1-27 ラエルと直接対決をしました
木刀で練習試合をやった。
俺はもちろん超手抜きで全員に負けてやる。
逆にサリエは全く手加減なしで、うちの騎士も混ぜて6人を相手に倒してのけた。
「リューク、マジでお前の侍女強いな……なんだよこの強さ」
「だろ? うちの父様相手に勝てるって言ってるのも多分本当だよ。手抜きでこれだけ強いんだからね」
「なっ!? リューク様、サリエ殿はこれで手抜きをしているというのですか?」
「カスタルは驚いているようだけど事実だよ。だってサリエは本来二剣流なんだ。それなのに僕たちは1本の剣でいいようにあしらわれてるんだよ」
「ん、皆、弱すぎ。それじゃカリナ隊長にも敵わない」
「いやいや君が強すぎるんだよ。リュークは色々恵まれてズルいよな」
「何がズルいんだよ?」
「だって、誰もが羨むほど美しいフィアンセがいて、可愛い妹に、かっこいい兄、おまけに従者の侍女まで可愛くて優秀ときたらなんかズルいって思っても仕方ないだろ」
「そう言われればそんな気もするけど、ズルいと言う表現はおかしいよ。僕の日頃の行いがいいんだね。ズルいじゃなくて運が良いと言ってほしいね」
ラエルは『誰もが羨むフィアンセがいる』と言った時に少し殺気が混じっていた。余程フィリアのことが好きなんだろうけど、リューク君のために譲る気はない。
1時間ほど剣の練習試合などをして汗を流した。
「ラエル、そろそろ終わりにしよう。一度も勝てないから僕は面白くない。さっさと帰ってお風呂に入りたい」
「しょうがないな。でも魔法科入学のリュークが騎士科入学の俺に剣で勝てないのは当然だろ。ヒーラーとして見れば、かなり強い方だと思うぞ」
ラエルは騎士科で首席合格するほど優秀な奴なのだ。フィリアに固執しなければ、それなりの相手が見つかるはずなのに……。
「そうだけどね。勝てないのはやってて面白くないんだよ」
「じゃあ帰って風呂に行くか」
西館の屋敷に戻り風呂に行く。
案の定ラエルの従者が一緒に入ってこようとしたが、サリエがそれを止める。
「ん、ラエル様以外は別に入って! 今は非常時なので認めない!」
「サリエ、うちの従者を疑うのか!」
「ん、ゼノ様に誰も信じるなと言われている。暗殺者が捕まるまでは認められない。 どうしてもと言うなら私も入る」
「サリエが一緒に入ってくれたら僕も安心だけど、サリエも貴族のご令嬢なんだからそれはダメだよ。そんなはしたないことをしてたら嫁の貰い手がなくなっちゃうからね。先にラエルと2人で入るから、カスタル君と騎士の4人は後で入ってもらえるかな?」
「ラエル様、私もそうした方が良いと思います。本来従者と主がご一緒することはないのです。私たちは後程入らせていただきます」
父様が付けた騎士がラエルに助言してくれる……有難い。
「一度に皆が入れば効率が良いと思っただけだ。仕方ない……リュークと二人で入ってくるとするか」
「悪いけど入浴介助の使用人がここには居ないから、自分で全部やるんだよ」
『ナビー、ラエルは針を持ってるか?』
『……はい、手に持っているタオルに刺して隠しているようです』
俺も念のために上級解毒剤を事前に一本飲んで、もう一本タオルに隠して持って入ることにする。
30分ほどなら飲んだ分の効果が持続して得られるはずだ。
先に解毒剤を飲んでおく理由は、刺されてから飲んでも、胃が吸収して効果が出るより先に毒が心臓に行きつく方が早いに決まっているからだ。そうならないように、解毒魔法で中和しながら解毒剤を併用するのが効果的なのだとナビーに教えてもらった。
解毒剤を亜空間倉庫ではなく手に持っておくのは、毒で魔力が乱れてインベントリが開けない可能性もあると、ナビーに言われたためである。
かけ湯をして湯船に浸かっているのだが、ラエルは中々襲ってこない。
「リューク、最近フィリアとはどうなのだ? 仲良くやっているのか?」
「そうだね。お互い16歳になったら、すぐに正式に婚約してほしいとフィリアにせっつかれているよ。正式に婚約披露宴でもしておかないと、お互いに周りからの求婚が後を絶たないみたいなんだ。特にフィリアは可愛い娘だから大変みたい」
ラエルはあからさまに動揺している。公爵家が正式に婚約したら、個人がどうこうできる話じゃなくなる。婚約後の解消は両家の恥となるから、家格が高いほど覆る事はまずないのだ。
『……マスター、ラエルは直接手を下す決意をしたようです。お気を付けください』
『ああ、分かった。忠告ありがとう』
どうやらフィリアと正式に婚約予定だと言ったことで、ラエルの嫉妬心が限界を超えたようだ。
ひょっとすれば諦めて改心するかもと儚い希望も抱いていたが、ラエルは後に引く気はないようだ。もうカスタル同様相当心は歪んでしまっているのだろう。
俺も覚悟を決める。
浴槽から出て髪を洗う。こちらの世界では体も頭も全て同じ石鹸で行う。
何かの植物の実から抽出したものらしいが、結構泡立ちは良い。日本の物と比べたらシャンプー替わりにするには洗髪後バサつきがあってあまり良い品とは思えないが、これ以外にないなら仕方がない。
警戒はしていたのだが、髪の泡を流しているときに脇腹にチクッと刺されてしまった!
横に座って同じように洗髪していたラエルが刺してきたのだ。
ラエルと距離を取り、急いで解毒剤を飲み、無詠唱で中級解毒魔法の【アクアラキュアー】を連呼する。
そしてラエルに【魔糸】を飛ばして捕らえ、即座に【魔枷】で拘束。
「ラエル、残念だよ……」
「クソッ! 油断した! なぜ即死級のデスケロッグの毒が効かない!? まさかリューク、俺が犯人だって知っていたのか?」
「ああ、毒針を使うことも知っていたから、こうして上級解毒剤も事前に飲んで、スペアも用意していた」
『サリエ、終わったよ。そっちも捕らえてくれ』
『ん、リューク様は怪我してない?』
『警戒してたんだけど、脇腹をチクッと刺されちゃったよ。解毒剤を持って入ってたから、事なきを得たけどね』
『ん! こっちも全員捕らえた! 【魔枷】を嵌めたからもう何もできない』
「ラエル、従者たちも今サリエが捕らえたよ。今から父様に引き渡すけど、叔父様の為にも見苦しい言い逃れはしないでね」
「ああ、ここまでしたんだ。今更助かろうとは思ってない! だが理由を聞かないのか?」
「理由も知ってるから聞かないよ。気持ちは痛いほど分かるけど、10歳時の時点ではともかく、フィリアが俺に恋した時点でお前は諦めるべきだった……」
「そこまで分かっていたのか……なら何故もっと早く忠告してくれなかった! 12、13歳の時に諦めろと言ってくれればこんなことまでしなかったのに!」
「俺もフィリアも、俺が一度死ぬあの時までラエルのことに気が付かなかったんだ。死んで初めて女神様に知らされたんだ。フィリアは葬儀の時にお前の様子がおかしくて気付いたと言ってたよ」
「じゃあお前は生き返った時点で俺が犯人だって知っていたのか?」
「うん。後はどうやって捕らえるかだけだね。叔父様のこともあるから証拠もなく言う訳にはいかないし」
「毒針のことも罠だったのか?」
「罠とは何のことだい? 女神様が気をつけろと忠告してくれたから、こうやって解毒剤を構えていたんだよ」
悪いがジュエルのことは話せない。
逃げられたことにして、俺の護衛を『お銀さんや風車の弥七』のように影からこっそりやってもらいたいからね。
父様にメールで知らせたら兄様と一緒にすぐにやってきた。
枷だけ外して、【魔糸】で魔力ドレインでスキル発動を阻害しながら服だけは着せてあげた。
もう逃げるような気配もないのだが、警戒だけはしておく。更衣が終えたら枷はもどす。
「ラエル! あれほど子供のころは仲が良かったのに! お前という奴は!」
「ゼノ伯父様ごめんなさい。どうしてもリュークのことが腹立たしくて憎かったのです」
「殺したいほどリュークが憎かったのか?」
「俺の方がリュークに全て勝っているのに、フィリアは俺をちっとも見てくれないのが悔しかったのです。ずっとリュークに対して不満を持っていました」
フィリアへの嫉妬から、自分より劣る俺に負けた気分になって、段々俺への憎しみに変わっていったのか……憎まれているほどとは気付かなかったな。かなりショックだ。
「それほどフィリアのことが好きなのか?」
「はい、何度も諦めようと思ったのですが、諦めきれませんでした」
「父様、ラエルをこんな風にしたのはそこの従者のカスタルです。僕に暗殺者を向かわせたのもそいつです。それとそいつの実家も関与しています。暗殺者を紹介したのはそいつの父親です。学園用の専属従者になりたいがために、ラエルにフィリアのことで近づいて、僕の暗殺計画を唆したのが事の始まりです」
「ゲシュト伯爵家が関与しているのか?」
「違います! 私が勝手にやったことです!」
「黙れ! 調べれば判ることだ! カイン、すぐに手配しろ!」
「ラエル残念だ。お前のことは実の弟のように感じていたのにな……」
「カイン兄さん……ごめん」
ラエルはカイン兄様のことを実の兄以上に慕っていた。自分が目指す騎士科を首席で卒業した頼れる兄的存在なのだ。幼少時より『カイン兄さん』と呼ぶほどで、自分もああなりたいと努力して首席合格をとるほどだった……優秀なだけに残念だ。
兄様の手際は見事だった。二番隊隊長に指示し、すぐさま捕縛部隊を編成してゲシュト伯爵家に向かったのだ。
ラエルの父親にもすぐに連絡を行い、叔父様はこちらに神殿の転移魔法陣を使ってすぐさまやってきた。
叔父様は王都内の外れにに住んでいる法衣貴族なのだが、2人のテレポ保持者を使い村の神殿を経由して、ラエルの暗殺未遂事件から1時間でこの街までやって来た。テレポでの移動は高額なのだがそれどころではないと急いで来たようだ。
「ゼノ兄さんすまない。まさかうちのラエルが犯人だったとは……」
「うむ、殺人の依頼だけならまだしも、直接この毒針をリュークに刺したようだ。鑑定魔法で調べたらデスケロッグの毒がたっぷりと塗られていた。こんなもの刺されてよく死ななかったものだ」
「リューク、うちの息子が申し訳ない。毒の方はもう大丈夫なのかい?」
「はい、上級解毒剤を所持していたもので事なきを得ました。心臓まで針が達していたらヤバかったです」
針は後を残さないために、極めて細いモノに仕上げていた。
入浴中の心不全を装うために、この毒針を使うのは必須事項なのだ。
太い針で傷跡が残るようではダメだからね。
「ラエルがフィリアに気があるのは気づいていたが、まさかこんなことをするとは思ってもいなかった」
「同じ女を愛した者として、ラエルの気持ちは十分理解できるのですが、だから尚更許すわけにはいきません。もしここで許してしまったら、次は直接フィリアに手をだすかもしれない……そう考えたら叔父様には申し訳ないのですが許すわけにはいきません」
「俺が無理やりフィリアに手を出すわけないだろ!」
「自分の欲望の為に従兄を殺そうとする奴の何を信じられるんだよ……」
「クッ……確かに俺はそう簡単にフィリアを諦められそうにない。リューク、フィリアを賭けての決闘で果てたことにしてもらえないか? 俺は素手で良い、俺とフィリアを賭けた決闘をしてくれ! このままだと、お父様や王家の恥になる。決闘で果てたことにして、フォラル家の俺は暗殺に係わっていなかったことにしてくれないか?」
「お前は何を言っている! 見苦しいぞ! これ以上私に恥をかかせるな!」
ゼファー叔父様はラエルを今にも殺してしまいそうなぐらい怒っている。
「まぁ待て……ラエルの言い分も理解できる。このまま不名誉な死を与えては公爵家の恥だからな」
「ですが兄さん! うちのバカ息子がやったことは早々揉み消して良いような案件ではないでしょう? 女神様の神託のこともあります。リューク暗殺事件は皆が注目しているのです」
「ゼノ伯父様、俺は武器なしの無手で構いません。父に不名誉な目が及ばないようにご配慮ください。お願いします。リューク頼むよ!」
父様はしばらく思案したのち、俺にこう言ってきた。
「リューク、お前が決めろ。このままラエルに不名誉な死を与えるか、女を争っての死闘として送ってやるか、お前の好きにするといい」
死闘ということは、どちらかが死ぬということだ。つまりは罪人としての処刑ではなく、古風ながら騎士として名誉ある決闘での死を与えてやれというわけだ。このまま暗殺犯として死なせるのは叔父様にも父様にもラエルにとっても良いものではない。
貴族は名誉を重んじる……公爵家は王家の血筋なのだ。当然王家にも迷惑がかかる。それはなんとしても阻止しないといけない。
だからといって俺は殺人なんかしたくない。
「リュークお願いだ、このままだと皆に公爵家の名が貶められてしまう。せめて俺の命で償わせてくれ」
ラエルは俺に切実に頼み込んでくる。だが、殺人をするような事態はマジで勘弁してほしい。俺は只、異世界ライフを楽しみたいだけなのだ……アンケート調査できたのに殺人は無理です。
あと数日で帰還するのに、こんなトラウマ案件やってられるか!
『……マスターは甘いですね。ラエルは決闘で勝ってフィリアを手に入れようと最後のあがきを企てているのですよ』
『はぁ? ラエルは素手で相手をすると言っているのだぞ?』
『……さっきの練習試合で、ラエルは素手でも余裕で勝てると判断しているのです。ラエルはマスターに対し、全てにおいて勝っていると考えています。そのような相手にフィリアだけはどうしても振り向かせることができずに、腹立たしさを募らせてきた結果が暗殺だったのです。カスタルのせいにしてはいけません。マスターに対する根深い嫉妬が根底にあるのです。ちなみに先ほどお風呂場で捕縛されたことは、針を刺したので勝ったと思い込んで油断したからだと思っているようです』
これには流石に腹が立った。ずっと親友だと思っていた相手が俺を見下したうえで、どうしても唯一俺に勝てないフィリアのことに対し、俺を排除して勝利しようとしたのは我慢できそうにない。フィリアを完全に戦利品扱いしているのだ。
確かに俺が生き返っていなければ、公爵家のラエルがフィリアの家に婚約を申し込めば、間違いなくラエルの計画通りフィリアとの婚約は成立していただろう。王家の直系である公爵家というのはそれほど権力のある家格なのだ。子爵家のフィリアの実家が、公爵家の婚姻申し込みを断ること自体不敬にあたる。
死闘での勝負の結果は絶対だ。フィリアを賭けてとのことなら、もしラエルが勝てば今回の件はラエルの暗殺は決闘で帳消しにされ、俺の一人負けとなるだろう。
『……そうはならないでしょう。間違いなくゼノが怒り狂って、ラエルを殴り殺すと思います』
『確かに……万が一俺に勝っても、父様が許すはずがないね』
でも父様も叔父様もまさかラエルが素手で勝ちを狙っているとは思ってもいないだろうな。
「ラエル分かった。僕が自ら逝かせてあげるよ。フィリアを賭けるのなら一対一の正式な古来よりのルールに則った真剣勝負で、お互いに一切手加減なしだ」
「な! お前が俺に勝てるわけがないだろう! ふざけんな!」
「何でも有りの真剣勝負なら、僕はお前には絶対負けない。さっきお風呂場で捕まったのをもう忘れたのかい? フィリアを賭けるのなら、ハンディキャップなんかあったらフィリアに失礼だ。彼女は僕が死守するよ」
「はぁ……その条件で良いよ。じゃあ、やろうじゃないか」
『……クククッ、ラエルのやつ腹の中では小躍りしています! ああ、ラエルの内心をマスターに見せられないのがもどかしいほど滑稽です』
『そこまで歪んでしまっているのか……溜息ついて残念な奴を見る目をしやがって!』
「叔父様もそれで宜しいですか?」
「リュークには申し訳ないが、そうしてくれるなら有難い。ラエルに不名誉な死を与えるくらいなら、決闘の末ということの方がどんなに良いか……」
現在ラエルの拘束を解いて決闘に向けての準備中だ。
ラエルの亜空間倉庫内にあるものを全て出させて装備品以外のものを空にする。死んだ瞬間中の物がぶちまけられるため、決闘時の作法としてこういう取り決めがされているのだ。勿論暗器や替えの武器などは入れておいていい。
何でもありの死闘だ。勿論毒針などの使用も許可されている。
ここには身内しかいない。カスタルも騎士舎に連れて行かれて尋問中だ。この場にいるのは、ガイアス隊長、ゼノ父様、ゼファー叔父様、サリエ、俺、ラエルだけだ。
「不肖ながら、わたくし一番隊隊長のガイアス・F・ドーレストがこの決闘の見届け人をさせていただきます。懸けるものはお互いの名誉とフィリア嬢との婚姻、ルールは何でも有りの時間無制限、決着はどちらかの死ということでよろしいですか?」
フィリアの承諾なしで結婚相手が勝手に決まるのは変な話だが、公爵家の権力ならこれが当たり前にまかり通るんだろうな。
「「了承する!」」
「では始め!」
本気を出せば3秒で終わるが、舐められたまま終わるのは釈然としない。
剣で少し打ち合ってみることにする。ナナは魔法科の首席合格者だが、ラエルは騎士科の今年度の首席合格者なのだ。どれほどの実力か興味はある。
向かってこないので俺の方から仕掛ける……2撃、3撃と打ち合うが、全然俺の速度に付いてきていないし、ラエルの剣はとても軽い。
サリエ……お前強すぎだ。
朝サリエと稽古した時には、ラエルに対してもっと強いイメージを持っていたのだ。まさか命がけの本気が、練習試合の時とあまり変わらないとは思ってもいなかった。確かにラエルは強い。でもあくまで年相応で比べたらということだった。【身体強化】と【腕力強化】がMAXな俺に、入学前の学生程度が勝てる訳がなかったのだ。ラエルの剣が止まって見える。
「何だよお前! 稽古の時は手を抜いていたのか!」
「ああ、犯人がお前だと分かっているのに、手を晒す必要ないだろ?」
「クソッ! クソッ! こんな奴に俺が負けるはずがないんだ! 全てに於いて俺が勝っていたはずだ! クソッ! クソッ! 死ね!」
ラエルは、毒の入った瓶を投げつけてきた。
これを剣で弾いたり、体にぶつけてしまうと薄くて脆い瓶が割れ、中の液体を被るようになっている。まぁ、止まっているように見えているので、あっさり素手で割らないようにキャッチする。ラエルも魔法を少し使えるが、普通は詠唱が要るので、決闘では使えない。
だから敢えて実力差を見せつけるために【無詠唱】で中級魔法の【サンダラスピア】を視覚外から落とし、その硬直中に一瞬で間合いを詰め、心臓を一突きにした。
首を薙いだ方が苦しまないだろうが、血飛沫が舞うところなんか見たくなかった。
「グッ……【無詠唱】まで使えるのか……まさか本気でやってお前に負けるとはな……」
俺は結局ラエルを殺せなかった……心臓を狙った剣の一突きは、心臓の上の鎖骨の下に突き入れていた。
俺は咄嗟にずらしてしまっていたのだ。
「悪い……お前を殺すなんて俺にはできないよ……」
「リューク! 俺に生き恥を晒せというのか!」
「ごめん……」
「さて、どうしたものか……決着はどちらかの死ということでしたが?」
見届け人を務めてくれているガイアス隊長が声を掛けてきた。
「仕方がない。この勝負俺が預かろう……ゼファー良いな?」
「兄さんに任せます。リューク、殺さないでくれてありがとう」
父様に何か考えがあるようだ……俺には殺すことができそうもないので任せることにしよう。
ラエルが出血死しないように、中級回復魔法の【アクアラヒール】を掛ける。
完敗して死を望んでいるラエルは、俺の行為を腹立たしそうに睨んでいる……。
「ん! リューク様の圧勝! リューク様かっこ良かった!」
シーンと静まり返った中、場違いなサリエのはしゃいだ可愛い声が響きわたった。
父様は隣に実の弟が居るので大手を振って喜べないでいる。
叔父様も殺されなかった息子を見て安堵しつつも、複雑な表情をしている。今後のラエルのことを思っているのだろう。
ラエルはガイアス隊長に連れられていった。
ラエルのことを腹立たしくは思ったが、俺には殺人なんてどうしてもできなかったのだ。
当たり前だ……俺は異世界で楽しく遊びたいだけなんだもん。はなからそんな覚悟もないのに、殺人なんかできる訳がない!
「兄さん、ラエルをどうするか話し合おう。リューク、愚息のために迷惑をかけた……」
叔父様は俺に一言そう言って、鍛錬場から一人先に出て行った。
これで一先ずリューク暗殺事件は解決した。事後処理は父様たちがしっかりやってくれることだろう。
俺もこれでやっと安心して異世界を満喫できる。
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