Ep.16 目を覚ませ馬鹿
「兄貴」
二人で食卓を囲んでいると
「ん?」
なんでもないように返すとまた弥英の顔が歪む。挙句の果てにため息までつかれてしまい、全くなんだと言うのだ。「ちょっと」と弥英が僕の腕を掴む。否応なしにリビングのソファーに座らされた。
「兄貴この間から変だ。大丈夫か」
「え、僕が?」
弥英が僕の両肩をガシッと掴む。
「ご飯の時はいつもお茶だった兄貴がなんでいきなり嫌いな牛乳をお供にした!」
「たまには嫌いなものにもチャレンジしないと」
「最近やけに服を反対に着てるのはなんでだ!?」
「……言ってよ」
わずかに冷ややかな空気が流れる。見ると本当に服は反対だった。恥ずかしいなったく。
「だって気づくだろ」
「いやいや」
僕が弥英の手を振り払って裏表反対に着ていたトレーナーを直そうとすると、弥英が僕の肩に置いていた手に更に力を込めた。そして、前後に振る。
「とにかく何かあっただろ! 話せ〜!!!!」
振る、振る、振る。
こ、これは酷い。
「うっ! ちょ、待った! ったく強引だな、話すよ」
そう言うと、やっとのことで離してくれた。
僕は頭を掻く。言ったらどんなことになるのやら。でも言わない選択肢はない。
「ふぅ。……実は、彼女と別れた」
「はあ!?」
弥英の反応には時差があった。きっと一回で僕の言葉が理解出来なかったんだと思う。
「振られたの?」
「弥英、顔が笑ってるんだけど」
「ああ無意識。そっか、振られたか〜!」
「何でそうなる!? まぁ、そうなんだけど」
「よしご飯食べよ〜!」
「切り替え早くないか?」
「原因が分かったらすっきりしたからな」
「僕のことはどうでもいいと……」
「女々しいなぁ。あのね兄貴、まだ彼女が好きで彼女と寄りを戻せる可能性が少しでもあるならアタックして良いと思う。でも兄貴は変わらないとまた振られるぞ」
にしし、と歯を見せいたづらっぽく笑っているが、弥英の言っていることがあながち間違っていないのがたち悪い。
「最初から告白を受けなきゃ良かったのかな」
そうすれば蓮村さんをここまで傷つけることも、あんな顔をさせることもなかった。僕なんかに関わらなければ……。
「兄貴はそういう風に悩むくらいには彼女が好きなんだな。気持ち悪い」
「いや好きにはなれなかったんだと思う」
「は?」
心のどこかで僕は自分が幸せになることに対するストッパーがあって、人を好きになることも躊躇しちゃう節があって。でもそれでも僕が蓮村さんの告白を受けたのは純粋に嬉しかったんだ。
「努力はしたんだけどね」
幸せになる努力。過去と折り合いをつける努力。
しかし弥英は味噌汁を一気に飲み干したあとで、ゴンと器を置いた。
「目を覚ませ馬鹿兄貴!」
「へ?」
「私たちは基本馬鹿なんだよ、だから努力とか無駄なの。気づいたら好きになってるもんなの! なのに、好きになれなかった? 努力した? なんで自分に嘘ついてんだ」
「……そう思う?」
「思う。私はちょっとは兄貴の気持ち分かるよ。
弥英が寂しそうな顔を覗かせる。貴也君と僕が似てるなんて、そんな変なことを言うのはきっと弥英くらいだ。
「貴也は兄貴を責めるけど、あれはあれで罪滅ぼしのつもりなんだと思うんだ」
「罪滅ぼし?」
「貴也も自分のせいだと思ってる」
「それって、
「うん」
一体どういうことだろう。僕には貴也君がそんなことを思ってるとは到底思えなかった。帆乃が死んで自分を責めてるのは僕だけだと思ってた。
部屋に一人篭って、スマートフォンをスクロールする。蓮村さんが書いている漫画のタイトルを検索する。蓮村さんはペンネームもタイトルも教えてくれなかったけど、前に蓮村さんの家に言った時に彼女が仕事をしているところを見たことがあるからタイトルくらいは勝手に知っていた。
検索バーに「世界の終わりには幸せな結末を。」と入れると一番上にWeb漫画のサイトが出てきた。
僕はWeb漫画に詳しくないけど、レビューを見てみると内容を褒める言葉が沢山綴られていた。最新話のサブタイトルは休載になっていた。
僕は椅子に座り直す。一話目をタップして彼女が描いた物語を読み始めた。
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