第2話 桜の木の下で①
僕と神崎先輩が出会ったのは、僕が高校に入学してからすぐのことだった。
そう、あれはまだ春。
初対面の人ばかりで、何だかよそよそしさが漂う教室に飽きて、僕は学校の周りを歩いていた。
体育館、社会科準備室、部室棟……。いくら高校と言っても、中学校とそれほど違わなかった。ただ一つだけ、僕の目を引くものがあった。
僕は、部室棟の脇を抜けて、グラウンドに出た。するとそこには、大きな一本の桜の木が立っていた。その桜の木から、風が吹くと、綺麗な薄ピンク色の花びらが舞い散るのだった。
僕はゆっくりとその桜の木に近づいた。そして太くて大きな幹にそっと手を当てた。その幹からはドクンドクンという脈の音が聞こえてきそうなほど、生命力にあふれていた。
「好きです!」
という女性の声が聞こえたのは、決して遠くはない、むしろすぐそばで言われたような気がした。
僕は首を傾げる。何かの聞き間違いだろうか。
「好きです、好きです、好きです!」
声の出どころは僕が立っている木の反対側だった。木の陰に隠れて、なぜだか「好き」を連呼している彼女も、近づいてきた僕も気づかなかった。
「好きです、好きです、好きでう! あっ」
噛んだ。
告白ではなさそうだ。何か練習だろうか。演劇部か何かにしては、セリフのレベルが低すぎる。まあ、十中八九、告白の練習だろう。
僕は一歩一歩、彼女に気づかれないよう、後ろに下がっていった。こんな告白の練習を見られたら誰だって悶え死にたくなる。僕は心の中でそっと、彼女の告白の成功を祈り、桜の木に向けて、背を向けた。
しかし、僕が足音を忍ばせて、校舎に向かおうとしたその時――
「もう……無理。もう……ヤダ。こんなのありえない」
彼女がすすり泣き始めた。
僕はつい、足をとめてしまった。
あの時、僕が足をとめてしまったのは、僕の優しさだったのだろうか。はたまた、ただの弱さだったのだろうか。今になっても分からない。
僕はチラリと肩越しに桜の木を振り返る。
彼女のか細い泣き声が聞こえる。
「もう……死ぬぅ」
ああ、これ絶対死なないやつだと頭で分かっていても、僕の足はずんずんと桜の木の方に向かった。
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