1-31 転移魔法はやはり便利です

 翌朝酷い頭痛で目が覚めた。

 二日酔いだ……これほど酷いのは始めてだ。


 おそらくこちらの酒の質が悪いのだろう。蒸留技術はあるようだが旨い酒と言えるほどのものではなかった。

 父様が客用にコレクションして保管してあるものなので、安い物ではないはずだが……う~頭、痛て~。


「ん、リューク様大丈夫?」

「大丈夫じゃない。悪いけど【アクアフロー】で治してくれないかな。おそらくヒールじゃなくキュアーを練りこむことで治ると思う」


「ん、やってみる」


 思ったとおり、解毒魔法を応用して全快した。

 アルコール中毒という言葉があるのだ……アルコールは毒にも薬にもなるのだろう。


「サリエありがとう。スッキリしたよ」

「ん、でももうあまり無理しないで。飲酒は16歳になってから」


「うん、分かってるよ」


 サリエは昨日俺が酒を飲んでいることを知っていて見逃してくれたのだ。


 俺は酒でラエルの件の重責から逃げたのだが、サリエはそのことには触れてこない。こちらの世界の成人は16歳、飲酒も16歳で可能なのだが、昨日飲んだ酒はもうこりごりだ。


「ん、朝食まで少し時間がある」

「じゃあ散歩がてら、剣の練習でもしようか?」


「ん、その方が良い。お風呂を頼んでくる」


 その方が良い? 酒に逃げるより体を動かして発散しろってことかな?

 よく分からないが心配させたようだ。朝からやたらと気遣ってくれる。



 剣の修行だが、サリエと基本の反復練習することによって、ぐんぐん実力が上がるのが体感できた。


「なぁサリエ、今朝の練習で大分強くなったよね?」

「ん、今なら【剣聖】レベル7か8ぐらいはある」


「3日ほどの練習なのに上がり方凄いよね?」

「ん、でも【剣聖】までなら誰でもなれる」


「【剣鬼】からは才能がいるけど【剣聖】までなら日々の単調訓練で成れるってこと?」

「ん、殆どの人はやれば成れる。リューク様はここからが本番」


「そっか、頑張ろうな!」

「ん、頑張る!」


 最初は小さなサリエに剣を打ち込むのは躊躇われたのだが、どう打ち込んでも軽くいなされてしまう。

 多少強くなった今なら何となく分かる……サリエに当てられる気が全くしない。




 お風呂で汗を流し朝食をとって本家に向かう。



 父様と合流し、神殿に転移実験に行く。


 神殿に【転移陣】があり、何もないところから転移するより、【転移陣】から転移した方が魔力の消費が格段に抑えられるのだそうだ。魔方陣の利用は寄付と称したお金を収めることによって利用がいつでも可能になる。寄付金は1万ほどでいいそうだが問題はテレポ術者への料金だ。


 王都まで馬車で3日の距離なのだが、途中の村を経由して今回は2人の術者を使って王都まで飛ぶようだ。料金はザイル~フォレスト間の転移に100万ジェニー、ザイル~王都間の転移に60万ジェニーかかるそうだ。術者2人で160万だ。


 乗合馬車なら王都までの3日で15万ほどだ。馬車を護衛する騎士が7人付くので魔獣や盗賊もほぼ問題ない。盗賊が乗合馬車を襲うことはまずないのだ。理由は明解、乗合馬車の運営は国営なのだ。それを襲ったら国の軍が動いて討伐部隊が即座に編成されどこまで逃げても徹底的に追いかけられて必ず捕らえられる。


 盗賊にとってもリスクが高すぎるので、襲うようなバカは滅多にいない。



 160万もの大金を払って転移術者を利用するのは急ぎの商人か貴族、公務の者しかいない。時間をお金で買うのだ。高いか安いかは、その時の用件で変わってくるだろう。リューク君も今回初めて利用する。


「リューク、本当に【テレポ】を習得していて、皆を転移できるのだな?」

「父様もしつこいですね……朝から同じ質問を何度もしないでください。やってみないことには分からないと言っているじゃないですか。そのための検証実験です」


「だがこれは我が弟が用意した術者だからな。お前が失敗すると、こちらでまた手配をしないといけないのだ」


 しつこい父様はおいといて、テレポ術者と【転移陣】に入って手を繋ぎ中継地点に転移した。


 ここは王都との間にあるザイルの村の神殿だ。神殿と呼ぶには小さいが、この村の人口は500人ほどで、フォレスト領からは馬車で2、3日の距離にある。kmでいうと約190kmの距離だ。こちらの世界の馬はスタミナがあって良く走るのだ。徒歩だと一般人で5、6日ってところかな。


 最初のテレポ術者に礼を言ったのだが顔色も悪くMPが枯渇してるのか随分気分が悪そうだった。成功報酬の謝礼100万を渡してさっさと解放してあげた。彼はすぐに宿屋で寝るそうだ、お疲れ様……。


 神殿には2人目の術者が待機していて、すぐに王都まで飛べるように手配されている。

 2人目は女性の冒険者だ。ザイルの村から王都までは約130kmほどあるとのこと。

 馬車で朝早く出れば、夕刻の閉門までになんとか間に合うそうだ。俺の日本的感覚なら、馬車で2~3日の距離なんだが……この世界の馬凄すぎだろ!


 通常の旅人は、徒歩なら1日30~50km、ロバで40~60km、荷馬車で50~100km、馬で70~150kmの移動距離なのだそうだ。勿論無理をさせればそれ以上の距離を稼げるが、普通は次の村までや、比較的安全な野営地までの移動で抑えるのが基本だ。急ぎの飛脚便とかは1日で500kmほど移動するとのことだ。



「お待ちしていました。リューク様ですね? 王都までは私が転移することになっています」


 同じように転移陣に入り、手を繋いで転移する。

 このお姉さんは到着するなりリバースしやがった。


「お見苦しい所をお見せいたしました」


 涙目でそう言ってるのだが、先程の彼以上に気分が悪そうだ。

 見兼ねて下級MP回復剤を飲ませてあげた。


「ありがとうございます。随分楽になりました。私ではザイル~フォレスト間の転移はMP不足でできませんが、何とかザイル~王都間の転移なら移動可能なのです。ですが、見てのとおりです……」


「ご苦労様。これ成功報酬の謝礼金です」


 60万ジェニーを手渡すと嬉しそうに受け取った。MP回復剤はサービスだ。


 神殿からすぐ外に出て王都見物をしたかったのだが、それをやったら父様に怒られるのは目に見えている。今も向こうで俺の帰りを神殿の転移陣の前で待ち構えていることだろう。



『ナビー、フォレストに転移する前に確認だ。距離で計算すれば消費MPは800で合ってるか?』

『……はい合ってます。1kmごとに消費MP5ポイントでしたね。パッシブ効果で半減されますので2で割れば算出されます』


『制限とかはどうなっている? 重量とか人数によってMP消費量が変わるのか?』

『……どうやら距離によるものだけのようですね。重量や人数により消費量が増えることはないようです。やはりマスターのオリジナル仕様ですね。そのようにイメージして創られたのではないですか?』


『そうだね、じゃあレイドPTでの移動も可能ってこと? 最大30人の大人数転移ができる?』

『……可能ですが、ゼノに教えない方が良いのではないですか? 軍利用とか考えそうですよ』


『確かに軍事利用とかに組み込まれそうだね。1PTが限界ってことにしておこうかな』

『……その方が宜しいかと』


『今から飛ぶけど、正確な距離を教えてもらえるかな?』

『……ここからフォレストまで直線で320kmの距離です。消費MPは800です。今のマスターで4回の移動が可能ですね。あ、転移陣を利用するので更に半分ほどになるのでした。なので消費MPはおそらく400ですかね?』


 俺のオリジナルなので、ナビーも断言できないそうだ。とりあえず一度検証してみない事には絶対といえないな。


 担当の巫女に声を掛け【転移陣】を利用させてもらう。

 術者を使って飛んできた俺がすぐさま自分で転移魔法で帰ると思っていなかったのだろう。驚いた顔で聞いてきた。


「え~と、すぐに利用されるのでしょうか?」

「ええ、すぐにフォレストに帰ります」


「えっ! フォレストですか!?」


 何を驚いてるのかと思ったら、フォレストまで一気に飛べる術者は、現在商売としてここに登録している者は2人しかいないのだそうだ。俺が3人目ってことだね。そしてサリエで4人。まぁ、サリエが使えるのは隠すけど。


 俺なら父様が何か言ってきてもはっきり断れるが、子家になるサリエは簡単には断れない。バレると良い足代わりにされるだろう。


「僕はフォレスト公爵家の者です。この魔法陣をフォレスト家で今日明日で何度か利用しますので先に寄付を収めておきます」


「あ、はい。お気持ち程度で結構です。よろしくお願いします」


 俺は父様から事前に預かっておいた100万ジェニーを手渡した。気持ち程度でいいと言っているが、口封じをするために高額なお金を寄付したのだ。


「こんなに! お気持ちで宜しいのですよ?」

「今からまた転移で帰ってきますが、あなたに見たことを黙っていてほしいのです」


「え? 勿論寄付がなくても神殿関係者が秘密を外部に漏らすことはありませんよ?」

「それは十分承知しておりますが、公爵家があからさまな口封じをしているのです。皆まで言わせないで理解してほしいのですが……」


「はい、では有り難く受け取らせていただきます……」


 可愛い巫女さんを脅すような真似をしてしまったが、俺が良いように利用されないために必要なことなのだ。1PTでフォレストから飛んできたとなったら大騒ぎになるのは目に見えている。



「父様戻りました」

「おお! 本当に一人で戻ってきおった! で、で、どうなのだ? MPはいくら使って一度に何人転移できるのだ?」


「ちょっと落ち着いてください! なんか父様の態度があれなんで先に言っておきますが、僕のことを良い足代わりに利用しようと考えないでくださいね?」


「うっ……だが緊急の時には頼っても良いだろう? 実の親子なんだし。な、な?」

「先に理由を説明してもらい。僕が納得できれば良いです」


「そうか! 兄に呼び出されるたびに1週間も移動に時間を潰されるのは堪ったものじゃないからな!」

「だからそのような足代わりはお断りと言ったじゃないですか!」


 尚縋ってくるウザい父様は無視して、今日王都に向かう者を転移する。


 今日転移する組は勿論学園組だ。サリエ、ナナ、ナナの従者2名、フィリア、ゼファー叔父様の6人だ。


 ラエルは既に亡くなったことになっているので、人知れずガイアス隊長がどこかに移送して幽閉するそうだ。


 皆準備はできていたようで、声を掛けると直ぐに神殿に集まった。


「リュークよ、【亜空間倉庫】内の重量は本当に気にしなくて良いのだな?」

「はい、叔父様。僕も初めてですので確証はないのですが、女神様がそう言っていたので大丈夫だとは思います」


「ふむ、甘えて色々入れてきているが、よろしく頼む」


 通常【転移陣】でテレポを利用する時、装備品以外は極力抜いておくのがマナーになっている。こっそり商人などが商品を【亜空間倉庫】内に隠し持って術者を騙して利用しようとしても重量オーバーで【テレポ】自体が発動しない。


 俺を含めたこの7人でPTを組み、【転移陣】に入り転移する。

 当然さっきの巫女は仰天して……口が開いたまま呆けている。



「巫女様、さっきも言いましたけど内緒ですよ? 覚えていますか?」

「はい! 覚えています! あ、フォラル公爵様お帰りなさいませ!」


「ああ……」


 ゼファー叔父様も呆けているようだ。


「ああ、君。本当にこのことは秘密にするのだぞ? 誰にも口外することを禁ずる。もし外部に漏らすようなことがあればフォラル家とフォレスト家の二公爵家を敵に回すと思え」


 巫女様は叔父様に威圧され、ちょっと涙目だ。


「リューク、お前も極力この件は黙っていろ。ゼノ兄さんはともかく、陛下である兄はお前を国の為と言って利用しかねない」


「はい、分かりました。叔父様はこの後すぐ自宅に帰られるのですか?」

「いや、この顛末を国王である兄に報告に向かってから帰宅する」  


「僕たち兄妹は挨拶に向かわなくても宜しいのでしょうか?」

「リュークとナナは学生が本分だ。まずは学園の寮に向かい、自分たちの部屋で先に届いてる荷解きをしないといけないだろう? 学園生活が落ち着いてから挨拶に行けばいい。私の方からそう伝えておくので、心配しなくて良い」


 叔父様にどうしても気になっていたことを聞いておく。


「僕は叔母様に嫌われてしまうでしょうか?」

「お前たち兄妹は昔うちにもよく遊びに来ていたからな。妻もお前の葬儀では随分悲しんでいた。生き返って、お前たちが王都に来るのを楽しみにしていたが、こればっかりは私にも分からない。だが妻が私と同じ気持ちならお前を恨む気は全くないだろう。私はお前に対して只申し訳ないという気持ちしかない。決闘など嫌な役回りをさせてすまなかったな」


「いえ、僕にも責任のあることです。周りに目を向けてなかった僕にも原因があるのです」


「ふむ、お前のこれからの成長を期待するぞ。それからナナ」

「はい、叔父様」


「悪いがお前の晴れ舞台の新入生の代表挨拶にはおそらく行けないだろう。先にここで入学のお祝いを言っておくよ」 


「ありがとうございます。あの、ラエルはどうなるのでしょう?」


「ああ、世間では私闘の末死亡ということになっているが、実際はリュークの温情で生かされている……だが、奴のしたことは重犯罪だ。他国に移送して、奴隷紋を施したうえでの幽閉生活だ。もう死んだと思って今後一切あいつのことは口にするな……」


「そうですか……」




 叔父様と別れてナナの実家が手配した馬車で学園に向かったのだった。

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