第3話 廻る季節のジラソーレ ②


 あの日をきっかけに、アイリスの表情はガラリと変わった。


「タクト、まだ出れないの? 早く遊びに行こうよ!」

「もうすぐだから少し待ってくれ。まったく……」


 あれだけオドオドとしていたのに、今ではすっかり貧民街の顔なじみとなって。

 暇さえあれば廃教会へと遊びにいくことが日課となっていた。


 もちろん、一人で出かけるのはあまりにも不用心なため、自分も必ず付いて行く。

 遊びに行く前に《季節の塔》へと寄ろうとすると、アイリスは嫌がるので自分としては二度手間なのだけれど。


 そうして夏が過ぎ、秋が過ぎ。


 ――そして、冬がきた。


「いつもより、寒い気がするな……」

「確かニュースでは、今日から“冬”が始まるらしいからね。

 夏は極端に暑かったけど、冬はその逆らしいわよ」


「‟冬”か……」


 貧民街の子供たちも住む場所があるとはいえ、この寒さの中では辛いだろう。


 いくら手を加えていると言っても、廃教会は廃教会である。どうしても隙間風は入ってくるだろうし、暖房設備も整ってないはずだ


「――何かあったかい飲み物でも買っていくかな」






 そんな自分の心配をよそに、子供たちは冬でも遊び回っていた。

 今は鬼ごっこをしているようで、子供たちの口からは白い吐息がこれでもかと出ている。


「元気だなお前ら……」


「教会の中でじっとしてても、そんなに変わらないもんな」

「それなら、外でみんなと遊んでた方がずっと暖かいしね!」


 ……なんだったっけ。この状況を表す言葉は。

 『子供は風の子』? 確かそんな感じだった気がする。


 寒い中でも遊ぶだけで、なんで『風の子』になるのかは知らないけども。

 まぁ、こうしてみると確かに自由奔放で『風の子』っぽいか。


「それなら、飲み物もいらな――ん? 何か降ってきた……?」


 ――雨ではない。

 空からなにか、白いものがフワフワと舞い降りてきていた。


 その場にいた全員が、足を止めて空を見上げる。


「……ゆき……」


 子供たちに混ざろうとしていたアイリスが、ポツリと呟く。


「……雪。これが……」

 

 降ってきたそれを手で受け止めると――

 手の温度が伝わって、じんわりと溶けて水へと変わっていく。


 これまでの春、夏、秋にはこんなことは無かった。


 空から何かが降ってくるなんて。

 いや、雨は例外としてだけれども。


 初めて体験する‟冬”の風物詩に、子供たちは大いにはしゃぐ。


 雪がこうして降るだけで、街の景色がガラっと変わる。

 やっと本当の季節というものを、この身に感じられたような気がした。


「あんまり寒すぎるのも勘弁してほしいけど……こういうのもいいかもな」






 コロニーの中では、あれからも不定期に雪が降らされて。


 日に寄っては、半日で地面を覆うほどに積もることもあり、子供たちはいち早くそれに適応して、冬だけの遊びをいろいろ開発していた。


 ……流石に元気すぎると思うんだけど。


 冷たいだとか、そういうことですら楽しさに変わるらしい。

 冬真っ盛りでも、持ち前の体力と仲間との協力で、子供たちは寒さを乗り切ろうとしていた。


 そんな冬が続いていき、ようやく終わろうかという時期。

 じわじわと、されど確かに。コロニー内に異変が起きはじめていた。


「……おかしいわ」

「……どうしたんだ? 姉さん」


 それは朝食をみんなでとっていた時のこと。

 異常に気が付いて発言したのは姉さんだった。


「どうしたもなにも、もう三月の半ばよ」


 三月の半ば。


 確か、三ヶ月ごとに変わると発表されていた。

 夏は六月から八月まで。秋は九月から十一月まで。冬は十二月から二月まで。


 つまり、もう春になっていないとおかしいのである。


「コントロール・タワーの調整に手間取ってるとか?」


 季節なんて気温などの調節でしか現していなかったのだから、ある程度寒さが残っていたとしても誤差なのだろうと気にせずにいたのだ。


 いままで春、夏、秋と、上手くやっていたのだし。

 普通、そんなことが起こるだなんて思わないじゃないか。


 “冬”がいつまで経っても終わらない、だなんて。


 最初はもちろんこれといった被害があるわけでもなく。『冬が続いたぐらい、大したことなんてないじゃないか』と笑っていたのだけれど――


 日が経つごとに、僕にも危機感というものが芽生え始めていた。

 ……命の危険というものを、感じ始めていた。


 物事が起きる前には、必ずなにかしらの兆しがある。

 そんな当たり前のことも忘れていたのだ。


「これ……マズいんじゃないか?」


 雪が、寒さが、止まらない。


 コロニー中の景色が、真っ白に変わっていた。

 道という道が積雪によって埋まってしまい、交通網は麻痺し始めている。


 あれだけ元気いっぱいに走り回っていた子供たちも――

 一人二人と、廃教会の中で寒さに凍えているのが増えている様だった。


「ごめん、アイリスちゃん……。今日はお休みにするね」

「僕も……教会から出ないように言われた」


 それも仕方のないことだろう。僕はともかく子供たちの場合、雪がひざ下まで埋まってしまう。アイリスをここまで連れてくるのだって、仕方がないから肩車をしていた程だ。


 靴は足が濡れないよう長靴で。アイリスには傘をさしてもらって。

 ここまでくると、雨よりも格段にたちが悪い。


 まさか、たかだか天気がここまで影響を及ぼすだなんて、考えてなかった。

 こうやって廃教会で寝泊まりするのも、そろそろ限界が来るのではないのだろうか。


「あ、あぁ。体に気を付けてな……」

「…………」


 アイリスもこの天気に比例するように、暗い顔をして俯く。


 ……こんな状態でコロニーを放置して。市長はいったい何をしているのだろうか。

 やっぱり《季節の塔》になにかあって、その対応に追われているのだろうか。


「また、春が来れば遊べるようになるさ。俺たちも帰ろう」

「……うん」






「さて、工事現場ももう作業どころじゃないんだろうな……」


 いつも通り、差し入れを持ってコントロール・タワーへと向かう。


 もちろん、アイリスは家で留守番。どちらにしろ、これ以上連れ回すわけにもいかないだろう。風邪でもひいたら大事おおごとだ。

 医者を呼ぶにしても、医者へ連れていくにしても相当な時間がかかるだろう。それほどまでに今の状況は酷い。


 案の定、この雪の中で工事をしている様子もなく。作業員のまとめ役をしていたおじさんが一人だけ、簡易的に建てられた事務所で座っていた。


「あぁ、坊ちゃん。この雪の中歩いてきたのかい、お疲れ様」

「……お疲れ様です。おじさん」


 数日前から工事はストップしているらしく、あとの人は自宅に待機しているらしい。とりあえず、差し入れのコーヒーを袋から出して、二人で暖を取る。


 無言でカリカリと書類を作っているおじさんを眺めながら、頭の中では貧民街の子供たちのことが気になっていた。


 どう考えても、今のコロニーの状態は人が生きていけるような環境ではない。


「……なぁ、おじさん」

「ん? なんだい坊ちゃん」

 

 ……ダメ元でも頼んでみる意味はあるだろうか。

 一年近くこうして話したりして、いい人だっていうことは分かっている。

 その優しさに、縋っても大丈夫だろうか。


「できれば、子供たちあいつらを冬の間だけでも家に置いてやれないかな……。

 この季節は異常だ。このまま寒さが続けば……廃教会の中で凍えてしまう」

「あぁ……。いっつも坊ちゃんが世話をしている子供たちか……」


 机の上のコーヒー缶を手に取り一口。そのままの勢いで一気に飲み干すおじさん。

 僕はその様子を黙って見守っていたのだけれど……次第にその視線も、重たくなった空気に耐えられなくなるように下がっていく。


 ここで断られたとしても、仕方ないことなのは分かっている。誰かに頼まれたからと言って、この“冬”が終わるまでの間だからと言って、他人を家に置くなんて余裕が無ければできないこと。『はい、そうですか』と簡単に決められることじゃないのだ。


 ましてや、まだ働いて金を稼ぐ能力を持っていない子供たちである。負担はモロに受け入れた側にかかるだろうし。問題はそれこそ山のようにあるだろう。


 ――それこそ、雪だるま式に。


 語源も分からずに使われていた言葉だけど、実際に触れてみてその意味がよく理解できた。子供たちが雪だるまを作るために、雪玉をごろごろと転がして大きくしていたのだ。


「――確かに、このままじゃマズいだろうな」

「おじさん――」


 項垂れるように答えを待っていた僕が頭を上げると――

 おじさんは優しく笑っていた。


「分かったよ、他の奴らにも俺から声をかけてみる。

 みんな、自分の住んでいる街で人死にが出るのも嫌だろうしな……」






 こうして幾分か軽くなった心と荷物を胸に、再び廃教会へと訪れ、事情を子供たちに話した。

 いきなり『家に来ていい』と言われたところで、心の準備というものがあるだろう。おじさんたちのことだから、きっと良くしてくれるだろうけど、万が一のことを考えて、過度に期待はしないでほしいと一応釘は刺しておいた。それでも、やっぱり子供たちは暖かい家を望んでいたようで。いそいそと荷物の整理を始めるのも何人かいた。


 礼を言われながら、廃教会を後にして。

 これでみんな冬を越すことができると、安心した直後のことだった。


『――当コロニーに住む諸君。聞こえているだろうか』


「……? あれは――」


 街の所々に設置されているモニターに、映像が映し出されていた。


 どこかで見たことのある顔。というより、このコロニーに住んでいる以上よく見る顔だった。

 ――コロニー市長。


 このコロニーの最高責任者が、コロニー中へ向けてライブ放送を流している。


『季節を廻らせている女王の一人が、《季節の塔》から抜け出し――

 コロニーの中へと出て行ったまま帰ってきていない。これは由々しき事態だ』


 《季節の塔》――コントロール・タワー?


 ‟季節を廻らせている女王”という言葉の意味がよく分からないけども。

 その単語だけで、僕の足を止めるのには十分すぎる内容だった。


『春の女王が戻ってこなければ、春が来ることはない。永遠に冬のままだ。

 それはこのコロニーが始まって初の大事件である』


 “春の女王”が帰ってこないと、雪は降り続けるまま。

 この“冬”の異常気象は、抜け出した‟春の女王”のせいで起きているらしい。


『これまでは秘密裏に捜索していたのだが、もうなりふり構っていられない。

 春の女王を見つけ出し、連れてきたものには好きな褒美を取らせよう』


「褒美か……自分だったら何を望むだろうなぁ……」


 春が来る上に好きなものを貰えるだなんて、一石二鳥。至れり尽くせりだ。


 ……好きなものを、なんでも。

 富も名声も、そして地位も。というのは物語の見過ぎだろうか。


『ただし、春の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。

 季節を廻らせることを妨げてはならない。生かしたまま連れてくること。

 もちろん、管理局へ報告をするだけでも構わない』


 その甘い誘惑に抗える奴なんていないだろう。運が良ければ明日にだって――いや、次の瞬間にだって人生が百八十度変わるかもしれないのだ。誰だってそう、もちろん自分だって例外じゃない。


 目の前にその“春の女王”がいるのなら、すぐにでも連れていくのに――


『この少女が――』

「――っ!?」


 そして最後に映し出された映像を見て、目を疑った。


『春を司る女王、フリージアである』


 モニターにはっきりと映し出されたのは――金色の髪の毛をした女の子。

 流れてきた名前は違うけれども、その姿だけは見間違えようがない。


 それは――


「嘘だろ……?」


 かつて自分が貧民街で拾ってきた少女、アイリスの姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る