1-34 ナナが歩けるようになったことを母様たちは泣いて喜んでくれました
買い出しを兼ねた王都観光から学園に戻って、ナナの部屋に向かう。
こちらも王族の息女が使っていただけあって綺麗なのだが、部屋全体に【ハウスクリーン】と、ベッドなどは【リストア】を使って侍女たちの分も含めて新品状態にしてあげた。
今日買った調理道具などを収納する。キッチンにあるコンロや換気扇はどうやら魔道具のようだ。少量の魔力を流すことによって、魔石が反応して道具として機能する。コンロは火系の魔獣から出た魔石を組込んだもののようで、魔力を込めると一定時間発火する。冷蔵庫のような魔道具もあり、これは少し多めに魔力を流す必要があるようだ。今の俺にとっては微々たるものだが、騎士科でほとんど魔力のない者だと厳しいかもしれない。まぁ、冷蔵庫の魔道具などを置いてある部屋は4Fフロアの王族の部屋ぐらいなのだから、魔力が少ないということはまずないだろう。
俺は侍女たちが仲良く3人で調理をしているのを眺めている。無口なサリエが馴染めるか心配なのだ。どうしても気になって見てしまうのだが、それをフィリアとナナに見咎められた。
「リューク様は、サリエちゃんがとっても気になるようですね」
「兄様はナナたちよりサリエの方ばかり気になさっています」
「いや、サリエは自分から話しかけることはあまりないからね。ちょっと心配になって見ているだけだよ」
「まるで子供を見守る父親のようですね……」
「あはは、確かにそんな気分になっているかもね」
俺からすればサリエは可愛い子供みたいなものだ。
中身45歳で実際に娘を一人育てているのだ。そんな気になっても仕方がない。
料理が出来上がり、サリエがテーブルに並べているのだが他の侍女が慌てている。
「サリエちゃん、私たちの分はそっちじゃないよ。隣の部屋に運んで後で食べるの」
「ん、それはダメ。リューク様の命令だから一緒に食べなきゃダメなの」
ナナの侍女たちは正式な作法通り行おうとしているのだ。従者が主人と一緒に食事をすることはあまりない。
「パエル、アーシャ、この人数しかいないのだし、後で食べて食器を片付けるのも二度手間でしょ。何よりせっかくの料理が冷めてしまう。学園内でいる間は温かいうちに一緒に食べること。いいね?」
「リューク様、お優しいお気遣いです。素晴らしいですわ」
「兄様、素敵です。パエル、アーシャそうしましょう」
「宜しいのですか? 侍女と一緒とかあまり聞いたことありません」
「そんなことはない。カイン兄様も確か一緒に食べていたと言ってたよ。従者と2人しかいないんだ。効率を考えても別で食べる意味がないよ。夕食はともかく、お昼休みは90分しかないんだよ?」
そう言って皆で食べることにしたのだが……。
「おい。お前たち、いくら何でも作り過ぎだ。何人分作ったんだこれ?」
「ん、張り切って作り過ぎた」
「「あぅ~、ごめんなさい」」
「兄様、初めて出す食事なので侍女として張り切ったのでしょう。大目に見てあげましょ」
「怒っているわけじゃないんだけどね……流石にこれはね~」
一汁三菜あればいいのに、二汁九菜もあるのだ。食べきれる量じゃない。
「よし、これとこれとこれ、後、このスープを明日の昼食に回すからね? 僕の【亜空間倉庫】に入れておけば昼に出しても温かいままだから。今、全部食べようとしても食べきれないし、食べ残しを流石に次の日にまわすことは公爵家としてできないからね」
流石に朝食べるには重いメニューなので、バランスよく余剰分をお昼に回すことにした。
「ん、仕方ない」
さて、彼女たちの調理の腕前はどうかな?
リューク君の学園に居る間の3年間の食事は、この侍女3人の腕によってよいものになるか決まるのだ。
「へぇ~、凄く美味しいじゃないか」
「本当、どれも美味しいですね」
「従者をパエルとアーシャにして正解でしたね。父様は伯爵家の姉妹の方を押していたのですけど、これなら3年間食事を任せても良いレベルね。うちのシェフにはちょっと劣るけど」
「何十年も料理し続けてるプロと比べたら可哀想だよ」
「比べてダメって言っているのではないのですよ。むしろ褒めているのです。この歳でこれだけ作れれば十分よ」
「あの、ゼノ様は伯爵様の姉妹をお勧めになられたのですか?」
「ええ、家格と成績があなたたちより上だったようね」
成績というのは学園の学科試験のことではなく、公爵家の従者の選定試験のことだ。
ナナの従者候補ということは、俺の執事候補に何かあった場合、俺の方に付く可能性もあった娘たちだ。
「ナナ、本人たちに聞かせることじゃない」
「兄様、優しさだけじゃダメですよ。彼女たちはこれから公爵家の侍女として常に皆から見られるのです。良くも悪くも注目されるのですから、成績を見て笑われないようにしなければなりません。当然成績の良かった伯爵家の姉妹の方も入学しているはずです。『こんな者たちに負けたのか』とか言われないように頑張る必要があるのですよ。サリエちゃんもそうよ。兄様の執事になるはずだった者が入学してきているはずです。入学試験では実技の方は魔力量しか測定されないからサリエちゃんも学園には合格できたのでしょう? 父様から適性はあるはずだが生活魔法程度しか覚えていないと聞いています。執事候補だった彼に逆恨みされないように頑張るのよ」
都規模のフォレストにもちゃんと学校はあるのだが、国で一番の国営の学園に折角合格しているのだから、侍女や執事候補に漏れた者も、大抵はこの王都の方に通う。
中には家の事情で地元の騎士学校や魔法学校に通う者もいるようだが、少数派だ。
「「はい、お気遣いありがとうございます。頑張ります」」
双子だけあって、見事なハモリだ。
「ん、頑張る。リューク様に恥をかかせることはしない」
「サリエの意気込みは買うけど、目上に対する敬語をもう少し覚えてほしいかな。今日ミルファ姫に挨拶に行った時も内心ドキドキものだったんだよ?」
「ん、頑張る……」
ちょっと返事が尻すぼみになっているが頑張れ!
「兄様は明日はどうなされるのですか?」
「僕は朝パンを受け取ったら、父様たちを迎えにフォレストに行ってくるよ。ミリム母様の実家に皆を届けてから学園に戻ってくるつもりだよ」
「じゃあ、ナナたちは先にお爺様の所に行っていますね。サリエちゃんも明日は私たちと一緒に行くのよ」
「ん、分かった」
後片付けからはフィリアも参加して明日の夕飯も一緒に作るのだそうだ。同じ子爵の貴族なのに、自分だけ客人扱いで見ているのは嫌みたいだ。
侍女と言っても3人とも立派な貴族家の娘なのだ。家格でいえばフィリアと同じなので、客人じゃない自分の分まで世話をするのはおかしいという訳だ。彼女たちは給金が出ていてそれが仕事なのだからとフィリアに説明するが、私も家事スキルを上げたいからと言い張って結局調理に参加することになった。
俺的にはフィリアは客人で良いと思うのだが、本人が納得しない。
ナナを侍女に風呂に入れてもらい、入浴後に足メインのマッサージとリハビリを施す。
「ナナ、大分動かせるようになったね」
「はい兄様、まだ1人では歩けませんが、何かに掴まれば立つ事ができるようになりました」
フィリアと両サイドでナナを挟み、寮の廊下を休憩しながら2往復歩かせる。
片道50mあるようなので2往復で200mだ。
最後の50mは足がプルプルしていたが、俺がいるので頑張らせて歩かせた。
流石に王族の部屋だけあって扉の防音はしっかりされているようで、廊下で歩行訓練をしたのだがミルファ王女たちは気付くことすらなかった。
たった200m歩いただけなのだが、ナナは筋肉痛になっていて再度【アクアフロー】で治療する羽目になった。この調子だと5日あれば1人で歩けるようになりそうだ。最後まで見届けられないのは残念だが、足自体はもう完治しているので、後は筋肉増強さえすればよいのだ。放っておいても勝手に歩けるようになるだろう。
自室に戻って風呂に入っているのだが、4人ほどが入れそうな広さがあり、足も余裕で伸ばせるので満足だ。
ただ残念なことに、今日はサリエが一緒に入ってくれなかったので少し不満だ。
おそらくこの世界でのお風呂もこれが最後なので一緒に入りたかったが上手い口実が思いつかなかったのだ。
俺の護衛の為に風呂に入って来いとは流石に言えなかった。階段には騎士が二名護衛をしていて、この階は安全が確保されている。
だがサリエの髪だけは乾かさせてもらった。サリエの可愛い顔の見納めだ。
いつもより長く髪をブローし、サリエの顔を愛でた。
この世界での最終日の朝、早めの朝食を終えパン屋に向かった。
10分前行動ができる俺なので、きっちり10分前に着いたのだが、10分待てと言われた。丁度いい時間に取り出せるように調整して焼いてくれたようだ。
「注文どおり3種を30個ずつ焼いてある。試食用に1個ずつ余分に焼いたので熱いうちに味見してみてくれ」
そう言って、3つにちぎって俺とパン屋の親父と娘とで3種を味見した。昨日買ったパンより格段に旨い。フランスパンのようにサクッとして少し硬めのもの、しっとり軟らかいもの、ふわっと軟らかいもの。どれもそれなりに美味しい。アツアツなので格別だ。
「う~む、まだ駄目か。リューク様、次焼くやつは@170ジェニーでやらせてもらえないか?」
「これよりまだ美味しくできるのですか?」
「ああ、もう少し良い小麦を使いたい」
「ええ、それでお願いします。早ければ1週間後にまた頼むかもですが、大丈夫ですか?」
「1週間あれば、材料も仕入れてるから問題ない。前日に連絡を入れてくれれば、今日のように時間に合わせて焼くようにする」
「有難いです。注文の時は数日前に連絡を入れますね」
まだアツアツのパンを【インベントリ】に収めてパン屋を出た。3種各30個の今回の料金は13500ジェニーだ。
特別料金も要らないといい、@150ジェニーで販売してくれた。親父と次の約束もできたので忘れないように皆にも伝えとかないとね。
そのまま神殿に向かい【テレポ】でフォレストへ飛ぶ。
「おお! リュークよ来たか!」
妙にテンションの高い父様が待ち兼ねていた。
「まず、おはようございますでしょ父様。母様たちおはようございます」
「おはようリューク。辛かったですね」
泣きながらそう言い、俺を抱きしめたのは実母マリア母様だ。
「母様、せっかくのよい朝なのに泣いていては台無しですよ。もう俺の中では整理できているので、こういう天気の良い朝は笑って過ごしましょう?」
「あぅ~。そうですわよね。あれから二日経っているのですものね。思い出させるような真似をしてごめんなさい」
「俺を想ってくれての行動なのは分かっていますから良いですよ。でも、ナナやフィリアの前では知らない顔でいてやってください。彼女らも傷心していますので、向こうから話を振らない限りはそっとしておいてあげてください」
「な? な? 言ったとおりちょっと立派になっているだろ?」
「父様はなんかダメになってますけどね」
「リュークよ……ダメとは酷いではないか」
「セシア母様、随分顔色も良いようですね? その後どうですか?」
「ええ、リュークに診てもらってから嘘みたいに調子が良いのです。マリアもびっくりしていますよ」
「リューク、無視するでない! 寂しいではないか!」
「リューク、セシアの治療をどうやったのか私に教えてくれない? もう気になって気になって、母としては嬉しいのだけど、同じヒーラーとしては負けたようで悔しいのよ」
「そうですね。ミリム母様の実家で時間があれば少し教えて差し上げます」
「エッ!? ほんとう! 約束よリューク!」
何て可愛い母様なんだろう……父様が婚約者がいるのに奪ったのもうなずける。リューク君の記憶がなかったら惚れてしまいそうなほど可愛いではないか。横で何か言ってるおっさんは放っておこう。
「リューク、ナナは私の実家なの?」
「ええ、フィリアや侍女たちも一緒です。先に言って皆がくるのを待っているそうです」
ミリム母さんにはまだナナの足が完治したことは伝えていない。セシア母様にも口止めしてあるのだ。今日ナナが見せて驚かそうと計画している。
「カイン兄さんはどうしましたか?」
「カインはゲシュト伯爵を捕らえた後、そのまま王都に馬で向っている。今日のお昼には着くそうだ」
「そうですか。じゃあ今日のメンバーはこの4人でいいのですね?」
「ああ、マイヤーもきたがっていたが、あまり大人数だとお前たちも恥ずかしいだろうと思ってな」
マイヤーとはうちの侍女長だ。マリア母様の縁者で、リューク君が生まれる前からフォレスト家の世話をしてくれているのだそうで、うちの家族からも絶大な信用を得ている。躾は厳しいが優しい女性だ。
「そうですね。親が入学式を見にくる生徒は少ないと聞いています。王都在住の貴族と、裕福な近郊に住む貴族ぐらいしか居ないでしょう。予算的にも日数的にもかかってしまいますからね。入学早々ナナと二人で親バカ公爵とか変なあだ名は付けられたくないです」
「俺は学園が国立なので、今回は国王の代わりに挨拶に呼ばれているから行かなきゃならないのだからな。けっして親バカなのではないぞ。母親たちも、公爵家として結構な額を学園に寄付しているから貴賓として招待されているのだからな」
「下手な言い訳はよいです。カイン兄さんが入学するまで一度も学園に挨拶なんか行ったこともないくせに、今更そんな言い訳してもダメです」
パーティーを組んで王都まで転移する。5人で一気に転移したことに全員驚いていた。父様はそりゃもう大はしゃぎだ。3人の母たちに睨まれてやっと静かになったほどだ。
外に待っていたミリム母様の実家の馬車でナナたちの下に向かう。
王都に転移した時点でナナにメールを入れていたのだが、玄関先で到着を待っていた。
ナナの横にはカイン兄様も既に到着していたようで、ナナと一緒に出迎えてくれている。
ナナに足のことを公開するのを昨日許可してある。おそらくこの場でお披露目するのだろう。
俺が馬車から降りた時にナナがこっちを見たので目で了承の合図を送る。
全員が馬車から降りた時点で俺は母様たちに制止を掛ける。
「母様たち、ここでちょっと待っていてもらえますか?」
馬車から降りたところから玄関まで10mほどの距離がある。
ナナは玄関先で車椅子に乗って出迎えてくれているように見える。
俺に制止されキョトンとしている母様たちにナナが声を掛ける。
「お母様たちお待ちしておりました」
そう言ってフィリアに手を引かれ、スッと立ち上がりミリム母様目指してフィリアとゆっくり歩いていく。
「ナナ! あなた足が!」
到着前にミリム母様はナナに走り寄って飛びついてワンワン泣き出してしまった。
カイン兄様にもまだ教えていなかったようでとても驚いて喜んでくれている。
兄様の目じりに薄っすら涙がにじんでいるのが見えた。
うん、とてもいい家族だ。
父様も泣いて喜んでいたのだが、泣き止んだかと思ったら、急にこっちにきて問い詰めだした。
「リュークよ! 説明致せ!」
「父様、何でいきなり僕に振るのですか? 知りませんよ僕は。ナナに聞いてください」
「ナナ、どうなのだ? なぜ急に歩けるようになっているのだ?」
ナナは一度俺の方を見ておいて、こう言ってしまった。
「はい、兄様が女神さまから授けていただいたというオリジナル魔法で治してくれました!」
「やはりそうではないか! リュークよなぜ嘘を言う!」
「ナナ! お前約束したよな! この裏切り者!」
「ごめんなさい兄様……部外者ならともかく、家族に嘘は付きたくないのです。ましてや兄様の凄い自慢話を黙って隠しておきたくないのです! 母様にも兄様を褒めてもらいたいのです!」
家族に嘘を吐きたくない……ごもっともなことです。
ナナの裏切りで、これから色々父様と母様たちに尋問されそうです。
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