1-26 ラエルの従者は酷い臭いがします
朝、目覚めとともに視線を感じそっちに視点を向ける。
サリエがこっちをじ~と見つめていたが、目が合うと顔を真っ赤にして視線を外して前髪で顔を隠してしまった。
「ん、リューク様おはよう」
「おはようサリエ。起きてたのか?」
サリエは今、俺の腕枕で抱っこされてホールド状態だ。
「ん、今目が覚めたとこ」
そう言いながら、俺のホールドから抜け出しベッドから出て行く。
布団からは、サリエの爽やかな香りが漂ってきて朝からとても心地が良い。
「今何時だ?」
「ん、まだ5時。リューク様はもう少し寝てていい」
起きるにはまだ少し早いが、今朝の目覚めは俺のこの数十年の中でも最高の朝と言って良いほどスッキリした目覚めだ。二度寝するには勿体ない。
『ナビーおはよう。サリエは今目覚めたと言っているが、いつから起きてた?』
『……マスター、おはようございます。20分ほど前に目覚めていましたが、マスターががっちりサリエを抱きしめて寝ていたので起こさないようにじっとしていたようですね』
『あらら、それはなんか悪いことしたな……気を使わないで起きれば良かったのに』
『……まぁ、サリエもマスターに抱っこされてまんざらでもなかったようですし、良いのではないですか。20分の間、マスターに腕枕されながら嬉しそうにじ~と至近距離で顔を見つめていましたからね』
『起きてからずっと見られてたのか……まぁ、サリエならいいけど。それにしても今朝は凄く良い目覚めだ』
『……サリエの個人香の効果を得ているのですね。同じくサリエも目覚めスッキリのようで、かなり驚いているようです』
なるほど、この爽快感は例のこの世界特有の個人香のおかげなのか。
「サリエ、どうやらお前の個人香のおかげで、今朝の目覚めはかつてないほどの爽快な朝だ。ありがとうな」
「ん、私も従者失格なほど寝てしまった。昨晩敵が襲ってきてたら気づかなかったかも」
「ああ、そのへんは大丈夫だよ。僕の探索魔法は敵が近づいたら起こしてくれるようになってるからね。こっそり近づいての不意打ちなんかできないから安心してていいよ」
「ん、でも本来従者の仕事。リューク様に甘えてたらダメ」
「サリエがよく眠れたならそれで良いよ」
「ん、ここ1カ月色々不安で寝付けなかったから、今朝はびっくり」
「そんなに長い間寝つきが悪かったのか?」
「ん、従者選抜が近づいてきたら選ばれなかったらどうしようって考えてしまってた。選ばれてからは、リューク様をどうやって守れば良いか考えたら、なかなか寝付けなかった」
サリエには色々寝付けないような不安要素がいっぱいあったわけだ。
「今日のラエルの件が解決すれば、少しは落ち着けるから頑張ろうね」
「ん、頑張る!」
折角の良い目覚めなので二度寝するのは勿体ないと、サリエと朝食ができるまで少しの時間散歩することにした。
昨日とはうって変わって今日は晴天だ。
「日が昇ったばかりの早朝の空気は爽やかで良いよね」
「ん、昨日の雨でさらに浄化されているから木々も喜んでいる」
「サリエにはエルフの血が入ってるから、そんなことが分かるのかい?」
「ん、多分そう。母様の血の影響だと思う。でも私じゃ感覚的になんとなくでしか分からない。ハイエルフ様なら木々と語らえるって母様が言ってたの覚えてる」
林を抜け出ると、草も生えてない少し開けた場所があった。
「ここいい感じの広場になってるね。ちょっと剣の稽古でもするかい? サリエは毎朝やってるんだよね?」
「ん、本当なら今の時間1人で剣の練習をやってる。リューク様に仕えてからは一度もやってないけど、ラエルのことが片付いたらまた再開する」
「そうなんだ。じゃあ今朝はせっかく2人いるんだから掛かり稽古でもしようか?」
「ん、やる! 1人じゃできないから嬉しい♪」
「じゃあ先にサリエが掛かり手ね。僕が元立ちをするから」
「ん、お願いします」
武器屋で練習用に買っておいた木刀を【インベントリ】から取出し、サリエと剣で打ち合う。
ここで重大なことが発覚した。
「う~ん、やっぱ思ってたとおりだ」
「ん、熟練度を強制的にあげてもダメってこと?」
「そうみたいだね。かなり動けるようになってるけど、【剣聖】レベル10の腕じゃないよね?」
「ん、せいぜい【剣聖】レベル5ぐらい。でも元が【剣士】レベル9だったのならやはり凄い事」
「そうなんだけど、なんかもどかしいよね。剣の扱い方も、体の動き方や裁き方も分かってるのに、体が付いてこない感覚?」
「ん、そんな感じ。私はそれなりに動けてるけど、どうして?」
「サリエは【剣王】レベル8をレベル10にしたけどそれ以外にも【身体強化】や【腕力強化】【俊足】なんかも同時に上げてるし、もともとの基礎ができてる分2レベルぐらいなら違和感なく動けてるんだと思う。いきなり【剣神】レベル10とかにしたら僕と同じように体の方が技術に付いていけないと思うよ」
「ん、じゃあリューク様の体に馴染むように練習すればいいのかな?」
「多分そうだね。技術的なことはマスターできているのだから、後は反復練習で体に馴染ませればいいだけだと思う。いきなり【剣士】Lv9を【剣聖】Lv10へと一気に上げたので、体の方が付いていけてないんだろうね」
「ん、じゃあ私と毎朝練習」
「うん、剣の方はサリエに基礎から教えてもらうとするよ、よろしくね」
「ん、剣なら教えられる。魔術師でも剣は覚えて損はない」
「何言ってるんだよ。僕たちは魔法剣士だよ。どっちも一流を目指すんだ」
「ん、そうだった!」
「種族レベルがまだ低いからサリエも【剣王】レベル10までしか上げられないけど、そのうちまたレベル上げに行って【剣鬼】を習得しようね」
「ん、リューク様と行く狩りは凄く楽しい! また行きたい!」
おそらくサリエともう一度狩りに行けるほどの時間は俺にはない。俺の創ったオリジナルスキルが残っていれば今後はリューク君が良いようにサリエに施してくれるだろう。俺の中にあるフィリアやナナに持ってる感情のようにリューク君にも俺の感情がしっかり残ると思う。サリエを無碍に扱うようなことはしないはずだ。
ちなみに【剣士】→【剣聖】→【剣王】→【剣鬼】→【剣神】と剣術の熟練度は5段階になっている。
最初の【剣士】の所は【剣術】と言ったりもするみたいだ。
槍なら【槍士】→【槍聖】→【槍王】→【槍鬼】→【槍神】
弓なら【弓士】→【弓聖】→【弓王】→【弓鬼】→【弓神】
拳術や棒術も同じく5段階になっている。これも【槍術士】や【弓術士】ともいう。
稽古を終え、朝食後サリエと最後の打ち合わせを行った。
後はラエルが仕掛けてくるのを待つだけだ。
約束してた時間の9時にラエルが訪ねてきた。
予想通り従者1、騎士2の3人だけしか連れてきていない。
『サリエ、殺気が漏れてるよ。ちょっと押さえて』
『ん、ごめんなさい。こいつがラエルをけしかけた首謀者と思ったらつい』
顔は前髪で見えないだろうが殺気が駄々漏れだ……念話で忠告する。
「ラエルおはよう」
「おはようリューク。昨晩の雨は凄かったけど、今朝はスッキリ晴れて良かったね」
「そうだね。わざわざ王都から葬儀に来てくれていたのに、会えなくて悪かったね。叔父様や叔母様にも悪い事した。ところで、そこの彼がラエルの従者になった人?」
ラエルの後ろにキツネ目の狡猾そうな顔をしたやつが控えている。俺の強化された嗅覚に悪臭が漂ってくる。暗殺者のジュエルでも嫌な臭いはしていなかった。つまりはジュエルの心根はやはり酷くないということだ。そしてこいつはかなり腐った性根なのだろう。よくこんな匂いの奴とラエルは平気で居られるものだ。
『……マスター、一般人程度の嗅覚だと余程でないと嗅ぎ取れないのですよ。しかも同じように悪臭をまとった人間には一切感じることはできないのです』
『それでか……【身体強化】と【嗅覚強化】が有る俺が特殊なんだな』
『……はい。でも、フィリアやナナやサリエのような良い匂いは、皆にも近付けば分かります。勿論マスターの匂いもです』
惜しいことに、すでにラエルは嫌な臭いが混じり始めていた。ほんの数ケ月前までは良い匂いがしていたのを思うと残念でならない。
どうしても、心の中でこの従者に出会わなかったら……と思ってしまうのだ。
フィリアに恋心を抱いてリューク君に嫉妬しているとはいえ、そんな奴は日本でもごまんといる。
一度覚悟を決めて歪んだ心はそうそう治るものでもない。そのうちラエルもこいつと同じような酷い臭いをまとうようになるのだろう
「ああ、紹介しておくよ。ゲシュト伯爵家の者だ」
「リューク様、おはようございます。ゲシュト家三男のカスタル・D・ゲシュトです。以後お見知りおきを」
「ああ、こちらこそよろしくね。じゃあうちのも紹介しておこう。サリエ」
「ん、ウォーレル子爵家の娘、サリエ・E・ウォーレル」
サリエはそう言ってぺこりと頭を下げた。
うーん、公爵家の者相手にする挨拶ではない。
「サリエ、30点だ。公爵家の者相手にする挨拶じゃないな。ラエル、ごめんね。まぁ口のきき方や礼節はなってないけど、それ以外は凄く優秀なんだよ」
「噂で聞いたのだけど、200頭ほどのオークのコロニーを潰したんだってな?」
「へー、もうラエルの耳に入ってるんだ。そうなんだよ、ほとんどサリエ一人でやっつけちゃったんだけどね」
「リュークは叔母様に似て、回復魔法は得意だけど戦闘系はからっきしだからな。でもこんな小さな子がそれほど強いのか?」
「うちの騎士団長たちより強いと思うよ」
「え!? カリナ隊長より強いとは聞いてたけど、アラン隊長よりは弱いよな?」
「その情報は古いね。コロニーを2つ潰し、レベルも上がって新たなスキルと1st、2ndジョブまで獲得したサリエは、おそらくうちの父様クラスだよ」
「ゼノ伯父様並みに強いのか!?」
「実際にやってみないと分からないけどね。どうだいサリエ、父様に勝てると思う?」
「ん、今なら10回やれば8回は勝てる」
「なんか、リアルな数字だね……」
ドアのノックがしたので招き入れると、使用人がお茶のセットを持ってきたようだ。それをサリエが引き継ぎお茶を入れる。
「リュークのお茶はいつもサリエが入れてるのか?」
「うん。サリエは毒の見分けができるんだって。食事に毒を入れられないよう、サリエが全てチェックしてくれているから安心だよ」
毒のチェックができると言うと、ラエルはかなり警戒し始めた。
自分が持ってきた毒針が見つからないかドキドキなのだろう。
「ん、匂いで分かる。でも余程近づかないと分からないので不便」
「匂い判別のスキルか……珍しいね。でも侍女としては良いスキル持ちだね」
「だよね。父様もよくこんな侍女を見つけたものだよ」
「ゼノ伯父様が教育したのかい?」
「サリエを育てたのは剣術で有名なウォーレル家だけど、サリエを見つけ出してウォーレル家に預けたのは父様みたいだよ」
「へー……そういえば昨日襲われたって聞いたけど本当?」
「確かに襲われたけど、どこで情報が漏れたんだよ。うちも結構ザルだな~」
「うちの騎士が君の家の本家のほうで聞いたんだよ。で、どうなったんだ?」
「どうと言われても、逃げられちゃったからね。サリエが瞬殺しようとしたから止めたんだよ。殺しちゃったら命令を出した主犯が捕まえられなくなるからね。覆面をしてたから顔も見れなかったし残念だよ」
「かなりの手練れと予想されてたけど、弱かったの?」
「う~ん、どうなんだろう? 僕には相手の強さなんか判らない……サリエ?」
「ん、大したことない。せいぜいアラン隊長と同じくらい」
「な! むちゃくちゃ強いじゃないか! リューク、この子は何言ってるのだ?」
「それくらいサリエは強いんだよ。お茶も美味しいしね。本当に優秀だよ。それに顔もめちゃくちゃ可愛いんだぞ」
「はぁ?」
「いや、凄く大事なことでしょ? サリエは妖精さんみたいに可愛いんだよ」
ラエルはサリエの顔を下から覗き込もうとしたが、サリエにプイってされていた。
「前髪で殆ど見えないじゃないか……」
「僕以外には見せないらしいからね。母親の遺言らしいから下手に覗かない方がいいよ? マジで切られるよ」
「ん、リューク様でも見せない。偶々見られてしまっただけ」
「え~そうなの? 僕には見せてよ」
「ん、リューク様でもダメ」
茶番だ。
本性をお互いに隠して、ラエルとくだらない会話を続ける。
サリエは約束どおり一切油断しない。俺の側を片時も離れない。誰も近づけない。
「リューク様、同じ従者としてウォーレル殿の剣の実力を見てみたいです」
「おお、それは俺も是非見てみたい。一汗かいて久しぶりに一緒に風呂でも入るか?」
向こうから本題に入ってきた。ラエルの方でも不自然にならないような想定で話の流れを持っていくよう事前に話し合っていたのだろう。こちらとしては好都合だ。
「風呂か。そういえば13歳の時に入ってから、もう2年ほどラエルと一緒に入ってないね」
「だろ。サリエの剣の腕も見たいしな。どうだ?」
「サリエいいかい?」
「ん、私は問題ない」
「ラエルは騎士科の首席合格だったよね。カスタルもやっぱり腕に自信があるタイプ?」
「ああ、結構強いぞ。でも騎士クラスにはまだ敵わないと思う」
「じゃあ、使用人に風呂の用意をさせておくから、外でちょっと軽く手合せしようか」
風呂の準備をするよう言いつけ、ラエルたちと外に向かう。
父様が付けた騎士2名が付いてきたがこれは仕方がない。彼らもこれが仕事なのだ。
今朝見つけた空き地まで移動して、木刀を使ってサリエメインの練習試合を行うことになった。
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