1-25 サリエにも苦手なものがあるようです
夕食後に部屋でくつろいでいたらサリエが聞いてきた。
「ん、ジュエルをどうするの?」
「どうするというのは、今後の扱いについて? それとも僕の暗殺に対しての処罰のことかな?」
「ん、どう言いつくろっても、リューク様を殺そうとしたのは事実」
「父様に引き渡せば間違いなく処刑だろうから、サリエには悪いけど逃げられたということにしようと考えている。ジュエルを実際に今後使うことになるかは分からないけど、いずれは役立つと思うんだ。父様だって家族には秘密にしているけど暗部は持っているでしょ? 表立っては知られていないけど、どうしようもない事案は裏でこっそり暗部で解決しているはずだよ」
「ん?……暗部の仕事って? どういった仕事?」
「そうだね、今回のラエルの事案も本来暗部が動くような事案だね。表立って父様が証拠もなくラエルを疑って調査したら、公爵家同士のいざこざになる。そうならないように、裏でラエルをこっそり暗部が調査するんだ。尾行したり、部屋を家探ししたり、ラエルの知人を全て捜査したりしてね。そこで証拠が得られたら、表に引きづり出してこの国の法で処罰を与える。証拠は押さえられなかったが、間違いなく犯人だということが判ったのなら、これ以上僕に危害が及ばないよう、それこそ暗殺でもして裏で裁くことになる。暗部は表だってできないことを裏でやるのが仕事だね。今回女神様の意向で何もしちゃダメだと言い含めてあるから、父様は我慢して傍観してくれているけどね」
「ん、貴族らしい黒い部分」
サリエは、ちょっと暗い顔をしてちらっと俺の方を見たが、すぐに視線を逸らした。
「サリエの言うとおり黒くて醜い部分だけど、誰かがやらないと綺麗事だけじゃ足元を掬われるのも貴族のいやらしいところだからね。僕の年齢や、学生という立場を考えたらまだ早いけど、ジュエルの忠誠は得られたから、そのうち必ず役立つ時がくると思うよ。ジュエルはその辺の犯罪者のように弱者をいたぶるようなことはしてないみたいだし、今後はあいつが殺した100倍の人数を生かせるように、人々の役に立ってもらうよ」
「ん、ジュエルのことはリューク様に任せる」
暗殺者には逃げられたということにして、ラエルとの一騎打ちの流れに持っていく。
「サリエは明日ラエルが来たら徹底的に警戒して、誰であろうと僕に近寄らせないように行動してもらえるかな? サリエが側に居たら僕に誰も近づけないと思わせるのがこの作戦の鍵になるからね」
「ん、分かった。お風呂以外では私の警戒で暗殺は絶対不可能と思わせる」
「そそ、ちゃんと言わなくても理解できているね。サリエは賢いね~えらいえらい」
そう言いながらサリエの頭をナデナデしてしまったのだが、頭を撫でられるのは気持ちいいようだが、子供扱いされたのはお気に召さないようだ。
「ん! また子供扱いして!」
「あはは、ごめんごめん。明日ラエルが来たら、剣の鍛錬にでも誘って、一汗かいたらラエルを風呂に誘うようにこちらから誘導してみるよ」
「ん、私はどうすればいい?」
「ラエルがもし従者も一緒に風呂に誘うようなら、サリエも入ると言ってほしい。そうさせないように断るから、僕とラエルがお風呂に入ったら、ラエルが連れてきた従者と騎士をサリエ1人で捕えてくれるかな。1人で数人相手にすることになるけどできる?」
「ん、問題ない」
「勿論殺さず捕らえるんだよ。おそらく明日連れてくるのは、今回の暗殺に関わっている学園用に与えられた従者が1人と、側付きの騎士2名だけだと思うけど、気を付けてね」
「ん、頑張る」
「ラエルの暗殺計画に執事の奴も一枚咬んでいるから、必ず生かして捕らえてね」
「ん? そうなの?」
『……マスター、その者は自分が学園用の従者に選ばれたいがために、本来の選考前にこっそりラエルに近づいてフィリア略奪計画を唆したようです。マスターに苛立っていたラエルは、喜んでその案に乗っかってしまったのが事の始まりですね』
『喜んで……。悩んだ末って感じじゃないのか……腹立つな……』
「ラエルの執事になった奴は自分が学園用の従者に選ばれたいがために、選考前にこっそりラエルに近づいて、フィリア略奪計画を唆したみたいだね。ジュエルのような腕利きの暗殺者の伝手も、そいつの実家が関わっているようだよ。よく考えてみれば、俺と同じ環境で育ったラエルが、個人であれほど凄腕の暗殺者なんか知っているはずがないんだよ」
「ん! 許せない! 皆一生懸命従者に選ばれるために努力しているのに!」
「僕の従者がサリエで良かったよ。父様に感謝だね」
従者候補として何年も頑張ってきたサリエからしたら、汚い手段で取り入ったばかりか、本来主人を良い方に導くのが務めなのに、暗殺という犯罪に誘導した従者の行為が許せないみたいだ。
サリエと明日の段取りを話し終えた頃には結構な時間が経っていた。ラエルがどう動くか分からない為に、いろんなパターンをサリエと出し合って作戦を煮詰めた。
「ふぅ、結構時間が経ったね。うわー、話に集中して気づかなかったけど、外は凄い土砂降りだね」
「ん、雨は嫌い……」
「そう? 俺は結構好きだけどね。さぁ、今日はもう寝ようか、明日上手くいくといいね」
「ん、きっと上手くいく。リューク様おやすみなさい」
サリエにおやすみの挨拶をし、互いの寝室に別れた。
『ナビー、ジュエル姉妹は今どうしてる?』
『……元気になった妹とかなり豪華な夕食をして、今は同じ部屋で寝ています』
『快気祝いでもしたのかな? で、逃げそうな気配はあるか?』
『……全くないですね。姉妹揃って心の底からマスターに感謝しているようです。体の調子が良くなっていつもより沢山美味しそうに食事するジェシルを嬉しそうに眺めながら、ジュエルも胃の調子が良くなって美味しく食事をしていましたね。アリア様はマスターが関わるのを少し不満げでしたが、黙って見守るようです』
『個人香は良い匂いだし、ジュエルの信仰値も結構高いのにね……』
『……マスターもそろそろお時間ですね。名残り惜しいです……』
『ん? 何の事だ?』
『……あ、制限を掛けられました……これ以上は話せません』
『何のことか分からないが、他に何か知っておいた方がいいような案件はあるか?』
『……そうですね。明日の夕刻にゼノが訪れるようです。どうやらセシアが完治したのを知って、マスターに色々聞きたいことがあるようです。すぐにでも訪問したい様子でしたが公務があるので明日の夕刻になるまで時間が取れないようですね』
『父様が? 夕刻ならラエルの件が上手くいけばそれどころじゃなくなっているだろうね。従弟による暗殺未遂事件の事後処理に追われているはずだから、セシア母さんの話は当分後になるね』
もう一度セシア母様のことも診察しておきたかったな……。
眠りに就いてうとうと始めたころ、ナビーが声を掛けてきた。
『……マスター、お休み中のところ申し訳ありません』
『ん、どうした! ラエルが攻めてきたか?』
外は土砂降りから、雷を伴った豪雨になっている。こういう状況はラエルの襲撃も十分有り得る。雷や雨音に紛れての襲撃というのは暗殺の常套手段だ。
『……いえ、隣の部屋でサリエが震えています』
『は? 何を言っているのだ? サリエ?』
『……はい、サリエです。実はサリエにとって雷はちょっとしたトラウマになっているようです。先ほどお風呂場でマスターに甘えてきたのは雨に打たれたせいもあるようです』
さっきお風呂で髪を洗ってほしいと、初めて自分から甘えてきたことかな?
『どういうこと?』
『……サリエの母親が亡くなった原因が雨によるものなのです。風邪を引いて高熱で体調を崩していた時に冷たい雨に晒され、それが元でその5日後に神殿で処置の甲斐なく母親は亡くなったのです。その雨というのが今のように雷を伴った豪雨のようです。雨や雷はサリエにとって母の死を連想させるようです。特に雷は木陰で高熱の母親にうだかれながら雨宿りを一晩過ごした恐怖が蘇ってくるようで……可哀想に、布団の中で耳をふさいで震えています』
『どうしてサリエの母親は、体調が悪いのにそんな雨に晒される事態になったんだ?』
『……サリエの母親は冒険者をしていました。普通なら街から街への移動は魔獣や盗賊を警戒して馬車で移動するのが常識ですが、ハーフエルフでそれなりに年齢の高い母親は優秀な魔法剣士でして、魔法も剣の腕も良かったのです。人種的差別が殆どないと聞きつけ、安住の地を求めてこの地を目指して徒歩で旅をしてきたみたいなのですが、目前で風邪を引き、やっと辿り着いたこの地で力尽きたようです』
ナビーからサリエの母親のことを聞いて、サリエの様子を見ようとドアをノックしたのだが返事がない。本来ならノックしても気付かないとか侍女失格なのだが、耳をふさいで布団を被って震えているのなら気付かないのも当然だ。サリエの返事がないまま、部屋の中に入ってサリエの布団をそっとめくる。
「ん! リューク様! ごめんなさい!」
サリエのごめんなさいは、どうやら気付かなくてごめんなさいとのことのようだ。布団を剥いだときのサリエは、俺が今日買って与えた剣を抱きしめ震えていた。目は涙で濡れていて、サリエの痛ましい姿を見た俺の心がギュッとなってしまった。
「サリエ、ちょっとおいで」
俺はサリエを自分の部屋のベッドに連れて行って座らせる。
うーん、どうしたものかな……考えた末の結論は、雷の音を消すだ。
【魔法創造】
1、【音波遮断】
2、・空間魔法・時空魔法・風魔法の併用魔法
・指定した空間内の音を操れる
・空間内の音を外に出さない ON・OFFできる
・空間内に音を入れない ON・OFFできる
・タイマー式発動時間の調整ができる
・最大発動時間は発動時に込めたMP量に比例する
・発動後、任意のタイミングで解除できる
3、イメージ
4、【魔法創造】発動
「スキル発動【音波遮断】」
ん!? まったく音の無い世界は気持ち悪いのが発覚!
ナビーに検索してもらい、すぐに調整した。
指定範囲はこの部屋、こちらの音を外に出さないにチェック。
外の音は50デシベル以内の音のみ聞こえるようにした。
持続時間は6時間ほどに設定、朝方までぐっすりできるだろう。
ナビーの検索で大体の基準が判った。
60db:一般的な家庭の朝・テレビ小音・小さな会話・大型クーラー
学校の授業・銀行内の音・office事務所
50db:とても静かな環境のライン・換気扇・住宅のエアコン・雨音
静かな室内・図書館・博物館
45db:ささやき声・鼻息・小雨の音・すやすや居眠り・防音用換気扇
昼の住宅街・コオロギの遠音
ちなみに、雷は130dbらしい。
「サリエ、音を操れる魔法を創った。サリエにもコピーしてやるから使うといい。【忍足】より無音に関しては優秀だぞ。先に戦闘エリアを広範囲で囲っておけば、魔獣を殺す際に声を出されても、外部に音が出ないから周囲の魔獣が寄ってきたり、仲間の増援の心配がなくなるからね。明日も先に使って、騎士たちを捕らえるといい」
「ん、分かった。他に用はある?」
「用はそれだけだけど……」
俺は布団をめくって、トントンと指で合図した。
「ん? 良いの?」
雷が余程怖いのか、すぐさま嬉しそうに布団にもぐりこんできた。
サリエに変な噂が立たないように考えないといけないのだが、今も雷が鳴る度に部屋がピカッと光るので、その度にサリエはビクッと体を震わせている。
『……マスター、フィアンセのいる立場ですので、サリエの世間体もですが、ご自身のことも気にしなくてはダメなのではないですか?』
『あ! そうだよね。フィリアのことすっかり忘れていた。可愛いサリエが怯えているから何とかしてやろうとしか考えてなかったよ。うーん、どうせ俺を起こすのもサリエなのだし、二人が黙っていればいいだけだから、怖がっているサリエのケアの方が大事だ』
俺にしがみついてきたサリエは小刻みに震えていた。母の死で余程の恐怖を心に刻んでいるのだろう。少しでも俺の存在で和らぐのなら、世間体なんか知ったことではない。
「サリエ、もう怖がらなくても大丈夫だからな。お前の大事な人が病になっても、今後は僕が全て治してやる。安心してゆっくりおやすみ」
「ん、女神様が私の事教えてくれたんだね。ありがとうリューク様……おやすみなさい」
俺の胸に顔をうずめて声を殺して泣いていたが、間もなくサリエは穏やかに眠りについた。
どうやら俺の個人香の効果が出ているようだ。
そう言えば俺の個人香にはリラックス効果と睡眠導入効果もあったな。
サリエの匂いを嗅ぎながら俺も知らないうちに眠りにつくのだった。
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