Ep.15 終わりの時間

 昼食を取ったあとは、ショーを見て再び亮と伊奈々ちゃんチョイスのアトラクションに戻った。


 並んでいると時間が過ぎるのはあっという間で施設の外に出たら空の色が変わっている事に驚いた。遊園地デートももう終盤に差し掛かってきた。



「……ん?」



 さっきから僕の顔をじっと見つめてくる蓮村さんに顔を向ける。沢山の灯りが照らす道を歩きながら隣で蓮村さんが「良かった」と零した。



「先輩が楽しそうです」



 僕は思わず顔を背けた。頼むからそんな顔で笑わないで欲しかった。……可愛いすぎるから!


 落ち着け、落ち着くんだ。脳内深呼吸を繰り返し、僕はあくまで平然を装う。



「蓮村さんは楽しかった?」


「はい……すっごく楽しかったです」


「良かった」


「あ、ああ……うぅぅ。せ、先輩もう一回お願いします!! 録音ボタン押し忘れました……!!」


「え、なんて?」


「あんな胸キュンな『良かった』を撮り逃すなんて一生の不覚です。うわぁん」



 小型のボイスレコーダーを握りしめ、一人落胆する。本当に残念がっている様子の蓮村さんに僕は苦笑いを零しつつ「撮らなくていいのに」と諭す。


 僕の知らないところで一体どのくらい撮られていることやら。嬉しい反面、自信が無いからプレッシャーだ。でも僕も蓮村さんの写真とか集めたいって思っちゃってる節あるし……。


 似たもの同士かもしれない。



 そんなこんなで、遊園地でのダブルデートは何事もなく幕を閉じた。




 だけど、その帰り道のことだった。亮や伊奈々ちゃんと駅で別れ、僕達もそろそろ帰ろうか、なんて話をしていたところに声が掛かる。



「あれ、八尋君じゃないですか」


貴也たかや君……」



 駅前には僕達と貴也君以外誰もいない。


 僕が黙ったままでいると、それをおかしく思ったのか蓮村さんが僕の服の裾を掴んで不安気な表情を覗かせた。貴也君は相変わらず怖い顔で僕を睨んたで、蓮村さんを一瞥する。



「まさか、彼女だなんて言いませんよね?」



 蓮村さんは帆乃ほののことで僕が貴也君から恨まれていることを少しも知らない。いつまでも黙ってるわけには行かないと思っていたけど、今日か。



「先輩、お知り合いですか?」


「……ごめんね蓮村さん」



 僕は蓮村さんの肩を軽く後ろへ押して、彼女を突き放した。怖くて蓮村さんの顔が見れなかったから彼女がどんな顔をしていたのかは分からない。だけど、僕にはこうするしかなかった。彼女と公言すれば貴也君が何をするか分からない。例え見え透いた嘘だとしても僕は真実を口にする訳にはいかない。



「彼女じゃないよ、貴也君」


「へぇ、そうは見えませんでしたけど。……なぁ、あんた。そう、あんただ。あんたは知ってるのか?」



 貴也君が会話の矛先を蓮村さんに向ける。


 何を言われても仕方がない。だけど、彼女を傷つけるような言葉は言わないで欲しかった。蓮村さんを突き飛ばしておいて、こんなことを思うのはただのエゴだと分かっていても、頼む、と視線に熱がこもる。



「な、なんのことですか?」


「八尋君が僕の姉を殺した人殺しだってこと。もし八尋君のこと好きならやめときなよ。殺しといて被害者面する最低野郎だから」


「…………藤先輩」


「蓮村さん、本当だよ」



 僕は蓮村さんの意図を組んで首を縦に振った。蓮村さんの顔に泣きそうな表情が浮かぶ。申し訳なくなって僕は蓮村さんから目を逸らした。


 風が冷たい。凍えてしまいそうな寒さだった。



「……あらら、やっぱり何にも知らなかったんだ。八尋君も本当に酷い人ですね。そうやって沢山の人に恨みを買って生きていって下さいよ。本当は死んでくれって言いたいところですけど……こっちも思うところがあるんでね」



 吐き捨てる様にそう言ったあと、貴也君は僕たちをその場に残して去ってしまった。


 しばらく沈黙が流れる。電車が到着して、また出発して。先に口を開いたのは僕だった。



「蓮村さん、黙っててごめん」


「……いえ、何かあることは知ってましたから」


「…………っ」



 話そうとして、顔をしかめる。言葉になんてなるはずなかった。僕がこうやって一日一日を積み重ねる度、帆乃が生きられない日々を僕が過ごす罪悪感で押しつぶされそうになる。だけど、僕はそんな罪悪感と向かい合い続けられるほど強くはなかったから、考えないように考えないように逃げてきた。僕は自分を嘘で塗り固めてやっと、普通の周りの人達みたいになる事ができた。



「…………」



 蓮村さんは何か言おうとして、口を閉じた。唇を噛み締めるのが見えた。


 蓮村さんは優しいから僕に同情してくれていることは何となく分かった。



「先輩、私は先輩の彼女じゃないんでしょうか?」


「いやさっきのは……!」



 弁解しようとする僕を「良いんです!!」と遮った蓮村さんの肩は震えていた。



「だって、藤先輩は私のことを好きでいてくれたこと……一度もないじゃないですか」



 僕は絶句した。蓮村さんにそれが気づかれていたなんて思いもしなかった。僕はそこに関して努力を怠ったつもりはなかった。だけど見透かされていた?


 ――僕は最低の人間だ。貴也君の言う通りじゃないか。蓮村さんを好きになろうとして、寸前で我に返って、結局僕は彼女を好きになれなかった。確かに蓮村さんは優しくて、可愛くていい子で僕には勿体ないくらいの彼女だ。僕の心だって何度動かされたか分からない。だけど、それでも僕はあの死を蔑ろにすることは出来ない。



「藤先輩、そんなに苦しいなら私に優しくしなくて良いんですよ」


「え」


「……といっても、私は先輩のそういうところも含めて好きだったんですけど」


「蓮村さん、」



 蓮村さんが優しく微笑む。僕はその悲しげな顔から目が逸らせなかった。



「ごめんなさい、藤先輩。……私と、別れてください」



 それが蓮村さんの出した答えだった。


 気がつけば雪が降り出していた。



 この日、僕は蓮村さんと別れた。


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