Ep.21 想いの先

 周りの人達が会話に花を咲かせるほど、楽しく笑い合えば合うほど、僕たちの間に流れる空気は重さをましていくような気がした。

 貴也君がイライラしているのが分かる。


「貴也君が帆乃について僕に言いたいことを全部聞くことにしたんだ。……覚悟はしてきたつもりだよ」


 手のつけられていないフライドポテトが二つ、机に並ぶ。貴也君とハンバーガーを食べるにはハードルが高すぎてポテトを選んだけど、このままじゃポテトにすら手を付けてくれないかもしれない。


「なんですか、その自己満足。聞くことにした? 随分と上から目線なんですね」

「……そんなつもりは無かったんだけど、ごめん」


 曖昧に笑ってみせると、貴也君が舌打ちの後でポテトに手を伸ばした。無言でひたすらポテトを食べ続ける。


「……自殺するような性格じゃなかったんだ」


 唐突に貴也君がそう零した。


「うん」

「殺されたってほうがまだ現実感がある」

「うん、分かるよ」

「……くそ」


 貴也君が唇を噛み締め、机に視線を落とした。そのやり切れなさも分かる。大体、貴也君にとって最も屈辱なのは僕と共感できてしまうことだろう。

 長い沈黙だった。貴也君は触れたら今にも壊れてしまいそうで、僕は夢で帆乃が言っていたことを思い返して居た。

『貴也を助けてあげて』

 助けを求めているのかどうかすら僕には分からない。

 帆乃がいたら今の僕たちになんて言うだろう。


「なんで、助けてくれなかったんですか?」

「え――?」


 それを口にしたのは貴也君だった。帆乃のことだろう。

 きっとそれが心の奥底にしまいこんだ本音だったんだと思う。貴也君は「帰ります」といきなり立ち上がった。貴也君の目が僕を見ていないことに気がついて、さすがに貴也君を引き止める気にはなれなかった。


 貴也君が去ったあとで、机に両肘をついて手のひらを組む。それを額に押し当て、静かに息をついた。


 なんで助けてくれなかったんですか、か。

 本当にそうだ。

 僕はもう一度大きく息を吐いた。今は落ち込んでいる場合じゃない。いつまで悲劇の主人公をしてるつもりだ。

 元々今日だけでなんとかしようなんて考えてない。貴也君とはまた明日話そう。そう決めて、僕も店をあとにした。




 僕はやたらと多い視線をくぐり抜け、登校早々にため息をついた。噂ってなんでこんなに広まるの早いんだろう。蓮村さんと別れてから数日しか経っていないのに、僕たちが別れたことは学校中に広まっていた。


「よ、有名人!」


 亮が前の席に座って身体ごと僕の方を向いた。


「大丈夫か?」

「大丈夫そうに見える?」

「いんや、全然。ま、時間が経てばそのうち収まるさ」


 僕でさえこの居心地の悪さなんだ。きっと蓮村さんはもっと――。

 ため息混じりに頬杖をついた。


「亮、僕ってさモテるのかな?」

「いや」


 ハッキリとした否定。僕の口元がほころんだ。


「だよなぁ。今朝、これが下駄箱に入ってて」

「まさかラブレター? また古風な」

「僕のことが好きなんだって。今日の放課後、体育館裏」

「行くのか?」

「無視するのは駄目だろ。行って、断ってくるよ」

「……そーか」


 再び外に目を向けると、曇り空から雪が降り出していた。誰かから好意を向けられて、それを断るのはきっと僕が蓮村さんにしたことよりは優しい行動だ。なのに、これから誰かを傷つける――その意識は無いわけじゃないんだと思った。



 そして放課後。約束の場所に向かっていた時のことだった。

 通り過ぎた教室から、怒りに満ちた大声が聞こえてきた。


「ちょっとあんたたち。黙って聞いてれば言いたい放題。黙れ! 喋るな……! 胡麦ちゃんをなんだと思ってる!?」


 いきなりのことに、一瞬足がとまる。びっくりした。ケンカだろうか。

 いや、待て。僕の中で違和感が生まれる。まさかこの声……!


 ハッとして引き返す。空いていた扉から教室の中に目をやると、4、5人の女子相手に伊奈々ちゃんが一人肩を震わせていた。

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