Ep.19 私のヒーロー②
あの頃の私は毎日が凄くつまらなく思えて、生きている理由すら分からなくて、常に憂鬱だった。学校へ行っても男子も女子も先生も私を普通に扱ってはくれなくて、特に女子には陰口も沢山言われた。唯一、絵を描いてる時間だけは楽しくてよく公園で一人で絵を描いてた。
その日も私はいつもみたいに公園で絵を描いてた。
「へぇ、綺麗な絵だね」
容姿に関して、何らかの言葉を掛けられることにうんざりしていたから伊達メガネに帽子も深く被っていたし、かなり不審者よりだったと思う。それでも絵だけを見て絵だけに感想をくれたことが嬉しかった。
顔を上げると、そこにいたのは同世代くらいの男の子だった。制服だけど、見たことがない制服だった。
「いつもここで描いてるよね?」
「……はい」
「病院からの帰り道にいつもいるな〜って思ってたんだよね」
見知らぬ人に、こうも躊躇なく話しかけられるなんて私とは正反対の人だな。相手との距離感を測りかねていると「ごめんね」と謝られた。
「突然話しかけちゃって。びっくりしてるよね?」
「……いえ」
「もしかして入院してる子?」
「え? 私は全然。ただ公園を使ってるだけです。……あなたは通院してるんですか?」
出来るだけ声を押し殺す。
「あー、そうだね。僕の知り合いが入院してるんだよ」
「そうですか」
なぜかその人は悲しそうに微笑んで、私の隣に腰を下ろした。沈黙に耐えかねて、私は絵の続きに戻る。
「将来は画家? それとも漫画家?」
「将来……どうなんでしょうか」
別に自分の将来に期待なんてしていない。夢も希望も私の中には無いんだから。
「僕、漫画好きなんだ。漫画家になったら教えてよ。ファン第一号だから」
自分でもなんて単純なんだって笑ってしまうけど、その笑顔にまんまとやられて私は漫画家という職業に興味が沸いた。家に帰ってインターネットで検索して、ついでにTwitterを駆使したら彼の名前も知れた。
藤八尋――それが私と藤先輩との出会いだった。
それから藤先輩とは公園で顔を合わせては他愛のない話をした。私は一方的に藤先輩のことを沢山知っていったけど藤先輩に素顔すら見せない私のことを藤先輩は知る由もない。だけどそれで良かった。この公園で会うだけの関係性で満足だった。
あの日までは――。
ある日、藤先輩は公園に姿を見せなかった。それどころかそれっきり藤先輩が公園に現れることはなかった。季節が巡って、私が中学三年生に進学しても、藤先輩とは一度も会えないままだった。
だからふと思い至った。そっか入院していた知り合いの人が退院したんだ、と。でもだったら少しくらい挨拶してくれても良かったのに。私と藤先輩の関係性に名前なんてまだ無かったけど、それでも少し悔しくて私はより一層漫画に精を出すようになった。
矢先、私の漫画はWebでの公式連載が決定した。漫画家と呼ばれる職業になったのだ。
「言わなきゃ……!」
単なる口約束だった。向こうはそんなこと覚えてないかもしれない。だけど、それでも私が私を止められなかった。あの人は「僕、漫画好きなんだ。漫画家になったら教えてよ。ファン第一号だから」こう言ったんだから……!
正直、名前と卒業中学を知っていたから進学先の高校を知るのは簡単だった。志望校を藤先輩と同じ場所に決め、もちろん合格した。藤先輩と最後にあった日から一年半が経っていた。
「なぁあの子、すげぇ可愛くね!」
「なんか白雪姫みたい……」
入学式、私は目立った。注目されるのが嫌で長く伸ばしていた前髪もバッサリ切って、藤先輩にも私の噂が届くようにとにかく目立った。
気がつけば私は椛葉高校の白雪姫と呼ばれるようになっていた。
「待って待って、でも二人が付き合うようになったのって冬だったよね?」
伊奈々先輩が頭を捻る。
「はい」
「……内容が濃くてあんまり入ってきてないんだけど、胡麦ちゃんは八尋君がずっと好きだったんだよね?」
「――好きです」
「じゃあなんで春に告白しなかったの?」
伊奈々先輩が食い気味に聞く。
「……入学してから1週間くらいだった時、藤先輩を見かけたんです。私、凄く嬉しくてそれだけで感極まっちゃったんです。それに藤先輩の笑顔が……私の知っている笑顔じゃなかったので、しばらく情報を集めてました」
「……び、びっくりしすぎて言葉が出ないよ〜! それでなにか分かったの?」
「その時は何も。でも今は分かります」
詳しいことは何も知らないけど、それでもこの数ヶ月間で分かってしまったことはいくつもある。
「そっか」
伊奈々先輩はそれ以上なにも言わなかった。
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