Ep.9 ズルい僕とどこまでも純粋な彼女


 真剣な眼差しの蓮村さんに新鮮さを感じながら僕はその指先から描かれる物語の世界に見入っていた。


「あの、あんまり見ないで下さい。その、こればっかりは恥ずかしいので」

「ははは、ごめんね蓮村さん」


 顔を赤らめる彼女に謝る。

 冬休みの課題を一緒にやろう、という話になり僕は蓮村さんの住むマンションに来ていた。普段はお兄さんと二人暮らしだそうで、そのお兄さんは今は仕事で家にいない。


「どんな話?」


 興味本位で内容について聞いてみる。


「主人公が幸せになる話です」


 アバウトな。

 でも幸せか――……。


「……先輩、どうかしましたか?」


 その声で僕ははっ、と我に返った。


「あ、いや、何でもない! そうだ、そろそろ課題に戻ろうか?」

「そうですね、やりましょうっ」


 駄目だな、最近の僕は。まだ蓋がしきれてないみたいだ。


「僕さ、基本的によく言われるのが女々しい、面倒くさい、なんだよね。事実だし、まぁ、何も言い返せないよね。だから蓮村さんも僕に対して何かあったら言ってね。多分それ合ってるから」


 少しでも蓮村さんには蓮村さんらしくいてほしくて、僕は課題をやる手を止めて苦笑する。

 蓮村さんは「はい、そうかもですね」と曖昧にはにかんだ。


「でも……私も基本的にストーカーだし、重いし、束縛系だし、まぁ、何も言い返せませんよ」

「おっ、意図せずお揃いだね」

「先輩とお揃いなら、嫌なことも嬉しいことに変わりますね」

「確かに」


 蓮村さんが嬉しそうに微笑んだ。

 つられて僕も笑う。


「……っもう、藤先輩……なんて素敵な笑顔なんですか!!」


 蓮村さんが瞳を潤ませながらスマホを向けてくる。

 蓮村さんにスマホやボイスレコーダーを向けられるのも少し慣れつつある僕は「写真、一緒に撮る?」と自分のスマホを蓮村さんにかざした。


「えっ、良いんですか! 撮りますっ」


 机を挟んで向かい合っていた僕らは、僕が蓮村さんの方へ行くことで隣同士になった。


「友達が自撮りとかよくやってるんですけど、こんな感じなんですね……」


 スマホの内カメラを自分たちに向けながら、蓮村さんは震える手でスマホを持った。


「僕がやろうか?」

「難しいですよ?」

「よし、望むところだ」


 蓮村さんからスマホを受け取って、自分たちを映す。思いの外、蓮村さんとの距離が近くて驚く。


 なんか、恥ずかしくなってきた……。


「いくよ?」


 あまり長いと僕の方が限界を迎えそうだったので、シャッターボタンに指を伸ばす。

 カシャ――と小さく音がなる。

 撮れたみたいだ。


「と、こんな感じかな?」


 撮れた写真を蓮村さんに見せながら、僕も写真を確認する。

 可愛い!!! 蓮村さん可愛い!!! いや、知ってるけど。その隣が僕なんて、申し訳ないくらいに可愛い。せめて目が、こんな死んだ魚みたいな目じゃなかったら!!


「……百枚くらい印刷してばら撒きたいですね」


 なんて公開処刑だ! 蓮村さんも僕の写真写りの悪さに愕然としたんだろう。


「……蓮村さんにも送っておくね」


 トリミングしていっそ蓮村さんだけの写真にしようか。そう、考えていると「百枚じゃ足りないかもしれません」と蓮村さんが言うので衝撃が重なる。


「えっ!?」

「この人が藤先輩なんですよ〜って、この人が私の大好きな人なんですよ〜って、どうだカッコイイだろぅっ! って自慢出来るじゃないですか」


  さも当然のことのように蓮村さんが得意気に笑った。自慢とか、そんなの僕の方だよ。僕の方が自慢だ。あの白雪姫と付き合ってるんだぞ、これが蓮村胡麦だ! って、自慢要素を挙げたらキリがない。


 僕は蓮村さんに身体を軽くぶつける。


「かっこいいね、蓮村さん」

「先輩はかっこいい人が好きなんですか?」

「……いや、蓮村さんが好きかな」


 少し微笑んで、その顔を蓮村さんに向ける。


「…………っそういうのズルい」

「あはは、そうかな?」

「ボイスレコーダー、用意出来なかったじゃないですか」

「録音しなくても、いつでも言ってあげるよ?」

「……いつでもですか?」

「うん、いつでも」


 僕は小さくそう言って、蓮村さんに顔を近づけた。その一瞬、自分たち以外の全ての時が止まった気がした。ゆっくりと顔を離す。


「っ……それも! っ……ズルいです!!」


 叫んだ蓮村さんは耳まで真っ赤で、僕は思わず笑ってしまった。


「好きだよ、蓮村さん」



 その日、家に帰ってきた僕は蓮村さんに写真を送った。すぐさま既読が付き返信が来る。スタンプだ。僕もスタンプを送り返し、スマホを机の上に置いた。


 机の上に伏せてあった写真立てに手を伸ばす。写っているのは僕と――帆乃ほのだ。


「……もうすぐ命日か」


 小さく呟いた。彼女を殺した僕を蓮村さんは知らない。僕は罪人だ。


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