1-35 どうやら女神アリアに嵌められたようです

 あれほど秘密だと言っておいたのにナナの裏切りで面倒なことになった。


 もうぶっちゃけ後半日もすれば元の世界に帰るのだから、後は女神様が皆の記憶を操作して、不具合が生じないよう調整してくれるとか言っていたので丸投げするとしよう。


「リュークよ、セシアだけではなくナナの足まで治せるとは……どういうことか説明しなさい」

「秘密です。父様には何度もそう言っているではないですか。気になってしょうがないのは分かっているつもりですが、いい加減にしないとアリア様に罰を与えられますよ」


 信心深い父様は、女神の名を出すといつもその場だけは諦めてくれる。女神様後よろしく~。



「リューク、ありがとう! ナナの足はもう治ったのね?」

「ええ、ミリム母様。ずっと足を使っていなかったので、まだ筋力があまりないから補助なしでは歩けませんが、3カ月もあれば普通の人と同じくらいには走ることもできるようになるはずです」


 ミリム母さんは俺に抱き着いて大泣きして感謝を伝えてきた。


 時間停止機能がある無制限【インベントリ】と【無詠唱】だけでも皆にコピーしてあげようと思っていたのだが、事あるごとに根掘り葉掘り聞かれるのでいい加減面倒になってきた。どこまで女神様がスキルを残してくれるのか分からないのだし、後はリューク君に任せるとしよう。只マリア母様には約束したのでコピーではなく【アクアフロー】を自己習得してもらおうと思う。



「マリア母様とセシア母様だけちょっと別室の寝室まで行ってもらえますか?」

「リューク……私はのけ者なのですか!?」


「え? あぁ、ミリム母様勘違いですよ。セシア母様の治療経過とその技術のコツをマリア母様に伝授しようと思いまして。この中じゃどう頑張ってもマリア母様しか習得できないので、他の人はこられても気が散るだけなので入室禁止です」


「リューク様、わたくしでも習得できないのでしょうか?」

「フィリアなら練習すれば覚えられるだろうけど、今のフィリアの魔力操作技術じゃまだ無理だね。学園に通い、もっと魔力操作技術が上がったら教えてあげるよ。中途半端に下手な施術をするのが危険なのはフィリアなら知っているよね?」


「はい。分かりました。そのうちわたくしにも教えてくださいね?」

「うん。今はまだ経験不足だけど、聖属性が主属性のフィリアならマリア母様よりもっと凄い術者になれるよ」



 母様にあてがわれた部屋に行き、経過の確認をする。帰る前にもう一度診ておきたかったので丁度いい。


「セシア母様、経過を診ますのでまた服を脱いでもらえますか。マリア母様、セシア母様を実際に施術しながら説明しますね。まずは僕のやることを見ていてください。マリア母様も後で診てあげますので、その時体感すれば理解できると思います」


 一通りやって見せた。勿論【ボディースキャン】は教えていない。あれは習得できるようなものではないからだ。もしリューク君と入れ替わった後に【スキルコピー】のスキルが残っているなら、リューク君がマリア母様にも与えるだろう。


「セシア母様、もう完全に良くなってますね。もう心配要りませんよ」

「ありがとうリューク、あれからとても調子が良いのよ。あの、それで赤ちゃんなんだけど……」


「ええ、大丈夫ですよ。そっちのほうも治っています」


 父様が禁酒をして、昨晩から張り切っているという事実はあまり聞きたくなかったが……実はそうらしい。


「35歳でも立派な赤ちゃんを産めるでしょうか? 少し心配です」

「大丈夫ですよ。国でも有名なマリア母様と、街で聖女と呼ばれるフィリアも僕も居ます。母子とも安泰じゃないですか? 恐れることなど何もないです」


「うふふ、そうよね。何の心配もいらないですね」




「マリア母様も実際に体感した方がコツが分かると思います」

「じゃあ、お願いしようかな。リュークにマッサージしてもらえるなんて、いつ以来かしら」


「マリア、只のマッサージと思っていたら、お漏らししちゃうわよ」




「ひゃう! リューク、何なのですかこれは! はぁ~気持ちいい!」


「ね、意識が飛びそうなくらい気持ちいいでしょ?」

「ええ、セシア! これはびっくりだわ」


「マリア母様、コツは指先に魔力操作でヒールを練りこむように指圧するのです。そしてヒールが練りこまれたらそれを散らして霧散するようにイメージすれば悪い魔素が一緒に散らされて状態が良くなるのです。僕の魔力の流れをを感じ取ってみてください。水系術者の母様ならできるはずです」


「ええ、なんとなく分かったわ」

「じゃあ、僕にちょっとやってもらえますか?」


 上着だけ脱いで上半身裸になった。


「流石です母様! 時々流れてくる魔力が強すぎますが、一度で習得できています! これの応用でキュアーを練りこめば毒も中和できるし、聖属性の回復なら高位術者が時間を掛ければ軽度の部位欠損も治せるはずです。大事なのはイメージと魔力操作です。フィリアはまだ魔力操作の方が雑なので、聖属性は間違うと逆に破壊魔法になってしまいますから今回呼ばなかったのです」


「自分の魔素に魔法を練りこんで直接患部に流し込むなんて方法考え付かなかったわ。リュークあなた凄いわね」


「僕が凄いんじゃないですよ。女神様のアドバイスです。名のある高位術者の中には、無自覚のうちに既に僕と同じ施術に近いことをしているのだと女神様は言っていました」

「無自覚のうちにですか? でもありがとうね。セシアも良くなって本当に嬉しいわ」


 母様に何とか【アクアフロー】もどきを伝授できた。



 侍女を皆に紹介し、家族と雑談をして別れる。

 もう会えないのかと思うと寂しいが、期日なのでこればっかりは仕方がない。



 ナナの実家の大型馬車で中央広場に送ってもらう。最後に少し観光がしたかったのだ。露店で今日は串焼きを3本買って皆に振舞った。イチゴオレのようなものがあったからそれも買ってみる。オークを塩コショウで焼いただけのものなのだが実に旨い。噛むとジューシーで旨い脂がジュワっと出てくるのだ。イチゴオレも牛乳に木苺のジャムを混ぜたような感じなのだが、甘すぎずちゃんと冷えていてこれもなかなか美味しかった。



 寮に戻りナナの自室で夕食を食べる。この美少女たちとも、もうお別れだ。


「リューク様? また今生の別れみたいな顔をして……今日何度もそのような寂しそうな顔をされていますよ? 何かあったのですか?」


 ダメだな。リューク君は顔に出やすいのか、俺が意図しないうちにそのような顔になっていたみたいだ。


「そう? 気のせいだよ。明日は入学式だね。ナナもスピーチ大変だろうけど、頑張ろうね」

「公爵家として恥ずかしくない常套句を考えていますので、大丈夫ですよ」



 はぁ~軽い気持ちでこなきゃよかったな。凄く楽しかった分、フィリアたちと別れるのが辛い。


 男子寮に戻ってサリエに今朝のパンを全て渡し、次回は@170ジェニーでこれよりもっと美味しいものを焼いてもらえると伝えておく。パン屋は年中無休で営業しているそうで、2日前までに予約すれば今日のようにアツアツが手に入ることも伝えておいた。


「なんかパン屋の主人が受け取りだけは従者を使わず僕が受け取りに行くことを条件にしてきたから、次回も僕が取りに行くね」


「ん、分かった。でも変な条件……」

「なんでも、アツアツの一番美味しい状態のモノで僕に味見をしてほしいんだって」


 日本より数段劣る素材で、あの職人気質なオヤジがどこまで旨いものを作れるのか興味があったが、それも見れないのは残念だな。



 サリエがお風呂の準備をしてくれたが、サリエとの未練が深まりそうなのでこれでお暇しよう。


「サリエ、せっかく準備してくれたけど、今日は体調が良くないのでもう僕は寝るよ。お湯が勿体ないのでサリエは入ってね。それと寝る前にちょっとサリエの匂いを嗅がせてもらえるかな? サリエの個人香のパッシブ効果のリラックス効果と催眠導入効果で少しは気分もよくなれると思うから」


「ん! リューク様大丈夫? 学園の医務室に行く? そうだ! 【ボディースキャン】で診れば分かる!」

「ありがとう。でもそこまでじゃないから大丈夫だよ。眠れば治るから」


 サリエを後ろから抱きしめて胡坐をかいて膝に抱っこする。ああ~やっぱサリエは良い匂いだ。フィリアやナナとの別れもそうだが、俺にとってはサリエとの別れが一番きついな。たった7日なのに愛おしくてしょうがない。3分ほど抱きしめていたら眠くなってきた。


「ありがとうサリエ。おかげでぐっすり眠れそうだ。サリエはお風呂に入ってから眠るんだよ」


 主人が入らないのに侍女が入れるわけないとか言いそうだったので、先に何度も釘をさしておく。





 サリエがお風呂に行ったのを確認して、ベッドで横になったままナビーに声を掛ける。


『ナビーそろそろ帰るよ。世話になったね。リューク君と代わるけど、彼のこともよろしくね。アリア様見ているのかな? 帰りますのでお迎えよろしく』


 そう思った瞬間ふわっとした浮遊感と、眩い光源に包まれて例の白い部屋にいた。


「お帰りなさい。随分ゆっくりしていましたのね……」


 アリア様はこっちに目を合わせようとせずボソッと尻すぼみにそう言った。相変わらず超美人だが、この一週間でさらに目の下の隈が濃くなっているようだ。思念体だそうだから触れないんだけど【アクアフロー】で治癒してやりたいほどだ。


「ええ、リューク君に綺麗に引き継ぎたかったので、ギリギリになっちゃいました」


「……え~と、ギリギリと言っていますが、約束の期日の7日を2日半程過ぎてしまっていますよ」

「エッ!? ちゃんと期日どおりですよ?」


 おい! どうして目を合わせようとしない!


「正確には59時間と12分オーバーです。なので申し訳ないのですが、時間オーバーの対価が発生いたしております」


 おいおい、何言ってるんだよ!


「え~と、お気持ちは分かりますがどうか冷静にお聞きください」


 そう言えば俺の思考が読めるんだったな。ああ、ちゃんと説明してもらおうか。


「で、どういうことか早く説明してくれるかな」

「はい、勿論懇切丁寧に説明させていただきます」


 そう女神が言った時点で、ある結論に至った。

 俺にも非があるが……クソッ! こいつ、俺を引っ掛けやがった!


「違うのです!」

「女神なのに嘘を言うのか!?」


「ごめんなさい! 仕方がないのです! もうあなたに頼るしかないのです!」


 速攻で認めやがった!

 そうなのだ……これは単純な引っ掛け詐欺だ。


 7日間と期日を指定し、この世界に女神は俺を送り込んだ。


 俺が目覚めたのは葬儀中の時だった。この部屋で女神と初めて会った時にリューク君は現在葬儀中と確かに言っていたのだ。だがそれこそが彼女のトラップだったのだ。


 確かにあの転生する前に彼女はこう言っていた。リューク君が死亡する前の事故の瞬間に転生させると。俺が最初に目覚めたのは確かに崖を落ちている落下中だった。俺は崖に落ちてから3日間女神にわざと仮死状態にされ、この意図的な時間差をつくられて誤解させられたのだ。


 本当の目覚めは葬儀中のあの時じゃなく、崖の落下中のあの20秒にも満たない覚醒の時だったのだ。


 最初は美味しい話だからと疑っていたのに、異世界に行けたことで浮かれてちょっとした引っ掛けに騙されてしまったのだ。


 確かにこの女神は嘘は言ってない、ただ本来の帰る時間がきても俺に伝えないで意図して放置しただけだ。


 そういえば、ナビーが3日ほど前に何か言いたそうにしてたが、禁止語句に触れるのでと言っていた日があった。こいつがナビーを口止めしやがったんだな、クソッ!



 まぁ、今更文句を言っても仕方がない。料金とか言ってたが、確か時間の調整だったな。丁度ゴールデンウィークで10日の休みをもらっていた。時間を3日分払っても無断欠勤にはならなくて済む。どういう意図で俺の3日を奪ったのか理由は分からないが、3日程度なら許容範囲内だ。


 俺の思考を必死で読んでいるのだろう。時々目が合っているのだがさっと逸らしてしまう。


 こいつまだ何か隠しているのか?


「おい、まだ何かあるなら早く吐け……」


「ごめんなさい! こちらとあちらの経過時間が多少違っていまして、頂く時間は59時間ではないのです。こちらの1時間はあちらでは約半年、4380時間が経過します。なので59時間オーバーですので258420時間分の時間を頂くことになります……29年と6か月です。現在、小鳥遊龍馬さんはもうすぐ75歳を迎えようとしています」




 俺は女神に質問があるとかそういうレベルでなく、ブチ切れて椅子を蹴り倒して女神に掴みかかったのだった……。

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