Ep.20 私のヒーロー③
「八尋君からはどのくらい聞いてるの?」
「直接話してくれたわけではないんです。でも、間接的に。藤先輩の大切な人が亡くなって、藤先輩はそれを自分のせいだと思っているってことくらいでしょうか」
きっと藤先輩が言っていた入院している知り合いというのはこの人のことなんだと思う。
「そっかぁ。じゃあさ、最初の質問に戻るけどこの事を知ったから胡麦ちゃんは八尋君のことを嫌いになっちゃったの?」
嫌い――なんて、なれたほうがむしろ良かったのかもしれない。私はかぶりを振った。
今、自分が不思議なくらい穏やかな顔をしているのが分かる。
「私は弱いから、藤先輩に無理をさせてまで一緒に入れなかったんです。そこまで私の想いを押し付けられなかった。だから私は、私を好きじゃない藤先輩を振ったんです」
それから「それしか無かったんです」と付け加える。
私の選択はもしかしたら間違えだったのかもしれない。嫌いになったわけじゃないなら、勢いでも冗談でも「別れ」なんて切り出しちゃいけなかったのかもしれない。
でも藤先輩の辛そうな笑顔が――今にも泣きそうに私の名前を呼ぶその声が――どうしても刺さる。
違う。違うんです、先輩。
私が見たいのは。
私が聞きたいのは。
……今の先輩を私が救わなければ。
だって先輩は私のヒーローだから。助けられた恩があるから。今度は私の番だ。そうでしょう?
伊奈々先輩が静かに微笑みかける。
「八尋君も馬鹿だね」
「はい、本当に」
「待つの?」
「待っててなんて言われてないんです。だから、私が勝手に待ってるだけなんです。……藤先輩は戻ってきてくれるでしょうか?」
伊奈々先輩の優しい笑顔を前に嘘はつけなかった。隠していた不安が込み上げる。
このまま先輩が私のことを忘れてしまったらどうしよう。このまま「さよなら」だったらどうしよう。
「大丈夫、胡麦ちゃんは可愛いし、なによりいい子だから」
「…………でも」
ふわりと伊奈々先輩の長い髪が舞った。「でもじゃない!」と私の身体を先輩が包み込んだ。
「それに胡麦ちゃんは八尋君を少し勘違いしてるね。八尋君は好きな子の前だと格好つけるタイプなんだよ」
「え?」
「私が断言する! 八尋君はね、胡麦ちゃんの前では笑っちゃうくらい格好つけてたんだから」
心の底からそうだったら良いと思う。目をぎゅっと閉じると、そこから涙が滲んだ。
「うぅっ、沁み過ぎます!」
伊奈々先輩の腕の中はとても暖かかった。
話せてよかった。来てよかった。
なにより今、私の目の前にいるのが伊奈々先輩でよかった。
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