第2話
「あっという間に抜けたなー」
歩く事一時間ちょっと、俺たちは迷う事もなく無事に森を抜けた。
こういう時のお決まりって、魔物が出て……。
みたいなイメージがあったのだが、本当に何事も無かった。
「そうだ、お金はどこに……あった!」
八坂の着物のような衣服の懐から、巾着のような物が出てきた。
綺麗な朱色な巾着から金銀銅のお金を取り出す。
「ここの通貨ってやっぱり現代の日本と違うのか。銅貨、銀貨、金貨って感じだな」
「大狐様が言うには、金貨一枚で銀貨十枚、銀貨一枚で銅貨十枚らしいです。分かりやすくて助かりました」
町のような場所は活気づいていた。
どこかで見た事のあるような露店に、色とりどりの建物。
辺りに心配するような、魔物の気配なんて微塵も感じさせない。
「旅の人かい? こりゃ随分と見かけない格好だなー。そんな事より、どうだい兄ちゃんと姉ちゃん! うちの果物は美味いよ!」
「では、うーん。……それを二つ」
財布を持ってお金を支払うのは八坂だ。
林檎に酷似した果物を手に持って俺を見る。
「見て下さい、慎太郎様! 私も初めてお買い物が出来ました!」
神の世界には通貨という概念はないのか、八坂は嬉しそうに尻尾を振るう。
その姿が昔飼っていた犬を思い出させて、思わず俺は頭を撫でていた。
「わわっ! ……えへへ!」
狐なんだけれど、やっぱり何だか犬っぽい。
そういえば昔狐を飼いたいと駄々をこねた事があったなと、懐かしみそれと同時にエキノコックスと言う狐特有のアレを思い出した。
いや狐といえども八坂は狐神だし、関係無いとは思うんだけど。
「では、慎太郎様。食べましょうか」
「こっちに来てから初めての食事になるのか」
頂きますと、八坂は丁寧に手を合わせて林檎もどきを頬張った。
美味しいそうに食べる八坂。
爽やかな果実の匂いがして、俺も我慢出来ずにすぐさま噛り付いた。
「美味しい! 林檎に近いけど、ちょっとしょっぱいな」
その後俺たちは、あてもなくぷらぷらと市を彷徨いた。
本当に色々な物が売っている。
緑色の回復薬とか、カッコいい剣とか。
どれもこれも初めて見るので、目移りしてしまう。
「うおおお、騎士だ!」
生まれて初めて本物の騎士を見た。
かつての見世物であった騎士を思い出すが、まぁいわばパレードみたいな所でしか見たことはない。
馬に跨り、白銀の鎧を身に纏い堂々と市を渡り歩く様は、いつか絵本で見たままだった。
「慎太郎様、先ほどから何やら着いてくる人影が」
俺が興奮している傍で、八坂は波が引くように小さく耳打ちした。
「確かに俺たち田舎者丸出しだもんな。スリとかだったら嫌だし適当に人が多い所へ移動しよう」
今度は俺も感じ取れた。
随分と適当な尾行だ。
今まで尾行なんてされた事もなかったから、上手い下手なんて言うのはあれかもしれないが、さっきからよく耳を澄ませば、足音がずっと聞こえている。
「……なかなか諦めませんね」
どうにか距離を離しているものの、完全に引き離すのは難しい。
かと言って、人通りの少ない所だと危ないかもしれないし。
「なら、こうだ!」
前を歩くフリをして、後ろを向く。
単純なフェイントではあるが、今までしなかったので効果は覿面だった。
「わっ!」
ずっと後ろにいたのは、小さな少年だった。
焼けた小麦の肌に、ボサボサの髪、おまけに服は擦り切れて継接ぎだらけだ。
俺は何となく無視できずに、声をかける。
「ずっと後ろをついてきてどうしたんだ? はぐれたのか?」
「違う。何か食べ物が欲しくて」
グゥと少年のお腹が鳴る。
俺は市を見ている時に買った、小さなパンを三つ程少年にあげた。
「ほら、俺たちちょうどお腹が一杯だったから。これ、やるよ」
紙の袋に乱雑に入れられたパンを、嬉しそうに少年は受け取った。
「良かったのですか?」
八坂は俺見ながらそう言った。
ここにはあげても良かったのかという意味と、子供を甘やかして良いのかと言う意味の二通りある。
「構わないよ。言っただろ、腹が一杯だって」
「ふふ、そうですか」
八坂はそれを聞いて何だか嬉しそうに笑った
そんなに笑う所かな。
俺は何だか自分の行為が恥ずかしくなり目を逸らす。
「貴様らだな、茶族にパンをやったのは!」
それからしばらくして、まさか自分たちが先ほど見た騎士に怒られるなんて誰が想像出来ようか。
「茶族? 申し訳ありません。何かしましたか?」
「……全くこの国の大英雄マラード様が出したお触れを知らんのか。どこから来たのか知らんが旅人よ。悪い事は言わない、今すぐ次の町なり国になり行くが良い。この町はマラード様が来てから変わってな。厳しいお触れに逆らえば首はちょん切られると思え」
この世界でもこんな差別のような事があるのか。
俺は呆気にとられ、同時に少し悲しくなった。
早速現実を思い知らされる。
「……ま、マラード様!」
良い恰幅をした男が漆黒の馬に跨り、こちらに駆けてくる。
どうやらあれがマラード様、らしい。
「太っちょですね、マラード様は」
八坂がからかうように小声で言った。
俺は少し笑いそうになりながら、八坂を制する。
「やめとけ、聞かれたら首切られるぞ」
ドタドタと蹄の音がする。
馬も上重そうにしながら、土煙をあげて走り寄る。
「茶族にパンを与えたど阿呆はこいつらか?」
「……いえ、違うようです」
先ほどの騎士が俺たちを守る為に、嘘をついてくれた。
声は少し震えていたが、確固たる意志がそこにあった。
……優しい嘘もあるもんだ。
「ふうむ、それにしても珍しい旅人だな。……そなたは美しいな、名は何という?」
マラード様はその濃いお顔でじっと八坂を見つめる。
いやらしい、とは早計であるが、そう思うのも仕方ないほどの舐めるような視線。
何でこういう権力者は女に飢えているのか。
権力者=女、その図式がここでも成り立つのは、人の性である。
ここは、仕方あるまい。
「正野慎太郎です」
俺に対しての質問ではないと、知っていながらも、俺はそう返答した。
「馬鹿者! 美しいのは貴様ではないわ!」
チラリと騎士を見ると、笑いを堪えていた。
良いツッコミですね。
「八坂です」
八坂は観念したのか明らかに嫌そうな顔をしてながら名乗る。
声は俺と会話している時よりも低くなっていた。
「ヤサカ、か。良いな気に入ったぞ!我が宮殿へ参れ」
マラードがペロリと舌舐めずりしながら、八坂を眺め回す。
下から、上へ、じーっと。
うへぇ、俺はこんな大人になりたくない。
「嫌です」
八坂がはっきりとした拒絶を告げる。
けれど、大英雄なだけあるのかマラードはいきなり激昂はせずに笑いを崩さず、八坂に問う。
「何故だ? 宮殿なら小汚い宿屋に行く必要もないし、食事もずっと美味しいのを出せる」
「私は慎太郎様のお付きですので。丁重にお断りさせて頂きます」
「ほう、この大英雄マラード様の誘いを断るか。良い良い、おい」
マラードは高笑いしながら、鋭い目で隣の騎士を呼ぶ。
あまりに丁寧な八坂の断りは、見事だった。
「はっ!」
「この男を処刑せよ」
……えぇ、いきなりすぎるだろ。
一応、いきなり激昂しないところは評価してたのに。
「ちょっ、ちょっと! 何故そんな結論に至るのか教えて下さい!」
理不尽とは、こういう時に使うのだろうな。
生き返ってものの一日で殺されては堪らない。
俺は反抗の意思を感じさせないように、落ち着いて質問する。
「邪魔だからだ」
冷めた目つきで俺を見つめるマラード。
これって……邪魔だから消すっていう無茶苦茶な構図だよな。
海外のドラマかよ。
このままなら本当に殺されるだろう。
どうするべきか、逃げるか?
いや、馬相手なら逃げ切れないか。
「いや、待って下さい!」
ーースキルを発動しますか?
頭の中で声がした。
「マラード様!」
両の手でマラードの腕をガッチリと掴む。
バチ、バチ、バチバチ。
電気のような衝撃が手からマラードに伝わった。
「放せ、と……と?」
そう言葉を続ける事もなく、すっぽんぽんの男が馬の上に座していた。
服や下着は、弾けて消えた。
俺だって驚きを隠せない。
物質が消え去るのだ、驚かない訳がない。
「き、貴様ぁああ! くっ、許さんぞ!」
そう捨台詞と共に馬に跨り駆けて行く。
——英雄、殺しか?
殺すとは、社会的に殺せるということなのだろうか。
思わず両の手を見つめると、市から喝采があがった。
「マラードの奴見たか! やるなー旅の兄ちゃん!」
「本当よ! いつもいつもお尻とか触れてて嫌だったの。清々したわ、ありがとうね」
「おい、市の皆待て! そんな事を言えばマラード様に殺される……ぶふっ」
騎士もその姿を思い出したのか、腹を抑えて笑い出した。
「確かにああなれば英雄なんて呼べませんね。ありがとうございます、慎太郎様!」
「いや、驚いた。あのままだったら本当に殺されてたかもしれないし、結果オーライだな。……それにしても服を剥ぎ取るなんて、何て能力だよ」
その日、マラードは町に姿を見せることなく、町は活気に溢れていた。
死んだら凄い能力と神様を貰ったんですけど、俺が最強でも良いですか? 鮎太郎 @ayutaro
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