1-33 買い物がてら王都見物に行きました
姫への挨拶はその日のうちにするべきだとサリエに促されて向かう。
女子寮の4Fだが、公爵家である俺は身分が証明されればすんなり通してもらえた。
扉をノックし部屋の中に招き入れてもらったのだが、挨拶も忘れて一瞬呆けてしまった。
エルフ様がいた!
サリエよりもっと長い耳に、ライトグリーンの長い髪、薄緑の瞳をしたアニメに出てくる正真正銘のエルフだ!
「どうなされましたか? 私に見惚れて一目惚れですか? うふふっ」
姫の涼やかな声で我に返った。確かに見惚れるほど美しい。流石エルフって感じだ。だが、俺的にはフィリアやナナの方が好みかな。
「これは失礼いたしました。隣国の姫と妹に聞いてご挨拶に伺ったのですが、ミルファ姫様でしたか。お久しぶりでございます」
「確かお名前はリューク殿でしたね? 兄のカイン殿が今年卒業なさいましたよね?」
「はい、フォレスト公爵家次男のリュークです。これ、つまらないものですが。フォレスト領自慢のお菓子です」
そう言ってサリエから手土産を受け取って彼女に渡したのだが、サリエを見て侮蔑の目を向けてきた。
「あら? その子は? あなたの侍女なのですか?」
「紹介が遅れました、私の侍女のサリエです」
「ん、ウォーレル子爵家の長女、サリエ・E・ウォーレルです」
「そう……あなた、ハーフエルフなんか侍女にしているのね」
ちょっとカチンときたのだが、たしかエルフは混血を嫌うと聞いている。
その最たる王族なのだ。サリエを侮辱するのは仕方のないことなのかもしれない。
サリエを見たのは一瞬だけだった。まるで目障りだと言わんが態度だ。
エルフを見るのは楽しみにしていたが、一瞬で興味が失せた。
「何か分からないことがあればいつでも聞いてくださいね。同じ魔法科だそうですし、合同訓練もありますからご一緒する機会もあるでしょう」
「そうですか。今日来たばかりですので、分からないことがあったら頼らせていただきますね。これから出かけますので訪ねて早々ですが、挨拶だけで今日は失礼いたします。何分調理道具などの品も何も揃っていないので、早急に買い出しに向かわないと今晩の食事にも困ってしまいますので……」
姫の侍女も美しいエルフだった。侍女がお茶を用意してくれていたが、2人分しか用意されていない。俺と姫の分だけだ。本来侍女がお茶を一緒にすることはないので当然なのだが、エルフの侍女はサリエを見下すような視線をずっと向けていた。
気に入らないので、理由を付けて早々に部屋を出ることにしたのだ。お茶一杯飲む時間くらいはあるのだ。
「サリエ、気にするな。あの姫とはあまり係わらないようにするから」
「ん、大丈夫。気にしてない。エルフなら当然の態度。王族とは仲良くした方が良い」
サリエは出来た子だ。自分のせいで俺に気を使わせたと申し訳なさそうにしているくらいだ。
エルフは混血を嫌っているくせに、別に人族自体を嫌っているわけではない。
エルフは自分たちを妖精の血統で、神に近い存在だと思い込んでいるのだ。その高貴な血を他種族と交わり薄めるような行為を許せないのだそうだ。ミルファ姫は俺に対する態度は好意的だったし、気遣いもしてくれていた。だが、サリエに対する態度で減点100だ!
俺たちは午後から街に出て買い物をした。先に送った分では足らない物が多かったからだ。
まずは雑貨屋からだ。食器から鍋やフライパン、ナナと俺の両方で調理ができるように2セットずつ買った。
次に向かったのは食料品、果物やら卵、牛乳、肉や魚、野菜、香辛料や、調味料など目につき新鮮なものは即座に買った。
「兄様、いくらなんでもそんなに買っては使い切る前に腐ってしまいます。勿体ない真似はダメです」
「そうですよリューク様、それに卵や牛乳などは素人が買うのは危険です」
「あ、そういえば言ってなかったね。僕は鑑定魔法が使えるようになっているし、時間停止の【亜空間倉庫】になっているからいくら買っても腐らないんだよ。卵や牛乳も鑑定で新鮮な物しか買っていないから生でも大丈夫だよ」
俺の発言に2人ともこの人何言ってんだ? みたいな顔をしている。
流石にこの2人に黙って俺の【インベントリ】を隠し通す訳にはいかない。この時間停止機能はとても使えるのだ。暖かいものを入れとけばず~と温かいままなのだ。逆もしかり。時間の経過が無いから腐る事もない。せっかく良い物なのに、ナナたちの目を気にして使わないのは勿体ない。なのでこのことはばらして、目についたものはまとめて買ってどんどん収納している。
大道りを抜けた先で広場に出たのだが、露店がいくつか出ていて、大道芸や吟遊詩人が演奏をしながら歌を歌っていた。ナナもフィリアも珍しいのか目を輝かせて子供のように眺めている。
俺は一番見やすい場所を確保し、近くの露店で焼きトウモロコシを6本と、冷えたレモン水のようなものを6つ買ってきた。
当然ナナは外で売っているこのような下賤な品を食べたことはない。
侍女たちにも与えて、食べながら大道芸を観賞する。トウモロコシはとても甘くて美味しかった。
なにより俺の横でカリカリとトウモロコシを小さな口でかじってるサリエが、リスのようで可愛い。
一通り演目が終わったのか、小箱を持って小銭を集めていたので、俺たち6人分だとジェスチャーして金貨1枚投げてやった。当然大道芸人は驚いていたのだが、俺も含めて皆楽しめたので全然問題ない。
「兄様、大道芸を見るのにお金が要るのですね?」
「ああ、あれね。気持ち程度でいいんだよ。これといって決まった額じゃない。さっきの彼らに対する芸の評価分あげれば良いんだ。だからつまらなかったら1ジェニーもあげなくて良いんだよ」
「では先ほどリューク様は金貨1枚もあげるほど満足されたってことですか?」
「うん、そうだね。はっきり言ってまだまだ一流とは言えないけど、ナナとフィリアは楽しそうに観ていたでしょう?」
「はい、とても楽しかったです」
「ナナも楽しかった。玉を5つもお手玉してたのよ! 凄いよね!」
「サリエたちも楽しんでいたようだし。皆が満足できたのだから金貨1枚あげても惜しくないでしょ?」
「ん、楽しかった! でも普通は1人鉄貨1枚程度。6人分なら銀貨1枚が妥当」
「まぁ、道端での芸はその時の気持ちでいいんだよ。次同じ演者の芸を見ても、さっきほど楽しめない。次も全く同じ演目なら銀貨1枚しか出せないよ。3回目ならもう見るほど興味もなくなっているだろう」
「確かにそうですね。リューク様のおっしゃるとおりです」
「さて、次はどこに行く? 下着の替えとかは大丈夫かな? 僕はもう一足替えの靴が欲しいんだけど、学園指定の靴は学内の購買部にあるのかな?」
「ん、学園内でも良い物売っているのでいつでも買える」
「じゃあ僕はこれで買いたい物はもうないね。皆はどう?」
パエルが、パンが欲しいと言ってきた。すっかり忘れていた。こっちの主食はパンなのだ。
うっかり主食を買うのを忘れていた。パエルがパン屋を指定してくる。下調べ済みで、このパン屋がこの辺では一番美味しいのだそうだ。なぜか夕飯の分だけでよいと言うので訳を尋ねたら、朝の分は自分が毎日並んで焼き立てを買いにくるのだそうだ。それを聞いたサリエも対抗心に火が付いたのか、自分も一緒に買いにくると言いだす。
「サリエはその時間僕と剣の練習をするんじゃなかったのかい?」
「ん、そうだった! う~焼き立てパン」
「毎日買いに来るのは大変だからね。僕の時間停止の倉庫を利用すればいいんだよ」
「ん、どうするの?」
「お姉さん、店主の方居る?」
「私はここの娘ですが何か?」
「僕はフォレスト公爵家の者なんだけど、ここのパンが美味しいと聞いてね。主食用のパンを3種類ほど大量買いしたいのだけど。できれば焼き立てのアツアツが欲しいんだ。その時間に合わせて買いに来ても良いんだけど、それだと大量買いしてしまったら、他のお客さんに迷惑がかかるでしょ? そうならないように専用で空き時間に焼いてほしいのだけど可能かな?」
「え~と公爵様?」
「そ、フォレスト公爵家の次男のリュークだよ、よろしくね。で、可能かな?」
「はい! 公爵様! できます! どのくらい必要なのでしょう?」
「あ、僕は公爵じゃないからね……公爵なのは父で僕は只の次男坊ね。量は一回で焼ける分欲しいのだけど、どのくらいの量が焼けるの?」
「うちの窯は大きいので1度に120人分くらいは焼けます。ですが3種類となると1種類30人分ずつですかね。ちょっと少なくなります。90個です」
「うん、十分だね。月に2度ほどお願いしたいのだけど、大丈夫かな?」
「はい、できます。焼き立てが良いのですよね? 時間指定してもらえれば、その時間丁度に取り出すように調整もできます。素手で触れないほどアツアツです」
「それはいいですね。僕は今期から騎士学園の魔法科に通うことになっているので、美味しければ3年ほど買い続けることになる。美味しく焼いてくださいね」
「はい、頑張らせていただきます。それで、パン1個の予算はどのくらい掛ければよろしいのでしょうか?」
「ん? どういうことでしょう?」
「店の販売用じゃないので、リューク様のご予算に応じて焼きあがる品が変わってくるのです。バターが多めに使われると美味しいものが出来ますが、その分経費が掛かるので単価が高くなってしまいます」
「ああ、そういうことね。朝・昼・夕の主食にするパンですので、こちらとしては美味しければ予算はケチりません。常識の範囲内で作ってくれればよいです。1個銀貨1枚とか言われても流石に高すぎるけど、@300ジェニーぐらいまでなら出しますよ。勿論美味しければですけどね。価格と味が釣り合っていなければ即辞めますけどね」
その後、店主も交えて明日の朝7時に1回目の品を受け取りに来ることになった。
1個当たりの単価は150ジェニー、高くもなく安くもなくってところだ。250ジェニー出してくれるなら凄いのを作ってくれるそうだが。今は材料がないから来月分にしてほしいと言われた。美味しいのなら予算は多少高くても良い。
パン屋を出たらパエルが目をキラキラさせていた。
「リューク様、素晴らしいです! 王都でも有名なパン屋と直接交渉をして美味しい焼き立てを特注で作らせるなんて。ここのパン屋の店主は貴族の個人受注は断っていると聞いていたのに、どうしたのでしょうね」
「ん、リューク様はいつも凄い!」
個人受注をしてないのは知らなかったが、美味しい物を焼いてくれるそうだし、俺がいなくなった後もサリエやナナたちが美味しいパンを食べられるならその辺の事情は別にどうでもいいや。
『……マスター、先程のパン屋なのですが、その後の娘と店主のやり取りを見てみますか?』
『面白い会話でもしていたのか?』
「お父さんにまた断られるかと思ったけど、どうして受けたの?」
「そういうお前は何で勝手に受けたんだ? 俺が個人受注を受けないのは知ってるだろう?」
「今回お父さんが断っても、私が焼くつもりだったのよ。菓子パンはまだ作れないけど、主食のパンなら私が焼いたものも、もうお店に出しているしね」
「ふむ。これまでの商家や貴族連中は、自分は来店もせず従者に話にこさせていたからな。食いたい本人が頼みに来いって話だ。まぁ、一番の理由はあいつ……俺のパンを食ったのに、顔色一つ変えなかった。こんなもんだろうって顔してやがったのが気に食わん。絶対旨いって顔させてやる」
「え~? そんな顔してた? 美味しいって聞いたからきたって言ってたよ?」
「そう聞いてきたんだろうが、実際あいつからすれば大したことなかったってことだ。まあ、他の客に配慮して別に焼いてくれと頼んできたのは感心したがな。だがあいつには絶対旨いって言わせてやる」
『……こう言うやり取りです』
『なんかあのオヤジに悪いことしたな……』
『……マスター、実際どうだったのです? あまり美味しくなかったのですか?』
『美味しいけど、まぁ、普通って感じだな。日本のパンは旨いんだよ。原料がそもそもこっちのは数段落ちるから仕方ないよ。小麦ひとつとっても、こっちのは日本のモノみたいに白くないんだ。肌理も粗いから食感もボソつくしね。バターにしろ砂糖にしても数段落ちる素材なんだから、全体的に劣っても仕方ないかな』
王都観光もできて今日はそれなりに楽しかった。
さて寮に帰りますかね。
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