Ep.11 こんな時でも変わらず空は青かった②
霊園に着くと、空の青さとは裏腹に僕の心は曇っていた。
「着いたな」
道なりに沿って進んでいくと、こちらに歩いてくる人影があった。息を呑んだ。
「あれ、兄貴、あれって……」
珍しく控えめに言って、俺を見上げる。
「うん、
僕たちが気がついてすぐ、貴也君の方もこちらに気づく。瞬間、彼が嫌悪感に顔を歪めた。
「……はぁ、八尋君、冗談もほどほどにしてくださいよ」
貴也君は苛立ちながらそう叫ぶと、僕たちの方へ早足で近づいた。
「今日は姉の命日だ。姉を殺した、あなたが来ていいわけないでしょう?」
「た、貴也……兄貴は殺してなんか……っ!!」
僕を庇おうと、弥英が一歩前に出る。しかし、貴也君に鋭く睨まれすぐに後ずさりする。
「弥英、お前もお前だ。おかしいんじゃないか? 兄弟揃って、クズですね」
言葉が吐き捨てられる。僕は確かに帆乃を見殺しにした。だけど、弥英は違う。
「――僕と弥英を一緒にするな」
貴也君に言い放つ。今、とても自分が怖い顔をしていることが分かって、僕は途端に表情を消す。
「ごめんね、貴也君。僕は帆乃に謝り続けなきゃいけないから」
その場を動こうとしない貴也君の横を通り過ぎて、僕は帆乃の元へ足を向けた。控えめに弥英が僕の後を追う。
「貴也、大丈夫かな? 何か急にぼーっ、としちゃって」
「心配?」
「昔は貴也あんなんじゃなかったからね……」
「うん、そうだね」
貴也君はやっぱり帆乃の死をきっかけに変わってしまった。皆、そうだ。皆、あの日から変わってしまった。僕が帆乃を殺したせいで。
しばらく歩き続けると沢山の墓石が見えてきた。近づいていく程、空気が張り詰めているような気がした。どこか違う世界の静寂がそこには広がっていた。
「……ここだよね?」
弥英が足を止めた。相槌を打った僕は持ってきた花を供えた。墓石に水をかける。線香に火をつけた。
俺と弥英はその場で手を合わせて瞑想した。
頭の中にあの病室が広がる。窓から見える空は今日みたいに青くて、窓から桜の花びらと一緒に風が引き込んできて白いカーテンを揺らす。
穏やかな表情で「来たんだ」と口にした帆乃は、自由に身体も動かせるし、事故に会う前の彼女が彼女であった頃の姿だった。
「帆乃、久しぶり」
「うーん、それで今日はもしかして私の命日?」
「うん」
「そっかぁ〜。命日か」
急に肩が叩かれて、僕ははっ、と顔を上げた。
「先に、行ってるね」
「分かった……」
長くなることを察したのか、弥英が荷物片手に告げる。
僕は弥英を見送ってから再び帆乃の所に戻った。
「で、彼女出来たんだ?」
朗らかに笑う。僕は一瞬迷って、それから頷いた。
「……うん」
「良かったね。八尋、モテなそうだから」
「うん、良かった」
良かった、のだけれど、僕に良かった事があっていいのかは分からない。たまに蓮村さんと笑っていると、どうして自分がこんなに幸せそうに笑ってるのか分からなくなる。駄目だろう、何やってんだよ、って誰でもない自分が、囁いてくる。
だから謝らずにはいられなかった。
「帆乃、ごめん」
「うん。良いよ。分かってるから」
僕は目を開ける。帆乃はきっとこう言ってくれる、希望的観測に過ぎないそれに僕はいつまで経っても縋ってしまうのだ。
心が押しつぶされる。擦り切れる寸前のこの状態で生きることが贖罪なのかもしれない。僕は嘲笑を漏らし、その場を後にした。
元来た道を戻っていくと、途中で弥英が待っていた。
「悪い、待ったか?」
「大丈夫。帰ろう、兄貴」
「そうだな、帰ろうか」
いつもより優しい弥英に甘えて僕もそれ以上は何も言わなかった。
ただ、隣に誰かがいてくれる。それだけで今の僕は救われていた。
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