろうし、レベルが上がったらそれに見合った装備を買わないといけない。今の初心者用の装備はすぐダメになるからね。特に剣などは1度戦闘で使うと欠けたり刃先が潰れたりするので研ぎに出したりしないといけないのでメンテナンス費がかかる。予備の剣も数本持ってるのが基本だからそれも購入しないといけない。お金は色々要るからね。全部送金しないでちゃんと貯金しておくんだよ」


「そか、メンテナンスにもお金が要るんですね」

「うん、それを稼げないで破産して奴隷落ちする冒険者も多いんだよ。良い武器だけ買っても維持費を稼げないと破産しちゃうんだ。自分の稼ぎに見合った装備を購入するのも大事ということだね」


「サリエ様の武器は凄く高そうな感じがしますが。御幾らほどするのでしょうか?」

「ん、売ると家2軒分?」


「え!? 家ですか?」

「ん、こっちのメイン武器の方だけで4千万ジェニーはするはず」


 購入時はジャンク品の中から500万ジェニーで買ったが【リストア】の魔法で時間を戻し新品状態にしてある。オリハルコンを11%含んだサリエの剣は、俺の鑑定魔法では6千万ジェニーの値が付いている。


「サリエ、6千万だよその武器」

「ほえ~。凄く高いのですね。私もそのうちそれくらいの良い物を買う必要があるのでしょうか?」


「あはは、マームには必要ないよ。サリエの剣の腕は【剣鬼】だよ。上級冒険者の中でも上位に入るからね、生半可な武器じゃサリエの腕に見合わないんだよ。それにマームが良い物を買うなら剣じゃなくて杖とか魔石の付いたオーブだよ、魔術師なんだからね」 



 夕飯は俺の奢りで外食にした。もう少しメンバーと話をしたいという事情もあったが、来週居残りさせられると知ったナナがすっかり拗ねてしまったからだ。


 可愛いけどちょっと面倒な妹だ。

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