Ep.18 私のヒーロー①
藤先輩と別れて数日が経った。当たり前だけど、私が先輩と付き合っても別れても世界は変わらずぐるぐる回っている。
「……もう、こんな時間」
学校の図書室で漫画のネームを描いていたら二時間も経っていた。自習室の正しい使い方じゃないことは重々承知だけど、テスト期間を除けばここはプライベートルームかのように貸切状態なのだ。便利なものです。
さすが二月。日が沈むのが早い。図書室から教室棟に戻るために一旦外に出て体育館通路を通る。
否応なしに藤先輩のことが思い出される。
ここで告白を聞かれて、私が告白をした。
……もう随分と前みたいだ。早足で教室棟に入る。
別にこれくらい大丈夫。泣いたりなんかしない。
「な、なぁあれって! 白雪姫」
「お前声掛けてこいよ」
「無理だって」
残っていた同じ一年の生徒がすれ違い際に小声で話しているのが聞こえた。
なんか、寂しいな。
こういう風に線を引かれることは沢山あったけど、今日は特に。勝手に特別視して勝手に距離をとられると、虚しくなってしまう。
教室に戻ると「お疲れ! 胡麦ちゃん」と私の席で待っている人がいた。
嬉しくて、胸が締め付けられる。
「なんで? どうしたんですか、伊奈々先輩」
「ん〜? 私に会いたいかなって思って」
あっけらかんと笑う伊奈々先輩にどうしようもなく救われたような気持ちになる。
「…………」
「あはは、なんてね! 私が会いたかったのっ」
「先輩、会いたかったです」
「……ありゃ、ほんとに?」
「はい」
「そっか」
視線を落としたままでいると、伊奈々先輩が私の頭を撫でる。
「明日、学校の設立記念日じゃない? 私の家に泊まりにこない?」
「え?」
「女子会しよっ!」
女子会、その輝かしい響きに私は大きく頭を降った。挙手までしてしまう。
「行きます!」
「か、可愛い〜♡ もうっ、ほんとにどうやったらこんな天使が生まれたのよ」
大袈裟に言うから可笑しくて顔が綻ぶ。
「伊奈々先輩の方が天使様ですよ」
「はあ、良い子……!」
やっぱり伊奈々先輩は面白かった。
伊奈々先輩の家へは、一旦それぞれ自分の家で準備をしてから向かうことになった。伊奈々先輩の最寄り駅だけ教えて貰って準備が出来次第そこで集合だ。
着替えやタオルを詰め込んだ鞄と、お土産としてお母さんが持たせてくれたいい所のお菓子の紙袋。それらを手に持って電車に揺られる。私は友達も多い方じゃないし、休みの日は漫画ばっかり書いてきたから誰かの家にお泊まりなんていうのも初めてで、なんだか落ち着かない。
伊奈々先輩の最寄り駅に着くと、先輩はもうすでにそこにいて私を待っていた。
家は駅から少し歩いたところにあるらしい。「う〜寒いね」と伊奈々先輩がダウンの上から両腕を摩る。
「今夜はね、お母さんが張り切ったから我が家の特性グラタンだよ」
「ばっちりお腹空かせてきました!」
「おっ、どっちが多く食べられるか勝負する?」
「のぞむところです」
そんなことを話している間にあっという間に伊奈々先輩の家に着いてしまった。暖色のライトが照らす一軒家。「お邪魔します」と中に入るなり「いらっしゃい!」とびっくりするくらいの歓迎を受けた。このメガネのダンディーな人がきっとお父さんで、ふわふわの髪を斜め結びにした可愛い感じの人がお母さんだろう。
「さあさあ」と伊奈々先輩に背を押され、リビングに通される。
「いやぁ、伊奈々が出掛け際に「とんでもなく可愛い子がくるから覚悟しとけ!」っていうからさドッキドキだったんだよ〜」
「分かる、私も!」
あ。伊奈々先輩と似て暖かい。
私はくすりと笑って、
「楽しいご両親ですね」
「いや、うるさくてごめんね」
それから話にあった例のグラタンを食べた。私も先輩も三杯目でさすがにご馳走様。
そんなこんなで楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
伊奈々先輩がベッドに腰掛けながら「胡麦ちゃん」と寝る支度をしていた私の背中に声を掛けてきた。私は手を止めて、敷布団の上に座り直す。
「なんか真面目なトーンですね?」
「えっ、うそ。そんな感じだった?」
「はい、ちょっと」
「う〜ん、そうね。そんな真面目な話でもないんだけどさ、亮君からとある話を聞いてね」
伊奈々先輩の何かを迷っているような表情に、察する。伊奈々先輩は優しい人だ。私は笑って答えた。
「私が藤先輩と別れたことですね」
「……私ね、亮君の彼女でしょ? それに八尋君とは同じ中学だったから、あの二人のことは何となく分かるんだ。でも胡麦ちゃんは分からないから大丈夫かどうかね、無性に心配になっちゃって。……お節介だった?」
「ふっ、そんなわけないじゃないですか。私、伊奈々先輩のこと大好きです」
「うっ〜、なにそれ泣きそう」
伊奈々先輩が勢いよく布団に潜る。
「えぇ!? 先輩」
「ふふ、ごめんね」
布団の中からゆっくりと伊奈々先輩が顔を出す。
「あのさ……もし嫌じゃなければ聞いても良い?」
本当は誰にも言うつもりはなかった。言える相手もいないと思っていたから。
でも――。
私はこくりと頷いた。
「胡麦ちゃんは八尋君を嫌いになっちゃったの?」
「……私の昔話を聞いてくれますか?」
私は質問の答えとしてそれを選んだ。
二年前、私は藤先輩に恋をした。
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