第4話 抱いてはならない想いと謎の自己犠牲男

「ふぅ」


 お腹も気持もいっぱいで、眠れなかった。そんな時は、いつも外の街灯で適度に明るいリビングのソファに座り続ける。

 アタシ一人だけのために誕生日を祝われたのは、初めてだった。

 アタシにとっての誕生日は、母が何か欲しい物を買ってくれる日に過ぎなかったからだ。我が家は『序列』をしっかり付けているので、妹の誕生日は盛大に祝われたが、非嫡子の誕生日が祝われることなど無かった。


「眠れないのか?」


 先生が隣に座る。誰も見ていないことを良い事に、その体に縋り付いた。

 呆れたように先生が頭に手を置いてくれる。


「ここで眠るんじゃないぞ。教師の家で生徒に風邪を引かせたくはないからな」


「どーせ眠れねーし」


 夜は、アタシにとって恐怖でしかなかった。

 あの男を殴りつけた手の感触が戻ってきて、鼻の奥から血の臭いが立ち込める。

 頭を優しく撫でられると、その恐怖は一気に消えていく。


 体の芯の部分が、少しずつだが、確実に熱くなる。その感覚を、アタシは嫌悪していた。

 この大きな手と大きな体に、抱いてはならない気持を抱いている。

 もう、お茶を一杯飲んだら寝ると告げると、先生は二階の書斎へと戻って行った。先生の本来のベッドは、アタシのせいで使えないからだ。



「おい、JK」


「は、はぁ? 何その呼び方?」


 そうだった。あの大学生が酔い潰れて、リビングに布団を敷いて寝ていたんだった。

 全く眼中に無かった。暗くなったリビングの中、上半身だけ起き上がった大学生が、アタシを睨んでいた。


「うるさい。お前は淫乱JKだ」


 酷い言い草だ。でも、反論の余地も無かった。


「お前の境遇には同情する。だが、あんな目で先生を見るな」


 そんな、そんな言い方しなくたって良いじゃないか。


 この大学生は先生におんぶにだっこのアタシを嫌っている。一応、教育実習生としてアタシのクラスに赴任することが決まっているらしいが、学校へ行けないアタシには関係のない事だった。


「あ、あの、そんなつもり、無いから、ちょっとくらいいいでしょ!」


 なんと白々しい反論か。

 この妙な単語を好んで使う大学生は、不登校の女子高生の言い草など、簡単に論破するだろう。


「良くない……お前、俺のいる下宿へ来い。あと二週間、教育実習が終わったら引き払うが、そのうちにちゃんと家に帰れるようになれ。金は俺が払う」


「は……?」


 何を言っているんだこの男は。

 しかし、一笑に伏すことなど、出来はしなかった。大学生の目は、有無を言わせない程、怒りに燃えていた。


 嫌いな人間と生活するなんて、この大学生も自己犠牲精神に溢れ過ぎだ。先生から学んだのかな。

 ただ、非嫡出とはいえ、名家の長女を匿っているのは先生の一家の行く末に関わりかねない。この提案はアタシにとっては渡りに船だ。

 問題は、眠れるかどうか。しかしそれは、アタシだけの問題であって、アタシが我慢さえすれば良い。


「下宿のババアには明日聞く。どうせボケてるから俺のイトコとでも言えば通る」


 ずんぐりして、顔はまぁ、普通という風体の男と、アタシの顔に共通点は見つからないけど大丈夫だろうか。

 一応お金も預金口座が止められていなければ、しばらく払えるくらいはあったはずだ。


「だ、大丈夫、かな?」


「知らん。ダメでも連れて行く。今日ここに来る時も、やたら家を見ている奴がいた。お前の関係者だな」


 もちろんアタシも気付いていた。だからアタシはこの家の迷惑になる前に出なくてはならないのだ。

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