1-32 サリエに少し裏切られました……

 ミリム母様の実家が用意してくれた大型馬車で学園に向かった。

 途中の町並みは流石王都だけあってフォレストより賑やかな喧噪だった。


 立ち降りて遊びたかったが、フィリアとナナに止められてしまう。殆どの学園生は既に寮に入って、身の回りの整理も終えているのだそうだ。



 新入生の代表挨拶なのだが、ナナは一旦取り下げたのだからそのまま辞退する気だったようだが、次席の者が入学式に間に合うのなら主席の者がやるべきだと言ってきたため、予定通りナナがスピーチすることになったそうだ。



 学園は全寮制というわけではないのだが、殆どの者が寮に入る。王都に居宅がある者以外は寮生活を選ぶ者が多い。中には同部屋を嫌って近くで家を借りる人もいるが、裕福な家庭の者しか一人暮らしはできない。


 俺たちはナナの母親の実家があるのだが、そこから学園まで通うのに護衛を付けたり、朝30分早く起きて移動に時間を取られるのは嫌なので寮に入ることにしたのだ。


 なにせ公爵家の者が入る部屋は一般生徒と違って20畳ほどの広さがあるのだ。

 隣には6畳ほどの従者用の部屋もある。快適なのだから寮を断る理由がない。



 寮は全部で4棟ある。


・一般男子・女子寮:4階建て

 (全室2人部屋、カーテンによる間仕切り有り)

 (風呂・トイレ共同)


・貴族用男子・女子寮:4階建て

 (全室個室)

 1階・2階:子爵・男爵・準男爵が入れる

  (風呂・トイレ共同)

 3階:伯爵・侯爵が入れる

  12畳ほどのリビングがある

  10畳ほどの寝室兼勉強部屋があり、6畳ほどの従者部屋が内部屋として付く

  (小さいが風呂・トイレが完備)

 4階:王族・公爵が入れる

  20畳ほどのリビングがある

  12畳ほどの寝室兼勉強部屋があり、8畳ほどの従者部屋が内部屋として付く

  (4人ぐらいが入れる風呂があり、トイレも完備)



 俺とナナは4階のかなり豪華な部屋だ。

 ナナの侍女は可哀想だが6畳に2人だ。だが何も問題ないと本人たちは言ってくれている。見た感じ凄く仲が良いようだ。


 フィリアは子爵なので貴族寮で個室なのだが、従者は連れてこれない。

 お風呂やトイレも共同の大浴場を利用しないといけないが、どうやらナナがフィリアを部屋に住まわす気でいるらしい。


 12畳もあるのだから問題ないのだが、あまりべったりするのは感心できない。

 いざケンカした時に気まずいと思うのだが、それを言ったら鼻で笑われた。


 『同じ男をシェアするのに、多少の喧嘩で険悪になるようなら先が知れている』だそうだ。

 考えが俺とズレていて恐ろしい……リューク君ガンバ! 明日帰る俺には他人事である。



 学園の上級生に案内されて、各寮の自室に案内される。俺を案内してくれた生徒は生徒会長だそうだ。今日学園に着くと聞いてわざわざ案内の為に待機していてくれたようだ。


 寮の3F・4Fに行くための階段は別に構えられていて、階段には王都の騎士が2名常に警護にあたっている。一般人の立ち入りはできないようになっているのだ。その騎士ですら階段の上には上がってはいけない規則がある。


 中に入れるのは教師と生徒会の者、部屋にいる生徒から許可を得て、生徒会から入室許可証を発行された生徒だけなのだそうだ。掃除婦も入れないそうで、そのフロアの掃除は連れてきた従者の仕事だそうだ。広い分重労働だ。まぁ、サリエには【クリーン】があるから一瞬の作業だが、スキルのない従者だったらかなり時間がかかると思われる。高位貴族の寮なので暗殺や夜這いなどを警戒したものなのだろうが、ちょっと警戒し過ぎとも思う。



 今年の4Fの住人はどうやら俺一人のようだ。

 本当なら隣にラエルがいたはずなのだが残念だ……。


 去年はカイン兄さんと、例のフィリアに気がある第二王子がいたみたいだ。

 フィリアへの打診が半年前とか言っていたから、国王の奴、王子の卒業と同時に婚約発表をして、フィリアが16歳になったら式を挙げる気だったのかもしれない……そう考えるとちょっと腹立たしい。


 俺に与えられた部屋に入ったのだが、カイン兄様の匂いがする。俺の強化された嗅覚が瞬時に嗅ぎ分けてしまうのだ。どうやらカイン兄さんが卒業までの3年間使っていた部屋に偶然あたったようだ。


 案内してくれた者が退室した瞬間【ハウスクリーン】を全開で放って浄化した。嫌な匂いではないのだが、嗅覚が強化された俺は自分以外の匂いは気になってしょうがないからだ。

 ベッドマットには【リストア】を使って新品状態まで時間を戻す。勿論サリエのベッドもだ。


 サリエはすぐに荷解きを始めて服などをクローゼットに収めた。

 お茶のセットも持ち込んでいたようで、荷解きが終わると湯を沸かして紅茶を出してくれる。


「サリエ、思っていたよりいい部屋だよね?」

「ん、リューク様のクリーン魔法で一瞬で部屋も綺麗になった。広くていい部屋」


「この部屋、兄様の匂いがしていたからね。元々兄様が綺麗にしていたんだと思う」

「ん、納得。カイン様は綺麗好きと聞いている……それよりさっきの魔法【クリーン】と少し違う?」


「ん? ああ、あれね……【クリーン】を少しいじった【ハウスクリーン】という掃除特化の浄化魔法なんだ。サリエにもコピーしてあげるね」


「ん、嬉しい♪ 凄く綺麗になったから気になっていたの」


 遠慮しないで言えばいいのに、荷解きをしながらずっと気になっていたようだ。



 サリエとお茶を飲んでくつろいでいたら、ナナたちが訪ねてきた。どうやらナナが使用する車椅子を各要所に設置してきたようだ。この男子寮の4Fフロアにも1台置くようで、最後に運んできたそうだ。


「兄様どうですか? 似合っていますか?」


 ナナは学園の制服を着て見せにきたようだ。はっきり言おう。超可愛い!

 騎士科の女子の制服はパンツタイプなのだが、魔法科の女子はスカートだ。

 騎士科は乗馬が必須科目になっているのでスカートだと色々マズいしね。


「ああ、すごく可愛いよ。でもスカートが少し短いから人前での車椅子の移乗の際には注意が要りそうだね」


「大丈夫です。侍女たちが優秀ですので、その辺の配慮もしてくれます。移乗の際はちゃんと隠し布を掛けて見えないようにしてくれるのよ」


「流石介護侍女っていうだけあって、気遣いができているんだね」

「兄様、時間がなくて、朝ちゃんと紹介してあげられなかったので紹介します。マーレル子爵家の双子の姉妹よ」


「リューク様、マーレル家長女のパエル・E・マーレルです。よろしくお願いします」

「私は、マーレル家次女のアーシャ・E・マーレルです。よろしくお願いします」


 双子にしてはあまり似ていないな。二卵性双生児の方かな。双子と言われるまで分からなかった。

 姉妹と思えば確かに似ているし面影もある。仲が良いのも納得だし、同部屋でも文句がないわけだ。


「ああ、宜しくね。なんか着いて早々大変だったね? ナナは軽いけど、こう移動が多いと大変でしょ? 子爵家の女子のやることじゃないよね」


「いえ、私たちは選ばれて大変喜んでいるのですよ。2人とも器量が人並みだから諦めろと父にも言われていたくらいでしたから」


 ハッとしてナナを見たらプイッと顔を逸らしやがった……間違いない! ナナの奴、敢えて人並みの容姿をしたこの2人を選んだのだ。ナナの従者だ。必然とこうやって俺に係わることが増える。俺の気がいかない程度の容姿の者を選んだのだ。間違いない……。


 この2人の容姿だが、俺的には悪くない。というより美人さんだ。俺の通ってた高校基準でいえばクラスで1、2番目、学年で3、4番目くらいの器量はある。ただこの世界の基準がやたらと高いのだ。


 フィリアやナナなんか、俺の世界では見た事ないレベルだ。サリエも妖精さんレベルなのだ。さっき俺を部屋まで案内してくれた生徒会長さんもめちゃくちゃ綺麗だった。名前は忘れちゃったけど……。




 ナナのフロアには先輩貴族がいるようだ。隣国の姫だそうで、俺たちと同じ魔法科に入っていて、学年は2年なので1つ上の先輩にあたる。王族の姫なので家格は向こうが上になる。隣国の姫なら2度ほど会ったことがあるはずだ。後でこちらから挨拶に向かうのが筋だろう。ナナはもう挨拶を早々に済ませてきたみたいだ。ちゃんと手土産も用意されているようでその辺は抜かりがない。



 そうこうしてる間にフィリアが訪ねてきた。


 階段で衛兵に止められたとメールがきたのでサリエに迎えに行かせたのだが、サリエでも許可が下りず、直で俺が行き、フィアンセなので今後の入室許可はいちいち取らないで通してほしいと言って生徒会で許可証を発行してもらった。めんどくせ~。その分安全性が実証されたという事なのだが。なんかな~。正直堅苦しい。



 サリエ以外の侍女を下がらせて、この部屋には現在4人だけになった。


「フィリア、制服とても似合ってるね。可愛いよ」


「ありがとう。嬉しいですわ。ナナも良くお似合いよ」

「フィリアも似合ってるわよ。兄様見惚れちゃってるもの……」




「さて、リューク様。昨晩はどこに行こうとなされていたのでしょう?」


 フィリアの発言で、サリエがそそくさと俺の側から離れて行った……この裏切り者~! パエルとアーシャを下がらせたのはこういうことだったのか。


「兄様、随分遅い時間に出かけようとしてらしたのでしょう? どこに行く気でしたの?」


「ちょっと飲みたい気分だったので、酒場にね……」


「ふ~ん。兄様、傷心してたのは分かりますが、お酒は16歳になってからですよ」

「リューク様、まさか如何わしいお店に行って心の傷を癒そうなど考えていませんでしたわよね?」


「あはは、フィリアが居るのにそんな真似しないよ」


『サリエの裏切者! あんなに大事に可愛がってやったのに~!』

『ん! 違うの! 凄く怖かったの! あの2人ヤバいの! 本当に怖いの!』


『うっ……何となく分かる。今回のことは許す……』

『ん、ごめんなさい。でも本当に怖いの……逆らうと絶対追い出されるかもって……』


『分かる。正直俺も今怖い……超怖い!』

『ん、頑張ってフォローする』


「ん、朝方まで本当に飲んでいた。強いお酒で泥酔して眠ってた」

「そうですか。お気持ちが辛いのは分かりますが。無理はなさらないでくださいね」


「ああ、もうあれは飲まない。朝、凄く頭が痛かった」

「兄様、客間のお酒を飲んだのですか? 見つかったら父様に叱られるかも……あれ凄く高いものですよ。モノによってはげんこつ一回じゃすまないかも……」


「そうなの? でも今回は許してくれるだろう」


 今晩こそはと思っていたが、この分だと諦めるしかなさそうだ。

 異世界体験なんて二度とないだろうし、本物の猫耳ちゃんとムフフなことしたかったな~。



「ところで、お昼はどうするんだ?」


「4Fの部屋にはキッチンが付いていますので、侍女に作らせることも可能ですが、今日は材料がありません。食堂があると生徒会の方が言っていました。皆そこで普通は食べるそうですので行ってみませんか?」



 寮内の服装は自由だが、学園内は制服着用が義務付けられている。ジャージのような運動着もあり、どちらかを着ていればよいそうだ。


 俺も制服に着替えて、寮を出て食堂がある学舎の方に向かう。お昼が近いこともあって、結構な人がいる。食堂の大きさにまず驚いたのだが、TVで見た全寮制の学食を思いだし、ほぼ全生徒がお昼にくるならこれくらいの規模がないと賄えないなと考えを改める。


 自宅組が殆どいないのだ。弁当持参の者がいないのだから、食堂が大きくなるのは必然なことだ。昼休みに一気に腹を空かせた年頃の男女がくるのだ。ここが戦場になるのは間違いない。


 今後食事を何処で食べるか後でナナたちと相談だな。フィリアとナナは美人過ぎてとにかく目立つ。

 公爵家に自家を売り込もうと擦り寄ってくる輩もいるだろうしね。トラブルになりかねないことは避けるべきだ。


 メニューは3種類しかない。毎日日替わりだそうだが、基本肉料理のAランチ、基本魚料理のBランチ、食堂の気まぐれCランチだ。入り口に見本が展示されていてそれを見て決められる。


 俺とナナとサリエはAランチを頼んだ。フィリアとパエルはBランチ、アーシャはCランチを頼んだ。どれを選んでも500ジェニーと安く、ボリュームがあって美味しかった。


「兄様、お値段の割に美味しいですね」

「そうだね。500ジェニーにしては満足だよね。この肉オークかな?」


「ん、オーク。そういえばジェネラルのお肉食べ損ねた……」


「ナイトとプリーストの肉をシェフに渡したままだったね。明日戻った時に受け取ってこようか?」

「ん、なら私がこっちで料理する」


「リューク様たちでコロニーを2つ壊滅させたのですよね?」

「ナナも見たかったな~」


「サリエは強いからね。それでどうする? 食事は基本ここの食堂利用にする? トラブルが起きそうな気もするけど」


「ん、それはダメ。万が一も有り得るのでリューク様の食事は私が作る」

「そうでございます。ナナ様のお食事は私たちがお作りします」


 侍女3人が作ると言ってきかない。やはり大人数が一度に集まるこの場所は危険なのだ。カイン兄様も基本執事が作っていたそうだ。公爵家と関わりを持ちたい輩がわんさかとやってきて食事どころではなくなるだろう。


「じゃあ、ナナの部屋で皆で食べることにする? うちはうちでサリエと2人で食べる?」


「ん、護衛任務があるので、リューク様から片時も離れない」

「では、授業が終えた後はナナ様のお部屋でリューク様もご一緒されてはどうでしょうか? 2人増えたところで作る手間はそれほど変わりませんので、宜しければ私たちにリューク様の分もお任せくださいませ」


「パエル! あなたなかなか良い案を出すわね! 兄様そうしましょう? 授業が終えた後は兄様はナナの部屋で食事ができるまで待機ね。護衛もできるからサリエもそれで良いでしょ?」


「ん、一緒なら問題ない。私も食事の準備を手伝う」


「そういえば結局フィリアはどうするの?」

「学園から許可が下りたので、わたくしはナナと同じ部屋で生活することになりました」


「そんな我が儘、よく通ったね?」

「ナナの足のことがありますし、治療と介助の為と申請したらすんなり許可をいただけました」


「あ~ね。ちょっとずるだけどそういう手を使ったのね」


「フィリア、本当のこと言っちゃいなさいよ」

「ん? なにかそれ以外に一緒の部屋にした理由があるの?」


「公爵家の次男の兄様は、この学園では最良な嫁ぎ先として女子たちから既に注目されています。そしてフィリアはその注目の的のフィアンセ。侯爵や伯爵令嬢ならまだしもフィリアの家格は子爵、上位貴族の御令嬢たちからの妬みや僻みが必ずあると思うのです。女子寮の2Fなんかに居たらどんな嫌がらせをされるか分からないのです。気に入らないとよく物を隠されたり、壊されたりすると聞いています。4Fには誰も入ってこれないですから、そのような心配もないですしね。ナナと仲良しだと知れば安易に手も出さなくなると思うし、そういう意図もあって同じ部屋で暮らすのです」


「そっか……女子は色々あるんだね」

「何他人事のように言っているのですか? 兄様も有り得るのですよ? フィリアの可愛さは普通じゃないのです。第二のラエルが誕生しないようにしっかり気を引き締めてくださいね」



 食事を終え、一旦自室に戻り、女子寮の姫に挨拶に向かうことにした。

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