2-4 ナビーが辛辣でちょっと参ってます

 俺のすぐ横を通り過ぎたカリナ隊長に申し訳ないと思いつつ街道を進む。



 夕方5時ごろMAPに反応があった。サリエだ! MAPの範囲エリアは同じ10kmだ……見つかった!?


『……マスター、思ったとおり【ジャミング】効果が出ているようです。サリエの【周辺探索】に引っかからないようですね』


『お前、それを確認するためにわざと黙っていたな?』

『……試さないことには判らないではないですか? でも、サリエ可哀想……食事も摂らないでずっとマスターを探してこんなところまで追っかけてきているのに……』


『うっ……何も食べていないのか?』

『……フィリアもサリエも水以外口にしていないですね。サリエは【インベントリ】内に食料はあるのでいよいよになれば口にするでしょうが、今は時間が惜しいって感じでしょうか……可哀想に』


『やっぱ大規模な捜索が掛かっているのか……』

『……いえ、ゼノが抑えています。学園には急用で何日か休む事になるかもとだけ伝えているようですね。朝遅刻したのもサリエが休むのも家庭の事情としています。周囲にも隊長格にしか家出のことは伝えていません』


『世間体を気にして大事にしないようにしているんだな。公爵家だし当然か……』

『……はぁ。マスターとゼノの考えにかなり温度差がありますね』


『どういうことだよ?』

『……ナナも含めてですが殆どの者は、フィリアに邪険にされてちょっと拗ねて家出してしまった痛い家出少年というのが今の認識です。まさか国を捨てて本気で逃亡しようと思っているとは誰も考えないでしょうね』


『それは痛すぎるじゃないか! 俺って今好きな娘にプイッてされたから家出した扱いなの?』

『……何言ってるのですか、実際そうじゃないですか。突き飛ばされて傷心して居た堪れなくなって逃げ出してきた根性なしの癖に、なにを今更……』


『あの、ナビーさん? もっとオブラートに包んでほしいです。言葉の暴力って知ってます? 人は言葉だけで殺せるのですよ? 俺、今凄く傷ついちゃったよ?』


『……マスターより、フィリアとサリエの方がもっと傷ついています! そうやってすぐ甘えるからダメなんですよ。この世界で自分を知る者が居ないのが不安でサリエのお風呂にまで押しかけて慰めてもらったくせに家出なんかして……15歳の少女のお風呂に強引に押しかけるとか犯罪ですよ? 日本じゃすぐ『おまわりさーん!』って通報されるレベルです。今、世界的に未成年には厳しいんですよ? 何か反論ありますか?』


『ないです……ごめんなさい。もう苛めないでください。精神ゲージほとんど残ってないので勘弁してください』


『……そもそもですね! マスターはフィリアに対してす―――


 エイッ! おお! 【ジャミング】魔法、ちゃんとナビーにも効果あるじゃないか! ナビーの奴、急に態度デカくなったよな……口調は従順で変わらないのに棘があるというか、毒が含まれるというか、真面目委員長の説教って感じがする。


 急に認識できなくなると精神にきたすとかナビー言ってたな……どんなか聞いてみるか。



『……なんてことするのですか! 急に分かんなくなって不安になったじゃないですか!』

『いや、本当に使えるのかなって思って。で、どんな感じになるんだ?』


『……解りません。急にマスターの存在が消えるのです。残ってるのは得体のしれない不安感です。ナビーにはもう使わないでください』


『いや、でも夜とかさ……もう1週間もこの若い肉体で禁欲生活しているんだ。その辺は理解してほしいな』


『……不潔です! エッチです!』

『そういうけどな……システムのお前には解らないんだよ。そうだ! フィリアやナナを見たクラスの男子の頭の中ちょっと覗いてみてごらんよ?』


『………………なっ! なんて破廉恥な! こいつらバカですか! 年中色魔なんですか!? 気色悪いです!』


『いや、それが普通の15、16歳の健全な男子なんだって。あの2人を見て何も感じない奴は逆に異常なんだよ? どっかおかしいんだ。俺は結構マシだろ? それほどエロくはないよな?』


『……確かに、凄くまともです。あの獣どもをフィリアやナナに近づけてはなりません! すぐ学園に戻りましょう!』

『いや、だから俺は獣国に行きたいんだって!』


『……マスターは何故、彼らほどエッチくないんですか?』

『俺、中身45歳だよ? 20歳の子供居るし、経験もそれなりにあるからね。もうそういうのは落ち着いたっていうのが本音かな? でも中身45歳でも肉体が15歳だと、男は3日ほどでムラムラと性欲とか色々溜まっちゃうんだ。俺は今まで経験したことないけど、溜まり過ぎたら夢精とかするらしいぞ? 調べて見ろ』


『……本当ですね、目覚めた時無性に悲しいとネットに書いています。親に見られないようにこっそり隠れて手洗いするけど、濡れたパンツを不審に思った母親に匂いを嗅がれてバレたとか2chに書かれています』


『そんな話はイイから……俺も限界だからお前の存在があると気になってしまうだろ?』

『……おかずが欲しいのでしたら、海外サイトからスンゴイのを提供できますが?』


『え!? ホント!』

『………………』


『いや、自分から振っといて引かないでよ……』

『……分かりました。でも【ジャミング】は二度と嫌なので。創主様が使っていた【ブラインド】の魔法でどうでしょう? 音と視覚を奪うので、ナビーの監視下からも逃れられますよ? 何かあれば念話でお知らせできるし、完全に【ジャミング】のように遮断はされませんのでナビーも安心です』


『分かった、それで手を打とう』


 そろそろサリエが来る、悪いが隠れさせてもらう。

 森の中に入って瞑想し、気配を絶つ。【隠密】があるが、サリエにも【気配察知】があるので油断できないのだ。カリナ隊長の時のように視線なんか送ったら間違いなく察知される。


『……はぁ~可哀想なサリエ……』

『ナビー! それ以上言うな。もう決めたんだ。自己中なのも十分承知だ』


『……リュークと握手を交わしてお互いの家族を託したのではないのですか?』

『ナナやセシア母さんの治療はした。公爵家なんだ、それ以外で彼女たちが困る事があるか? フィリアにしろ、俺以外の良い男なんかいくらでも選り取り見取りだろ? それこそ王家の第二王子とかのほうが幸せになれるんじゃないか?』


『……その人の幸せは、その人の感じ方によって千差万別です。ナビーやマスターが勝手にフィリアの気持ちを分かった風に語ってはダメです』


『そうだな。でもナビーならフィリアの気持ちも分かるんだろ?』

『……だから余計に語る訳にいかないでしょう? 彼女の気持ちは彼女だけのものです。ナビーが勝手に話すわけにはいきません。盗賊が何を考えているとか、マスターに敵対しようとする輩は全部暴露っちゃいますけどね。フィリアが他の男に抱かれても、マスターが我慢できるのならナビーはもう何も言いません』


『うっ……』




 今のうちに、自分の名前に細工をしておく。


 門でばれないように【カスタマイズ】を使って、名前をリョウマとした。

 只のリョウマだ。貴族を表すミドルネームとファミリーネームを捨てる。


 平民、冒険者のリョウマ誕生だ。



 サリエをやり過ごし、ソシリアに向かっているのだがそろそろ日が暮れる。

 森の中を通っている街道は、日が暮れると真っ暗になる。今は新月に近く月明かりもない。【ライト】で照らすと魔獣にここに居ますよって知らせるようなものだし、移動は危険なのでこの辺で野営するしかない。


 テントも寝袋もないんだよな……日が暮れると一気に気温が下がった。

 本来寒さで寝られるような状況じゃないのだが、俺には【エアーコンディショナー】と言うチート魔法がある。温度は快適だし、虫なんかも入ってこない。普通草むらで寝転がると危険な虫がいるのだそうだ。森の中だと毒をもった蜘蛛や蟻、蛭のようなものもいるみたいだ。



『……マスター、ちょっとまずい状況です。このまま本当に国外に出られる気なら覚悟が要ります』

『急にどうした?』


『……少し前に【カスタマイズ】で名前を弄りましたよね? そのせいで他の者のフレンドリストのマスターの名前がグレー反転しているようです。つまり死亡状態を表しています』 


『覚悟とは、そういう事か。これで完全にリュークは消えるって事だな。行方不明での死亡扱いになるのかな?』


『……このままではそうなりますね。サリエがちょっとパニック状態ですね。後ナナは半狂乱を起こしフィリアに辛く当たった後、理性を取り戻してフィリアに謝罪しましたが、今は二人とも消沈しています。このままだと、ちょっとフィリアが危険かもしれません……ナビーのいう覚悟するのはこちらのことです』


「危険とはどういう意味だ?」

『……そのままの意味です。自殺しかねないと言っているのです』


『ウソだろ? リューク君ならともかく俺のことはそれほどじゃなかっただろ?』

『……もうお忘れですか? ナナもフィリアもリュークが亡くなった時、3日の間、後追い自殺を考えて本気で悩んだって言ってたでしょ? それにフィリアと約束したじゃないですか。二度とあんな思いはさせないと、もう死んで居なくならないでと。なのにこのざまですか……』


『どうしよう?』

『……本気で姿を隠してリュークを辞めたいなら、もう一切彼女たちのことを考えないでこのまま無視するとよいのではないですか? マスターの思い通りに、獣国に行ってリョウマとして生きればいいです。ある意味とてもいいチャンスです。誰が死のうが無視してください。なんでしたら今からナビーがマスターのタブレットにある名前一覧を全て消してあげます。フィリアが死のうがナナが死のうがナビーも一切教えませんので、気にせず旅をすればいいです。皆に迷惑をかけているのです。それくらいの覚悟はおありなのですよね?』


 ナビーが本気でフィリアたちを見捨てる筈がない……辛辣に言って俺を煽ってるのだ。


『ナビー、今日ちょっと俺にきつくないか?』

『……正直怒っています。マスターに振り回されている女の子たちが可哀想です』


『確かに俺のせいだけど、参ったな』

『……あ! サリエが、マスターに買ってもらった剣を抜いて眺め始めました……サリエも危険かも……どうします?』


 俺は慌ててサリエと遮断していた念話を繋げる。


『サリエ! 俺は生きているからな!』

『ん! リューク様!?』


『サリエすまない、このまま国を出て違うところで生きて行こうと思っている』

『ん! 皆、凄く心配してる! 魔物か盗賊に襲われて死んだのかと思った! リューク様のバカ!』


 サリエはワンワン泣き始めた……うっ~申し訳ない。


『サリエ、済まないがフィリアに今すぐ俺が生きていることを知らせてくれないか? 女神様から自殺しかねないと忠告があったんだ、急いで知らせてほしい』


『ん! 分かった! リューク様帰ってきて!』

『ごめん、それはできない。サリエにはまた連絡するよ』


 そう言って一方的に念話を切ってまた遮断した。


『……はぁ~帰ってやればいいのに……サリエ可哀想』



 その後、サリエによりリューク死亡説は白紙になった。

 ゼノ父さんはちょっと疑ってるようだが、ナナとフィリアは全面的にサリエの話を信じたようだ。



 今日のナビーはちょっと怖いけど、俺にはとても必要な存在だと実感した。


 そもそも一人旅など心細くて仕方がない。なんだかんだと言われながらも寂しい思いをしないで旅ができているのだ。敢えて気を使って俺にああいうきつい言い方で不安を解消してくれていたのかもしれない。


『……買い被りですね! ナビーは本気で怒っています! このヘタレ勇者!』


 そうでしたか……ごめんなさい。

 あと、絶対勇者とかはやりません。おやすみナビー。


『……はい、おやすみなさい。マスター』

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