1-30 ジュエルは暗殺業を辞められそうです

 夕刻にジュエルに会いに行くとメールを入れ、先にギルドに向かう。


 ギルドマスター自ら出迎えてくれ、例のギルド職員の不正の進捗を話してくれた。


 職員で関わっていたのはダジルだけだったようで俺も安心した。冒険者側にはザックの他に3名いたようで、良い品が持ち込まれ持ち主の特定が困難な場合に彼らが名乗りを上げ、ギルド職員であるダジルが証人になることで規則だと言って半値で買い取っていたようだ。その後買取をした冒険者が違う街まで行き、正規の価格で売りさばいた差額で暴利を得ていたようだ。


 冒険者側の3名のうち2名は既に捕縛されて自供したそうだが、1名が気づいて街を出て逃げたそうだ。

 だが、ギルドが指名手配をしたため捕まるのも時間の問題らしい。


 バカなら次の街に入る時にギルドカードを差し出してその場で捕縛されるだろう。


「ガイアスさん、あなたの責任はどう取らされることになりましたか?」

「ゼノ様は個人としての責任は問わないと言ってくれた。只、冒険者に与えた損失分はギルドの運営資金から賄えと言われ、現在分かっている分の補償を支払っているところだ」


「関係ない第三者が名乗り出てきそうですね……」


「既に2組ほどそういう輩が名乗り出てきているが、物証がない者たちは無視することにしている。しつこい場合は徹底的に調べるぞと脅せばそういう輩は引き下がるので問題ない」


「それだと本来貰えるはずの者まで弾かれる可能性もあるのでは?」

「物証がなくても日頃真面目に冒険者として活動している者には無条件で返金している。そういうのは受付嬢が詳しいのでな……」


「なるほど……ギルド職員の不正とか早めに分かって大事に至らなくて良かったです」 

「そうだな、ギルド長として心から感謝している。今後はこのような事がないように監視の目を強化する仕組みを皆で考えているところだ」


「ダラスさんでしたっけ。ああいう真面目な職員もいるのですし、大丈夫でしょう」

「ああ、ダラスはダジルのやってた査定課の役職を任せることにした」


「それは良いかもしれませんね。真面目なだけではなく慎重さも持ち合わせていて、用意周到な所も高評価ですよね」


「彼には今後も期待している」



 捌いた肉の方はこの後すぐに神殿と俺の実家に届けてくれるそうだ。


 捌ける職員総出で作業をしたそうで、全部すでに解体をし、査定も終えていると全額支払ってくれた。俺の為に急いだわけじゃなく、街の肉が枯渇気味だったので肉を優先したらしい。


 暫くはこの分で賄えると喜んでくれて、こちらも良い気分だ。


 ちなみに今回の収入は1200万ジェニーほどあった。これにまだ例の剣と宝石が加わるのだ。

 剣と宝石の方の受け取りは、規定どおり後8日待たないと受け取れない。これは規約なので仕方がないな。



 ギルドを出て次に向かったのは、回復剤を買うために錬金術ギルドにやって来た。ここは通称薬師ギルドと言われ、回復剤や魔道具を専門に扱っている。冒険者ギルドや商人ギルド、雑貨屋など至る所に卸している回復剤の元締めのようなところだ。


 一般人には販売しないが、ギルド加入者には安く販売している。

 大量買いする気なので、直販の錬金術ギルドに来たのだ。


 ・上級回復剤各3本    @315000ジェニー 計945000ジェニー

 ・中級回復剤各5本    @86000ジェニー  計430000ジェニー

 ・初級回復剤各10本    @12000ジェニー 計120000ジェニー

 ・上級MP回復剤各5本  @498000ジェニー 計2490000ジェニー

 ・中級MP回復剤各10本  @127000ジェニー 計1270000ジェニー

 ・初級MP回復剤各20本  @18000ジェニー  計360000ジェニー


 2人で購入した金額は561万5千ジェニーだ。オーク討伐で儲けた額の約半分が飛んだ。

 魔道具にも興味を持ったが、やたらと高いので見るだけに留めた。



「ん、お金一杯使った」

「そうだね。でも普通なら使用期限があるからこんなに沢山纏め買いなんかしないからね。さっきの職員、戦争でも始まるのですかって騒いでたもんね」


「ん、あれは面白かった」

「まぁ、公爵家の次男が回復剤を大量買いしたら何か勘ぐるよね。学生が個人で使用する量じゃないしね」


 上級冒険者がダンジョン制覇の為に長期遠征用に大量買いすることはあるだろうけど、普通は各自数本しか所持しない。薬草から作ったものなので、時間とともに劣化するからだ。


「ん、でもリューク様? 回復剤って必要?」

「僕たちには必要ないよ。だってシールドあるし。そのうち上級回復魔法も覚えるだろからね」


「ん、じゃあどうして?」

「僕たちの魔法を見せたくない場合もあるでしょ? そういう時はヒール魔法を使わないで回復剤を使って周りの目をごまかすんだよ」


「ん、納得! それだと周りに変に注目されずに済む」

「そういうこと。時と場合によって使い分ければいい。僕たちの場合は大量買いしても腐らないから、持ってて損はないしね。後、王都の方が相場が2割ほど高いって理由もあるんだ。こっちで買って持って行った方がいい。こちらでの購入なら、回りまわって領主の家に徴税という形で何割か返ってくるしね」


「ん、確かに……リューク様の先見の明にびっくり」

「あはは、サリエにせこいと言われなくて良かったよ。数本ずつサリエにも渡しておくね」  



 宿屋のジュエルの部屋に向う。ジュエルは神妙な顔で出迎えてくれた。

 まぁ当然だ、場合によっては暗殺犯としてそのまま処刑が確定するのだ。


「リューク様、顛末はどうなったのでしょう?」

「最終的に主犯はカスタルの独断で行ったということで終わらせる。ラエルはフィリアを巡っての決闘で死亡という扱いになっている。で、吹き矢使いの暗殺者は現在国外に逃走中だ」


「そうですか……」

「貴族嫌いなお前からすれば、汚いと思って納得できないだろう?」 


「いえ、公爵家のスキャンダルですからね。一番穏便なやり方じゃないかと思います。実際ラエルを唆したのはカスタルです。全責任を負わされるのはお気の毒様と思いますけど、それも自業自得かと」


「そこまで理解できてるならいい。事実だけに固執して周りが見えないようじゃ役に立たないからね。君にはそういう見識も深めてほしい」


「あの、それで私は今後どういう扱いになるのでしょうか?」


 妹が全快して昨晩は豪華な夕食を食べたようだが、そのことによってどうも生きることに望みを持ったようだな。


「ジュエルには昨日言ったように僕の護衛として生活してもらう。契約金は前払いしてあるから問題ないよね?」


「はい、これ以上ないくらいの報酬です。妹の調子も嘘のように良いそうです。姉妹揃って一生かけて恩を返したいと思っています」


「いや、君の妹は普通に過ごさせてやってくれ。仕事をし、伴侶を見つけ、子を成し育て次代に繋げる。普通の一般人のように幸せにしてあげてくれ。お前は妹を影で支えながら僕の専属護衛をしてくれればいい」


「専属護衛? 私は具体的に何をすれば良いのでしょう?」


「とりあえずジュエルには妹を連れて王都に引っ越してもらう。王都を拠点にした冒険者として生活しててくれればいい。もし僕に何かあった時は呼び出しを掛けることにする。お前にマーキングしてあるから、有事の際はお前の前にテレポで飛んで迎えに行くので、長期の護衛依頼とか、ダンジョン探索とかも受けていいからね」


「マーキングって! 何か付けられた気配はなかったのに、そんなスキルがあるのですか? じゃあもし私が逃げていたとしてもすぐに捕まっていたじゃないですか……」


 明確には答えずに、ニヤリと笑ってやったら顔が引きつっていた。


「でもそこが可愛い顔に似合わないギャップとなって凄く魅力的なのかも……それに私たち姉妹も王都に呼んで頂けるのですね」


 エッ? ジュエルちゃん、今なんて言った? 俺はよくラノベに出てくる難聴主人公じゃないんだよ? どちらかというと俺は職業柄、人の機微には敏感な方なのだよ? 今、俺のこと魅力的って言ったよね?


 サリエの方からは隠そうとしない殺気が溢れてきた……。


「うわ……サリエ様から凄い殺気が……」


「お前が変なことを言うからだよ……ジュエルが変に不安にならないように先に約束しておく。僕は君を命令とかで死地に向かわせるようなことは絶対しない。ジェシルから唯一の肉親を奪うような真似は決してしないから安心していい」




 ジュエルの犯罪履歴は【カスタマイズ】の操作でやはり消すことができた。


「ジュエル、僕が初めて犯す犯罪、と言うよりそれ以上の禁忌だ。神のシステムに介入してお前の罪歴を消去したんだ。今後は一切の犯罪を犯すことを禁ずるから肝に銘じておくんだよ」


「本当に良いのですか? 望んで暗殺者になったのではないですが、今更私が普通に幸せに暮らして良いわけがないのですよ?」


「それを決めるのは、第三者の俺じゃないよ。ジュエルが自分で決めればいい。神もジュエルが幸せになるのを認めないのなら君から罪歴を消さなかっただろうと思う。今後の生活は全部自己責任だ。これからもう一度やり直せば良いんじゃないか? 君はまだ17歳なんだし、人生まだまだこれからだよ? どんなに望んでも普通じゃありえない罪歴消去だ……それを生かすか殺すかはジュエル次第だよ」






 宿屋を出て、ずっと黙っていたサリエが質問してきた。


「ん、リューク様はどうしてジュエルに甘くするの? 一度はリューク様を殺した相手」

「そう言うな……彼女はちょっとしたことで人生が狂ってしまったけど、根は良いやつってことはサリエも分かっているだろう?」


「ん、でもやっぱり納得はできない。悪い事したら罰せられないとダメ」

「そうだね、サリエの言うとおりだ。だから俺が彼女を罰してあげるんだよ」


「ん? どういうこと?」


「刑罰にも色々あるんだぞ? 何も死刑にしたり、苦痛を与えたり、牢屋に入れることだけが罰じゃないんだ。人の為に善行をさせることも一つの罰なんだよ。罪に応じて街の清掃を一定期間させる清掃活動が刑罰になっている国も有るんだぞ。更生の望みのある者には、機会を与えるのも俺は大事だと思う。悪いようにはしないから任せてほしい」


「ん、そんな刑罰知らなかった……」



 ジュエルは犯罪履歴があったため、この街には不正に入っていたそうだ。明日正規に門から入場し、そのまま冒険者ギルドに向かい、失効していたギルドカードの更新手続きを行うそうだ。


 その後、妹を連れて乗合馬車で王都を目指すとのことだ。学園の近くに家を借りるから落ち着いたらメールで知らせると言っていたが、そちらから連絡は一切するなと言うと悲しげな顔をしていた。


 1年以上カードの更新を行わなかった者は、ギルドから活動無しとみなされて除名させられるのだ。だが、除名され失効したからといって、再度発行できないわけではない。只、再発行手数料が発生し、10万ジェニーのペナルティーがかかってくる。初回登録料が1万ジェニーなのを考えたらそれなりの金額だ。


 初回登録料は活動する気もない一般人の遊び半分な登録をなくすためのものらしい。




 とりあえずこれでリューク君の暗殺に関する一件は解決した。


 残り二日は遊びまくりたいが、明日は学園に向けての転移実験をすることになっている。


 成功すれば父様に根掘り葉掘り聞かれるのは分かっている。午前中は抜け出せないだろう。実質遊べるのは1日しかないと思われる。





 現在時刻PM10:30分。


 俺はこっそり屋敷を抜け出し外に出た。

 上手く抜け出せたと思ったのだが、50mほど進んだあたりで視線を感じ立ち止まった。


「ん! リューク様こんな時間に私に黙ってどこ行くの?」


 確かに寝入っていたはずなのに……サリエに外出がバレてしまった。


 どうしたものか……。


「寝付けなくて、ちょっと夜の散歩にね」

「ん、ラエルのことで気が立ってる?」


「そうかもね。ちょっと一人になりたいから出かけて良いかな?」


 本当は気が立ってるのではなくて、下半身が勃っているのです。

 この世界で目覚めてから5日、そろそろこの15歳という若い肉体は限界を迎えようとしているのです。


 サリエに内緒で抜け出した理由は、夜の色町に繰り出そうとしていたからなのです。折角の異世界なのだ……可愛い猫耳娘を抱きに行くんだ! 心ゆくまでモフりに行くのだ! 尻尾の付け根がどうなっているのか確認するのだ!


「ん、そう。でも万が一変なお店に行ったらフィリア様やナナ様に連絡するよう言われているので、MAPで見てる」


 ガーン!


 あいつら、いつの間にサリエにそんな命令していたんだ!


 これまでリューク君はそんな如何わしい場所に一度も行ったことはない。

 リューク君自体はまだ経験がないのだ。DT君なのだ! なのになぜそんな命令を彼女らはサリエに下したのだ……解せん?


「変なお店って?」

「ん、エッチなお店」


「そんなとこには行かないよ」

「ん、じゃあついて行く」


 裸足でパジャマのまま追いかけてきたサリエをこれ以上煩わすのも可哀想だし、断腸の思いで帰宅した。


 ラエルのことで鬱気味だったので、ハジケたかったのは本当だ。

 部屋の中で一人意気消沈して思い煩うより、若い女の子でも眺めて癒されようと思ったのだ。


 可愛いサリエに女を買いに行くとはどうしても言えなかった。



 自室に戻り、一人で父様のコレクションのブランデーのような酒を泥酔して眠るまで飲んだのだった。

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