2-10 俺は改めてフィリアにプロポーズしました

 逃走僅か3日で、ナビーの裏切りにより捕まることになった。

 正直ナビーにはちょっとムカつくが、俺を思っての行為だということは分かっているから強くは言えない。


 もしあのまま俺が本当に国を出ていたら迷惑をかけたうえで、二度と皆に会う事はなくなっただろう。

 王家の血筋の者が国を捨てようとしたのだ、暗部が送られてもいいほどの反逆行為なのだ。


 国を出るのがダメなのではない。手順をちゃんと踏んでいないのがダメなのだ。

 申請さえ出せば、留学やスキル収拾の国外探検も問題なく行える。


 ナビーの優先順位はあくまでも俺基準だ。俺が不利になることには過敏に反応する。


 さて、みっともないが帰らねばならない。何か良い方法はないかな。




 テレポで王都の神殿の魔法陣に飛ぶと父様が待ち構えていた。随分お怒りのようだ。それでも巫女や神官たちの前では怒るようなことはしない。あくまで俺は私用で休学中なのだ。


 話でちょくちょく出た神官長とやらが気になったが、巫女の話だと朝から魔力の限界まで回復の仕事が詰まっているそうだ。魔力切れになるまでは、その日の仕事は終われないのだとか。聞いてるだけで不憫になってくる。





 現在俺はミリム母様の実家にいる。

 全員抜ける訳にもいかないとカイン兄さんはフォレストに先に帰したそうだが、母様たちは全員揃っている。


 ナナとフィリアは授業があるので学園だ。



「さて、リューク。事と次第では大事になっていた。俺自らの手でお前を殺めなくてはならない事態だ。どこまで本気だったのだ?」


 う~ん、フィリアにドンされて傷心で逃げ出したとか言えない雰囲気だ。

 それにそんな恥ずかしいこと言いたくない……。


『……自業自得、情けないマスター……』

『黙れ裏切り者。だが、ナビー様にちょっと助けてほしい……何か良い案はないかな?』


『……また女神様を利用したらどうです?』

『女神って、お前……アリアの名で嘘を付けって言うのか? いくら何でもマズくないか?』


『……アリア様が先にマスターを騙したのですし、大目に見てくれるでしょう』


 なんだかんだでナビーは役に立つんだよな……チクショウ!


「父様、使徒をご存知ですよね?」

「勿論知っているが、お前の家出と何の関係があるのだ?」


「僕はその使徒候補なのです。女神アリア様の命で使徒としての使命があるのです」

「お前は何を言っているのだ? お前が使徒だと? リュークよ冗談では済まないのだぞ?」


 俺は【無詠唱】で自分の体の周りに初級魔法を30個、衛星のように宙に浮かせて回転させた。


「なっ! 【無詠唱】で! しかも何だその数は!」

「リューク! それは【多重詠唱】なのですか!? しかもその数!」


 マリア母様は流石に国でも有名な魔術師だけあってこの凄さが分かるようだ。


「父様、このことは勿論秘密ですよ? 国が滅ぶレベルの魔法です。高威力の上級範囲魔法をこの数撃ちこんだらどうなるかお分かりですね?」


「お前は本当に使徒様に選ばれたのか?」

「いえ、ただの候補ですが、先に色々使徒として使えるスキルを頂いています。勿論たとえ父様とてそのことは言えません。それと、女神様から僕にすぐ何かしろって指示があったのではないのです。今は力を付けろとの指示があったに過ぎません」


「国を出ようとしたことに関係があるのか?」

「既にこれほどの魔法が扱えるのに、今更魔法科に通う意味があるのかなと考えてしまったのです。それなら隣の獣国にでも行って、違う力を手に入れた方が良いのではないかと考えたのですが、どうやらそれは間違いだったようです」


「何が間違いだと言うのだ?」

「女神様は、僕に学園で基礎からしっかり学んでほしかったようです。その後に世界を回って僕に力を付けてもらいたかったようなのですが、具体的に何が起こるのか、何が起こっているのかは僕も知らないので、勝手に僕が焦って先走って世界に出ようとしてしまったのです」


「リュークは使徒候補に選ばれて、先が不安で力を求めて国を出ようとしたと言うのか?」

「ぶっちゃけるとそうですね。過去の使徒としての使命は、ドラゴンが相手だったり禁忌を犯そうとしている国が相手だったりと様々です。今回の相手が分からないので不安だったのに加えて、ラエルの件で、ちょっと不穏になっていたようです」


「今は落ち着いているのか?」

「学園を出て2日考えている間に色々焦っていたと反省しています。世界に出るのは3年間学園で基礎を学んでからでいいようなので、学園でしっかり勉学に励もうと今は思っております」


「フィリアが突き飛ばしたことを気に病んでいたのだが、そのことは関係ないと申すのか?」

「父様、いくら何でもそんなことで国を出ようとはしませんよ」


「そうだよな、そんな情けないことで家族や婚約者を見捨てて国を出たりはしないよな?」


『……よくもまぁ、嘘八百付けますね。もうアリア様を詐欺師とか言えませんね』

『うっ……何も言うな』


「父様も母様も、このことはまだ誰にも言わないでくださいね。女神様に本当は口外無用とされていることです。だから黙って国を出ようと考えたのですから」


「だが、事と次第では国の一大事やも知れぬのだぞ?」

「だからですよ父様、何が起こるのかも何が起きているのかも、ひょっとしたら何も起こらないのかもしれないのに、女神様が他言無用としてるのを勝手に騒いで大事にしては国が乱れるだけです。実際なに事もなければ、ただ国を騒がすだけです」


「うむ、それもそうだな。分かった、女神様から指示があった時は隠さず知らせるのだぞ?」


「何でも知りたがるのは父様の悪い癖ですね。女神様が秘密と言ってるのですから。あきらめてください。もし知らせて良い事案なら直ぐにお知らせしますので、勝手に僕に暗部を張りつかせて調べたり見張らせたりしないでくださいね。本当にいよいよな時になれば、神託として神殿巫女にお告げがあるでしょう」


「なぜお前が暗部の存在を知っているのだ!」

「いつまでも子供じゃないのです。それぐらいの情報は入ってきますよ」


「分かった、信用するので勉学に励むのだぞ」


「はい、フィリアたちにも心配をかけたみたいなので、僕はすぐに学園に戻ります」

「そうだな、そうしてあげると良いだろう」



 父様はやり過ごせた。

 以前から『女神様の秘密』には弱かったので、真実を混ぜて上手くごまこしたのだ。

 セシア母様は何か怪しむような視線を俺に向けていたが、何も言わず黙ってくれていたので感謝しないといけないのかもしれないが、今は良いだろう。




 問題はここからだ。授業が終えた頃、ナナの部屋を訪れる。


「リューク様ごめんなさい! わたくし、あの時はつい……決して嫌っているわけではないのです!」


 部屋に入るなり、フィリアが俺に泣きながら抱き着いてきた。

 もう離さないというような、力強い抱擁だ。

 ナナも目に涙をため、自分の足で立って俺に近寄ってくる。


 俺はナナの侍女2人に退室してもらい、俺、ナナ、フィリア、サリエの4人だけになった。


 部屋に【音波遮断】を掛け、外部に会話が聞かれないようにする。そこまでして何をするかというと……ある程度真実を話そうと思う。この3人にはこれ以上嘘をつきたくないと思ったのだ。


「3人には本当の事を話すが、この話は勿論皆には秘密だ」

「「「はい」」」


「俺の名前はタカナシリョウマだ。だが同時にリューク・フォレストでもある」


「兄様? さっぱり言ってることが理解できません? 俺って? わざと言っているのですか?」


「今から説明する。最後まで聞いてから、俺との接し方をどうするか決めてほしい。途中で取り乱したりしないで聞いてくれ」


「分かりました」


「リュークはあの事故で本当に死んだんだ。俺は異世界からリュークの体に意識と言うか、心と言うか、記憶の一部だけ移された。7日間だけの遊びのつもりが、実は女神アリアの策謀で使徒としてこの世界で何かさせたいという腹づもりだったようだ。でも今のこの俺もタカナシリョウマそのものじゃないようなんだ。俺の元の記憶は2割しかない、逆にリューク君の記憶は3割も残っている。主人格は俺なんだけど記憶に引っ張られ、内面的にリューク君の性格に近いものになっているみたいだ」


「「……」」


「人間の今の表面的に出ている記憶っていうのは全体の数パーセントらしい。必死で思い出そうとしても1割も思い出せないみたいだよ。そして夢や他者との会話、思い出の保存画像などを見たりした時に不意に思い出すような、記憶の比較的浅い部分のものが1割ほどあるようで、大体2割が個人で思い出せる記憶なんだって。だから俺を異世界からリューク君の体に移す時に脳の負担を考えて2割ほどしか移してないらしい。元からあるリューク君の記憶は3割を残して、決して思い出すことのないような記憶はすべて消し去られている。でもこの3割の記憶ってのは、ナナやフィリアが思い出せる記憶よりずっと多いんだよ。だから、フィリアに昔の話を聞かれてもフィリア以上に答えられる」


 3人は俺の話しに聞き入っている。俺が何を伝えたいのか必死で考えているのだろう。


 本来この話をするのは俺にメリットはあまりない。自己満足なだけだ。龍馬としての俺を消し去って、リュークとして生きるのが嫌だったのだ。俺はこの世界で龍馬として同時に生きたいのだ。


 本来リュークとして過ごしていれば、数カ月で2人から違和感も消え馴染むことができた筈だ。


「リューク様は何故その話をされたのですか? 黙っているのが最善のことだったのではないですか? わたくしたちの知らない人が入って、その体を乗っ取っているって言えば、警戒するのは理解しているのですよね?」


「そうだね。黙ってるのが一番良いのかもしれない。でも俺はリョウマとしての自分を消したくないんだ」


「警戒されても、リョウマ様には話す必要があったのですね?」

「うん。1つ聞くけど、フィリアやナナにとってリュークのどこが好きなんだい? 見た目? 性格?」


「わたくしにとっては全てです」


「全てとか、具体性がなく随分アバウトだね。俺にとってはこれまでの積み重ねた行動やその時の気持ち、嬉しかったこと、楽しかったこと、悲しかったこと、その一つ一つのその時の気持ちの積み重ねで、これほどフィリアのことが好きなんだと思う。勿論一目惚れから始まったんだけどね。今の俺のこの愛おしいフィリアへの愛は、リューク君が積み重ねてきたフィリアへの思い出の記憶なんだ」


「さきほど記憶に引っ張られると言った理由ですね……」


「うん。今の俺は自分の記憶より多いリューク君なんだよ。リュークでもありリョウマでもある。でもどっちなんだと問われたらリョウマと言いたいところなんだけど、体はリューク、記憶もリューク君のものの方が多いくらいなんだ。ずいぶん立場としては微妙だろ?」


「ナナには兄様が伝えたい意図が考えても分かりません」


「ふぅ~、フィリア! 俺はフィリアが好きだ! 改めて言う! 俺はフィリアが好きだ! 以前君が言っていた3割の違和感の正体が俺だ。そのことも含めて改めて告白する! 混ざった2割の俺の記憶も愛してくれ! 君が言っていたように違和感の部分を愛せるかどうかだ。どうこう言っても俺はリュークなんだ。君だ好きだ!」


「な、な……ナナの前でまた2回目の告白なんて! 兄様! ナナのことはどう思われているのです!」


「ナナには悪いけど……リュークの記憶に引っ張られてる俺は、やはりナナのことも大好きだが、それは妹に向ける家族愛なんだ。女に向ける愛情ではない……ごめんよ」


「でも、リューク様? ナナの裸を見た時に頬を赤らめドギマギされていましたよね?」

「そうです兄様! ナナのおっぱいを見てドキドキしていました!」


「それは混じった俺の感情があるからなんだけど、お前たちに対する感情の基本は、やっぱりリューク君の記憶からくるこの気持ちがベースなんだよ」


「リューク様、確認しますね。今のリューク様は女神アリア様によってタカナシリョウマという別人の記憶を2割ほど異世界から移された混ざりものの記憶がある状態なのですね?」


「う~ん、それだと主人格がリューク君みたいで嫌な言い方だけど、個人を特定するものが記憶だとするならば、あながち間違いでもないんだよね。まぁそういうことになるのかな」


「その2割混ざった状態でも、わたくしのことをやはり好きだと言って、今日新たに告白してくださったと思っても宜しいのですか?」


「うん、リューク・フォレストとしてもタカナシリョウマとしてもフィリア・ラッセルにもう一度告白するね。俺と結婚してください!」


「う~~~! 1度ならず2度までもナナの前で!」


 ヤバい! 壊れた時のナナが発動しそうになっている!


「ナナ! チャンスです! わたくしに任せてください!」

「え? フィリア? ナナのことをまだ応援してくれるの?」


「リューク様! その告白改めてお受けいたします! わたくしはリューク様が国を出てわたくしたちを捨てると思ってしまった時、死を決意しました。わたくしはもうリューク様にどっぷりなようです。結婚までに3年あります。どうしてもリョウマ様の部分が受け入れられないようなら、その時は婚約を解消させていただきます。それとナナですが、リューク様は不可でも、リョウマ様なら可なのですよね?」


「いや、確かにリョウマとしてはドキッとするほど可愛いと思うけど……ナナは実の妹だぞ? いくらなんでもそれはないだろう?」


「なくはないのです! 兄妹婚も全然有りなのですよ? 一般人では稀な話ですが、リューク様は希少な回復魔法の属性持ちなのです。王家の血筋は非凡な力の発現が高いのです! ナナとの子供は皆が期待することでしょう!」


「フィリア的に焼きもちとかはないんだね……俺はフィリアが他の男ととか考えたら気が変になりそうなのに……」


「正直に言えば独占したいです。ですが現実的に考えればそれは不可能です。リューク様の治癒師としての才を考えればそれは許されないでしょう。なら最初からあきらめて、許せるであろうナナに絞り込むのが私の選んだ道です! 幼馴染で親友のナナなら許せます……我慢できます!」



 う~ん、どうやら許された上で、リョウマの存在も認めてはくれるようだ。

 だが、変な方向に話がそれてきたみたいだ……ナナもフィリアも変に興奮している。ちょっと怖いです。

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