2-3 空腹ですが、少女の笑顔は御馳走様です

 襲われた時に救援の要請を商人がフォレストの冒険者ギルドに出したようだ。


「もう少しすれば、三番隊の隊長の騎士様が来てくれる。2、3時間ほど待ってもらえないか?」


 ヤバい! 三番隊ってカリナさんじゃないか……彼女の隊ならここまで2時間かからないだろう。こりゃのんびりしてられない。


 盗賊は必ず馬で2時間以上の距離で商人たちを襲う。そうしないと襲っている間に街から捕縛部隊が編成されやって来るからだ。今回もフォレストから馬で3時間ほどかかる距離での襲撃だ。


 問題はカリナさんの速度だ。連絡があり次第即座に10人のエリート騎士が救出に飛び出すのだ。

 予想以上の短時間で駆けつけてこられ、まだ襲撃途中の盗賊たちは数知れず彼女に捕縛されている。


 目視で騎士を確認してから逃げ出しても、良馬に単騎で乗っている騎士と、金が無いので2人乗りが多く、しかも商人から奪った荷馬車用の馬や農耕馬のような駄馬に乗っている盗賊とじゃ速度が違う。逃げられる筈がないのだ。

 人数の多い盗賊団なら数キロ先に見張りを置くが、7人程度の小規模な盗賊にはそんな余分な人員はいない。


「2時間も待てないし、俺ぐらいの強さなら金はどうとでもなるからな。回復も使えるんだ、金に固執しなくても余裕で稼げる。なにせ回復剤なんかいらないからね」


「確かにな……俺はさっきの戦闘で初級だが3本使ったよ、大赤字だ。ヒールがあればその分の金の節約にもなるし羨ましいよ」


 盗賊の装備を剥ぎ武装解除する。

 亜空間倉庫の物も全て出させる。ナビーが居るのだ一切隠し事は許さない。


 盗賊は討伐者の物になる。

 そう、物扱いなのだ。生殺与奪の権限も捕らえた者次第だ。街が近ければできるだけ怪我をさせず生かして捕らえる。こいつらは犯罪奴隷として競売に掛けられ売れるのだ。


 盗賊等の犯罪奴隷の最低落札価格は10万ジェニー、たった10万ほどで一生を買われるのだ。そして殆どの者が重労働の鉱山送りか、肉体労働でも一番過酷な場所に放り込まれる。それだけの行為をしているのだから自業自得と言われればそれまでだ。


 犯罪履歴で罪の軽いものは、無期限の終身刑ではなく刑期年数がくれば解放されるようだ。


 7人の所持金は全部足しても26万4千ジェニーしかなかった。馬を4頭所持していてこれも売れる。1番金になりそうなのは武器だ。鉄の剣でも1本5万ジェニーにはなる。鋼の剣なら最低でも中古品で10万ジェニーからだ。



 商人のおやじさんが、鑑定スキルを持ってるそうで目利きしていく。


「盗賊自体競売に掛ければ最低でも100万ジェニーになりそうですね。馬が4頭いますが1番良い馬が80万で残りは25万です。年老いた馬と駄馬ばかりです。盗賊が乗る馬なのでこんなものでしょう。剣は12本ありますが、良い物は1本だけで、それも70万程度ですね。12本でも238万にしかなりません。防具を入れても320万です」


「盗賊だしな、そんなものだろ。冒険者で稼げるくらいなら盗賊なんかに落ちぶれないしな。あ、そうだ! そいつと、そいつは懸賞首だ。60万と25万の懸賞がこいつらが殺した家族によって掛けられているみたいだ。これが証拠だ」


 俺は手配書の顔写真をタブレットに表示させ商人に見せる。


「へ~、あんた用意周到だな? ひょっとして賞金稼ぎ専門か?」

「いや、たまたまだよ。でもこうやって定期的に手配書は保存しなおして持ってるけどね」


「う~ん、リュークさん。私共の手持ちが全然足りません。盗賊自体で100万、馬が155万、装備品が320万、懸賞が85万、トータル最低価格660万です。これに街から褒賞もあるでしょうから、700万は最低額です。特に懸賞首がオークションに掛けられれば、恨みを持ってる親族が多少高くても買い上げる事がたまにあるのでいくらの値が付くか未定です」 


「さっきも言ったが、それほど金に困ってない。どうだ、200万なら払えないか? あ、それとその果物少しと持ってれば食料もほしい」


 商人とメッソは相談してたが、結局皆の所持金を集めてくれて246万の有り金を全部出してくれた。


「なんか悪いな……本当なら100万ほどこちらが謝礼を払うんだが、逆に頂いちまった。手柄までもらってなんか本当に居た堪れない気分だ」


「お互い冒険者なんだし、そのうちどっかで会う事もあるだろう? その時に飯でも奢ってくれればいいよ」

「ああ、いつか再会した時はかならず謝礼と飯は奢らせてもらうよ」


「それと、そいつらの枷だが、俺のオリジナル魔法で、枷をしている間はコールや魔法を一切発動できないんだ。亜空間倉庫も開けないから絶対逃げられない。で、こいつのメールにこんなものがあった。お前たちの情報を売ったやつだ。ソシリアの村で滞在中の冒険者のようだが、こうやって情報を売って小銭を稼いでいるんだな。妻子の顔と護衛の情報までこのメールに入っているよ」


 そう言って、メッソにそのメールを張り付けたものを送ってやった。


「これって、そいつを捕縛できるチャンスじゃないか!」

「ああ、そのメールの差出人の名が証拠になるはずだ。カリナ隊長に見せれば対処してくれるんじゃないか?」


「急がないとそいつも逃げるよな?」

「【魔枷】が嵌まってる間はコール不可能なので、そいつらからの連絡はできないけど、結果の確認を向こうがしてきた時に連絡が誰ともつかないと分かったら身の危険を感じて逃げるかもな。魔枷は俺の魔力で5時間ほど効力があるから、その間に捕らえるように言ってやってくれ。あと枷は時間がくれば勝手に外れて消えるので、別口で消える時間の前に、縛りなおすことも伝えてやってほしい」


「5時間だな、分かった。事情説明の前に真っ先に隊長にそう伝えるよ」



 別れる前に商人に一言だけ声を掛ける。


「あんたいい護衛を雇ってるな。警戒心が低いのが残念だが、それは雇い主の責任でもある。あんたがしっかり見極めてソシリアで移動を断念していれば襲われることはなかったんだからな。我が身可愛さに女を差し出して逃げる冒険者が多いと聞くが、最後まで死力を尽くして戦ったこいつらは今後も大事にするといいぞ。命がけで守ってくれる奴はそうは居ないからな」


「はい、有難い事です。メッソが命がけで稼いでくれた時間でこうやって妻子ともあなたに救われたのです。本当に有り難い」




 妻子とブロンズランク冒険者にも改めて礼を言われその場を後にする。



『ナビー! 金も食料も手に入ったぞ! 実に良い気分だ! なんか冒険者らしいだろ?』

『……マスター! ナビーも良い気分です! あの少女の笑顔は御馳走様でした!』


『ああ、あれはいいな! 助けた甲斐があったと言うものだ』

『……今後もこういう機会は助ける方針で行きましょう! 凄く良い気分になれます! 冒険者らしいです! 盗賊退治はお金にもなるし、皆に感謝され良い事ずくめです!』


『そうだな! 冒険者らしいよな!』


 商人からもらったパンと兎の串焼きを齧りながら街道をソシリアに向かって歩いている。干し肉も3日分貰ったので食料は安心だ。


 旅をする時はたとえ1日の距離だとしても、3日分の腐らない日持ちする食料を必ず常備するのが基本だとメッソに注意された。どんな理由で急に足止めされるか分からないからだそうだ。


 骨折して森で動けなくなったとしても、3日分食料があればコールさえできれば救出される可能性が高いからだ。回復魔法がある俺には余り関係ないかもしれないが……冒険者としての常識だそうだ。



『……あ! カリナが単騎駆けで街道をこっちに爆走してきます』


 俺は慌てて森の中に逃げ込んだ。

 【隠密】レベル10があるので早々見つかりはしないだろう。


『ナビー、やっぱバレたのか? それともソシリアの冒険者の捕縛に向かっているのか?』

『……ソシリアの方は既に村の憲兵に連絡済みで、もうすぐ捕縛されるでしょう。カリナの目当てはマスターですね。その様な少女顔した美少年がそう居る訳ないですからね。そもそもマスターはなんで逃げているのですか?』


『なんでって、お前はずっと見ていたのだろ?』

『……はい、なので理解ができないのです。1番のきっかけはフィリアに突き飛ばされたからですよね? でもフィリアだって不本意な事だったのですよ? 朝一でいきなり抱き着いたら誰でも驚きますよ? まして微妙な関係だったのにあれはないでしょう? もう少し考えて行動しましょうね?』


『フィリアはやっぱり全否定して突き飛ばしたんじゃないんだな?』

『……なにを今更分かり切った事を聞いてくるのでしょう……』


『いや、分かんないから! 分かってたら逃げないし!』

『……ナビーに逆切れしないでください。リュークが言っていたように、2カ月もあれば彼女たちの違和感もなくなる筈です。普段生活している人の表面上の記憶というものは全体の数パーセントのものです。実際すぐ思い出せる記憶ですら1割もないでしょう。残りの記憶も何かのきっかけや関連した思い出から不意に思い出すことがある程度です。それも2割もないでしょうね。マスターはリュークの記憶が3割もあるのですよ。普通の人より逆に思い出せる量は多いほどです』

 

『だから、何だよ』

『……なんで逃げているのかって話です』


『……』

『……ちょっと気まずいのを少しの間我慢すれば、これほど大きな騒ぎにならなかったのに』


『そうなんだけどさ、俺の気持ちも分かるだろ?』

『……不安でしょうがないとかですか? フィリアは凄く悔やんでワンワン泣き叫んでクラスで大恥をかいてしまいました。恥をかいたそれすら気付いていないほど傷心中です。現在ベッドでシクシクやっています。サリエはゼノや奥方たちに泣きながら土下座をして謝った後、魔力切れでフラフラになりながら、マーキング登録している場所を【テレポ】を使い回っていました。現在カリナの情報を得てこちらに向かう準備中です。ナナはちょっと不穏状態です。今会うのは危険かもしれません……変な笑みを浮かべています。ちょっと怖いです』


『分かったから! 俺の網膜上に彼女たちの居た堪れない動画を強制的に見せるの止めて!』

『……反省できましたか? 可哀想でしょ? 全てマスターの自己中な我が儘によるものですよ?』


『俺にどうしろって言うんだよ!』

『……好きにすればいいです。マスターがどう選択しても、なるべく良いようにサポートします。その為のナビーなんですから』


『じゃあ、なんでフィリアたちの居た堪れない動画見せるんだよ!』

『……女を泣かせる野郎はカスです! クズです! 死に腐れです! もっと良い男になりましょう! 女顔ですが……ん? 女顔なのでこんなにマスターは女々しいのですか?』


『酷い……学園生活も2度目の青春ってな感じで楽しいかもと思うよ? でも45歳にもなって椅子に座って小学生レベルの勉強はしたくないんだよ……』


 今日のナビーは酷い……これまで従順だっただけにびっくりだ。


『……はぁ……結局マスターはどうしたいのですか?』

『獣国に行って、冒険者になりたい。魔国でもいいな』   



 話してる時にカリナさんが猛スピードで街道を駆け抜けて行った。

 流石良い馬だ……めっちゃ速い。



 カリナ隊長迷惑かけてごめんなさい。


 馬に颯爽と乗って駆けて行くカリナさんは凄く綺麗だった。

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