死んだら凄い能力と神様を貰ったんですけど、俺が最強でも良いですか?

鮎太郎

第1話

 誰だって一度はするだろう。

 教室にテロリストが乱入してきてそれを倒すって場面を想像する、昼過ぎの妄想。


 現在、午後一時過ぎのお昼のゆるやかな時間は重く苦しい時間になっている。

 教室、職員室、体育館、渡り廊下に至るまでも、俺たちはその全てをテロリストに占拠されていた。

 上空には魔石を使ったヘリがプロペラ音を垂れ流しながら、学校の周りを旋回する。

 校庭にはたくさんの魔法警官が居て、きっと機動隊はもうすぐ突入するはずだ。

 けれど、それじゃあ間に合わない。

 俺だけじゃなく、この教室のみんなも既に気付いている。

 教卓に置かれていた、そして今男の手に渡ったあのボタンはここを、いやこの学校さえも爆発させる。

 そんな為の物だって。


「……そうだ、動くんじゃねえぞ! 動いたら、こいつを背後から撃ち抜くからな!」


 この手の妄想ってのは、絶対死なないから安全でかつ大胆になれる。

 だったら、この出来事だって同じだ。

 今は人質だけど、俺は死なない。

 現実はちゃんとうまくいって俺は勇者になって、みんなを守れるはずなんだ。

 そうして、俺は死なないビジョンを自己暗示する。

 じゃなければ、俺がしようとしてるこの愚かな行為はとても成しえない。

 そもそもの話だが、こんなチャンスは二度とないかもしれない。

 ああ、俺は信じられないぐらいに馬鹿だ。


 人質一人で、魔法爆弾を止めれるなんてラッキーとさえ思い始めてる。


 身体の汗腺からじっとりと汗が噴き出す。

 息は荒く、油断すれば気絶しそうだ。

 ガチガチと歯が擦れて音を鳴らし、手が大きく震える。

 それでも、黒いマスクを着用した男に俺は立ち向かう事を決めた。


 それは、勿論半端な気持ちなんかではない。

 俺はずっと漫画やアニメに出てきたヒーローに憧れていた。

 颯爽とみんなを救い、笑顔に変えていく。

 そんな強くてカッコいい英雄に。

 ……いや、それはあくまで自身を欺く為に思い起こした、ただの虚像だ。

 死にたくない、まだ生きていたい。

 生への執着から、動こうとしている。


「おい! や、やめろおおおお!」


 震えた声音だが強く。

 そこには反抗の意思をキッチリと添えて。

 そんな俺の声にビクつきガッチリと掴む腕の力が甘くなった。

 好機はここだ。

 俺はテロリストを引き離そうと、大きく回転するように動いた。

 そしてグッと腕を伸ばして、ポッケに大事そうに入れられた起爆スイッチを取り上げようとする。

 相手も焦っているのか、どう考えても今すぐ作動させるのは無理だろう。

 ならば、より早く。

 俺を突き動かすのは、ただ単純にスイッチを取り上げる。

 それだけだった。


「テメェ! 俺は動くなって言っただろうが! こちとら一人殺そうが二人殺そうが関係ないんだよ!」


 俺のその行動は勇敢なのか、それともただの蛮行だったのか。

 俺の予想外の行動に慌てたテロリストは、躊躇なくその手に持つ銃を発砲した。

 バーンと乾いた音ともに、これから俺を迎える死を確信する。

 きっとこの銃弾は、きっと俺の心臓を貫くだろう。


「あ、え……?」


 情けない声が漏れ出す。

 肉を抉り、銃弾が俺を貫通していく。


「きゃああああ! し、慎太郎(しんたろう)君が!!」


 何だよ、俺の人生ってこんな呆気なく終わるのか?

 平々凡々、成績も普通で顔も無個性、友達も少ない。

 そんな俺が振り絞った勇気や生きたいという希望なんて、こんなちっぽけな魔法弾の一つで打ち砕かれた。

 よく聞く走馬灯、っていうのかな。

 あれって死ぬ前でも流れないもんなのか、知りたくもなかったけど一つ勉強になったよ。


 もしも、もしもの話だが、この世界に神様がいるなら。

 一つだけ願おう。

 次は本当に誰かを守れる強さが欲しいって。




「……あ、れ。俺は生きてるのか?」


 ふと、目が覚めた。

 白く神々しい光に包まれた世界。

 何となくここが死後であると分かり、辺りを見渡した。

 ……そっか、やっぱり俺は死んだのか。

 体を貫いた銃弾の跡は、今もくっきりと俺の胸に残っている。

 ペタペタと自分の体を触ってみるが、それ以外は何も変化はなかった。

 まぁせいぜい変化しているのは、この傷と俺の服が死装束になっているぐらい。

 否が応でも、俺が死んでいると自覚させたいらしい。


「少し歩いてみよう」


 案内もなければ、指示もない。

 すれ違う人もいなければ、建物も無かった。

 しばらく歩き続けると、遠くに人影が見えた。

 あれは女性、だろうか。


「あら? あらあらー! あなたが正野≪しょうの≫ 慎太郎様ですね! 初めまして!」


 ここに来て初めて会った人は、女神の様だった。

 美しいとか、神々しい人とかそんな在り来たりな事しか言えない。

 稲穂を思い浮かべるような金色の髪、大量に水分を含んだ茶の瞳。

 色っぽい潤んだ唇を開くと、小さく八重歯が見え、それがまた魅力的に見える。

 尾があり、それが大きく横に振り子のように振られて、ようやく人じゃないと俺は理解する。


「この度、慎太郎様にお仕えする事になりました。狐神の八坂です。お気軽にや・さ・か、とお呼び下さい」


 狐神? 俺に仕える?

 慣れないワードに戸惑いを隠せない。

 何もない白一面のこの場所で、この女性は何を言っているのだろう。


「これ、八坂! きちんと説明せんか!」


 間髪入れずに今度は、天から大きな狐が降りてきた。

 降りるというか、降ってくるとかの方がよほどしっくりくる。

 全身を八坂と同じような金の毛で覆っていて、これまた獣としてとても美しい。


「これは大狐様、失礼致しましたっと。えーと、ですね。……うーん、どうにも八坂には説明出来ません。何せ口下手ですので」


 そう八坂が言うと、大きな狐が尾をブンブンと振ってため息を吐く。


「恥ずかしいだけじゃろ。……まぁ、ええわい。正野様初めまして。大狐と申します」


 そう俺に挨拶すると狐は深々と頭を下げて、尾を伏せた。


「そんな畏まらなくて良いですよ。俺も何が何だか分からないですし」


「ほうほう、随分と寛容ですな。狐の姿を見ても驚きもしないと」


 いや、もう既に混乱はしている。

 脳が驚く機能を削ぎ落としたのかと疑うほど、上手くリアクションが出来ないだけだ。


「先に結論から述べますぞ。二度目の生に興味はありませんかな?」


 狐はその虚言のような台詞を堂々と俺に言う。

 二度目の生、まるでおとぎ話みたいじゃないか。

 俺だってそれに縋りたい。

 けれど、断じてそれはあり得ない。

 常識を前提として、人は死ねばその後生き返るなんて不可能だ。

 死ねば大半は、転生してしまうのだから。


「それが出来たら凄いでしょうけど。現実はそこまで甘くないと、今さっき知った所です」


 俺はため息が出そうになるのを抑えながら、そう大狐に返答する。


「諦めるのはまだ早いですぞ。慎太郎様が思っているより、さっきの功績は凄いのです」


 さっきとはテロリスト相手に無様に撃ち殺された、その事を言っているだろうか。

 だとすれば、それは何かの見当違いだ。

 あれこそ、身の程知らずという言葉を表す一例に相応しい。


「実はあの時、慎太郎様が抵抗していなければ学校は爆弾によって爆破されておりました。生存者はもちろん一人も居なかったでしょうな。けれど、慎太郎様を撃ち殺してしまったテロリストはその後、罪悪感かそれとも別の感情からか。爆発させるという因果を曲げて、ボタンを押すのを躊躇った。その隙に機動隊が到着し制圧。全員無事と。……如何ですかな? 死後に英雄となった気分は」


 皆が助かって嬉しいような、けれどその場に居ることが叶わなかった悔しさが一様に押し寄せる。

 でもそうか、ある意味で守れていたのか。


「そうですね。……良かったです、本当に」


「もう一度申します。二度目の生に興味はありませぬか? 我々ならあなたを本当に生き返らせれる」


 八坂は大狐の後ろにひょこりと隠れ、頷きながらこちらを見た。

 そのような結果を聞かされて、それに魅力を感じない人がいるのだろうか。

 今度こそ生きて守りたいと願う俺に、そんな餌をぶら下げればあとは、その頭を下げて頷くしかない。


「……そう言われると、あります。俺は生きたい!」


 今度は誰の犠牲も出さずに守れれば。

 それはどんなに幸せな事だろうか。

 そこに自分がいれば、どれだけ嬉しいのか。


「それなら良かった。ここ日本の神々の間でも随分と話題になっておりますのでな。こんな勇気のある方をこのままにしておくのは勿体無いと。では、早速。……ああ、そうそう! 不便にならぬよう、慎太郎様には二つの贈り物を我々からお贈りいたしますぞ」


「不便にならぬような贈り物? 俺は日本に帰るのではないのですか?」


 言葉の違和感を指摘すると、大狐は困った顔で俺を見上げた。


「……ううむ、鋭い。実は現代には戻れません。日本ではあるのですが、有り様が少し変わってまして。普通ならみな異世界へ転生するのですが、慎太郎様には違う形でこの国に残ってもらおうと」


 なるほど、断られる可能性を下げるためにそこは伏せたのか。

 聞けば聞くほど、漫画や作り話のようだ。


「お金も困らぬように手配しておりますので。何卒……!」


「分かりました。それだけで充分です。……チャンス貰えるだけ有り難い話ですから」


 死んで、転生せずに生き返る。

 一応日本と同じなので、言語も問題なさそう。

 それにしても、だ。

 俺はそこまでしても生きたいのか、自分の生に対する執着に改めて驚いた。

 それとも生き返るというワードに高まっているのだろうか。

 今度こそ、今度こそは。


「助かりますぞ。では、一つ目の贈り物は。これ、八坂! 慎太郎様のお側へ」


 ……え、は?

 照れながらも、それを受け入れて八坂は素直にこちらに寄って来た。

 待て、待てよ! これって、どういう……!


「ああ、心配ご無用。八坂は既に了承しておりますのでな。何よりこやつ自身から慎太郎様の側でお仕えしたいと申しておりますから」


 俺の混乱を悟ったのか、大狐は補足の説明をしてくれた。

 それが余計に俺の思考回路を焼いていく。


「コホン! ええ、この八坂。御霊が燃え尽きようとお仕えさせて頂きますので!」


 そうか、分かった。

 これは俺の夢だ。

 生き返るどころか、美人な狐神もセット?


「どんな妄想垂れ流しの夢なんだか。オラッ、起きろ俺!!」


 ……くっ! 痛い、痛いぞ!

 じんじんと殴った所が響く。

 途中からどんな都合の良い夢を見ているのかと、自分の馬鹿さに呆れたが、どうやら嘘ではないらしい。

 深呼吸と共に冷静さを取り戻そう。


「夢ではありません。八坂は体を張って戦おうとする慎太郎様にお仕えしたいと思ったのです」


 ケロリと笑いながらそう言ってのける八坂。

 ドキリと俺の心臓が飛び跳ねた。

 金色の髪を束ね、いつでも準備オッケーの合図を大狐に出す。


「もう一つの贈り物は既に用意しておりますので。では八坂よ。神の守護があるといっても無理はさせぬように。いってらっしゃいませ」


「ちょ、待っ……!」




 光のトンネルを滑り台のように滑っていく。

 高速でどこかへ向かうそれは、ジェットコースターのように速く、そして激しい。

 俺はそれによって大きく吐き気を感じていた。


「八坂、冷静に聞いて欲しい。なんか俺吐きそうなんだけど」


「慎太郎様、もう少しです! 耐えて下さい!」


 降り立った時にはグロッキー。

 俺は四つん這いになりながら吐き気と戦っていた。

 うへぇ、まだ目が回ってる。

 せり上がる胃液を落ち着かせる為に、深く呼吸して何とか耐えているが、いつダムが崩壊してもおかしくない。

 しばらくするとちょっとマシになったので、それまで視界に地面しかない状態から、顔を上げて新しい景色を見る。


「何だここ、森なのか」


「森ですねー。もう冒険が私たちを待ってます! 慎太郎。吐き気は大丈夫ですか?」


 八坂は心配そうに俺の背中をさする。


「だいぶ落ち着いた。……ありがとう。けど、それにしたって文字やお金は大丈夫って言ってもここじゃ、何の意味もないのかな」


 辺り一面に木と木と木。

 そうだ、大狐様が言ってたもう一つの贈り物って何なのだろう。

 もしかしたら、それがここから進むヒントになるかもしれない。


「慎太郎様、ステータスというものを開かれては?」


「ステータス、ゲームのか?」


「ええ何でも、この日本では、そのステータスを使って生活するのだとか」


 ここは違う日本と言ってもゲームでも何でもない。

 この世界は、魔法も使えないのか?

 怪訝な顔で俺はそのステータスやらを見ようと試行錯誤を繰り返す。


「出たーっ! これですか慎太郎様!」


 ウッソだろ……!

 まだ信じられない俺に、八坂は嬉々として服に書かれたステータスを見せてくれた。

 良かった、言語はちゃんと日本語になってるみたいだ。

 服に書いてある分、少し読みにくいが、これくらいなら何とかなる。


 八坂


 職業 獣神


 やはり、本物の神か。

 どこかでまだ完全に信用していない部分があったが、文字を見ると素直に飲み込めた。


 スキル 狐神の慈愛、変化


 けれど、これだけでは何も分からない。

 このスキルは試しに使えるものなのか。

 それとも特殊な条件で使うのか。

 現状はステータスと言いながら、スキルと職業しか書いてない為に、それすら不明だ。


「さぁ、慎太郎様も見てみましょう!」


 見たくはないが、見なければ先に進めない。

 俺は未だに死装束なので、出来れば装備品として服とかあれば助かるんだけど。

 八坂に言われた通りに、脳でステータスを表示と念じる。


「う、浮かんできました! 慎太郎様は手のひらに現れてます! え?」


 俺は目を開けて、すぐに手のひらを確認した。


 正野慎太郎


 職業 勇者(反転)


 スキル 英雄殺し、魔物殺し、神の守護、神殺し


 羅列される物騒な文字たち。

 思わず二度見をしてしまうほど、インパクトは強烈だった。


「これは……。そうか、この世界の管轄は日本なのですね。あの堕落した神々め、厄介事を慎太郎様に押し付ける気ですか!」


 叫ぶように、八坂が吠える。

 今の台詞から察するに。


「な、なんだよこれ……。 もしかして俺に魔物退治や英雄狩りでもしろってのか。 しかも勇者(反転)ってなんだ、これじゃあ闇落ち勇者だ!」


 俺は手のひらにある自分のステータスをゴシゴシと地に擦り付けて落とそうとする。


「落ち着いて聞いて下さい。ね? 恐らくこれは神々が邪神や魔物、反英雄を自分達で裁くのが面倒くさくなった結果です」


 あああああ!!

 要するに、すなわち、つまり!!

 俺はこの反則的なスキルで、それと戦う地雷処理班って意味か!

 いや何かおかしいと思った。

 妙に早くここに送り出した気がするし、そもそも学校を救った程度でいわゆるチート能力なんて与えられるわけがない。

 謀られた、やはり俺は大馬鹿野郎だ。

 なら、この八坂も動向の見張り役と言ったところだろう。


 神殺しのスキルを使って今すぐあそこを焼け野原にしてやる!


「八坂も見張り役だろ。つまんない演技をしなくても良いぞ」


 思わず八坂にも素っ気なくなる。

 だけど、俺だってこんな風に謀られれば怒りだって湧き上がるぞ。

 それを見てシュンと尾を垂らして申し訳なさそうに八坂は言った。


「私もどうやら嵌められたらしいです。本当ですよ! 慎太郎様と冒険が、旅がしたくて……。 けど、こんな形になれば信じて頂けないです、よね」


 その表情はズルい。


「あ、いや信じないっていうか」


 何かを守れるくらいに強くなる。

 それが俺の最後の願いだったが、まさかこんな形で叶えられるとは。


「ごめんなさい、慎太郎様」


 そのまま俯いている今の八坂は、どうしても嘘をついてると思えない。

 尾は垂れて力なく、指や手のひらを小刻みに震わせていた。

 そうか八坂だって、天界から下の世界は初めてで不安なのか。

 俺はその姿を見てからようやくその事を冷静に判断できた。


「分かった、俺の負けだ。そこまで言うなら俺は八坂を信じる。とりあえず森を抜けよう。来てくれるか?」


「はい!」




「……何にせよやらなきゃ、この世界が滅ぶとか言うんだろうな」


 俺は出発する前にステータスの欄に小さく書いていた、ジーンズとTシャツをどうにか取り出した。

 分かりにくいが、念じれば出てくるとは何と便利なことか。

 それに着替えながら、ボソボソと呪詛を撒き散らしていた。


「勇者がどうしてはみ出された神様連れて、こんな雇われ犯罪者みたいなことしなくちゃならないんだ」


「慎太郎様! とにかく私が付いてます! サクッと解決しちゃいましょうね」


 八坂は無理に笑いながら、そう励ましてくれた。

 今はこの八坂の為に頑張ろう。

 じゃなきゃ本当に何の為に生き返ったのか分からない。




 そうして俺は神を引き連れ、邪を退治する旅を始める事となった。

 けれど俺の本命の目的は、いつか適当に送り出した神とやらをぶっ倒してやるという大願。

 空を睨むように見つめ、勢い良く太陽に手をかざした。

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