Ep.7 クリスマス舐めてんの!?

 蓮村さんとの初デートは無事終わり、今日僕達は二学期の終業式を迎えた。


「冬休みだー!! って事で良いお年を!」


 ホームルームが終わるなり、日向亮ひゅうが りょうは鞄を肩に僕の背を叩いた。


「力強っ! ていうか……やけに帰るの早いけど、なに、バイト?」

「ちっち、バイトじゃないさ。僕はこれからクリスマスの幸せを掴み取るための資金調達に行くんだよ」


 なるほど、クリスマスの為にお金が必要だからバイト行ってくると。


「そっか、頑張れよ」

「あ、そうだ。八尋と白雪姫、爆発させたいリア充、校内一位になってたぞ。八尋も頑張ってな〜」


 そう他人事のように笑って亮はそそくさと帰ってしまった。

 爆発させたいリア充校内一位……って、こんなにも嬉しくない響きがあるのか……。皆から羨ましがられてるって事なのかもしれないけど、僕なんて毎日恥ずかしすぎて自ら爆破ボタン押しそうだよ。


 そう考え込んでいると「八尋やひろ君っ」と可愛らしい声が聞こえた。顔を上げるとそこにいたのは、亮の彼女の伊菜々いななちゃんだった。


「うわ〜、凄い久しぶりだね。どうしたの?」

「亮君、帰った……?」

「……うん? さっき帰っちゃったけど、約束とかしてたの?」


 「まだ居るかな」と僕が立ち上がると、伊菜々ちゃんが「良いの!」と僕の手首を掴む。薄いピンク色のマフラーに顔を埋めながら「約束……してないから」と控えめに言った。


「今日は八尋君に用があったの」

「僕に?」

「うん。亮君の事で相談があって」


 あいつ、何かしたのかな。


「分かった、良いよ。僕も今日は予定無かったし」

「ホントに?」


 ぱぁ、と表情が明るくなる。


「じゃあ、駅前のカフェに行こうよ。相談乗ってもらうし、私奢るっ」


 そう意気込んでガッツポーズする彼女に僕は苦笑する。


「友達の彼女に奢らせるって、何か僕が酷いやつみたいじゃない? そうだ、じゃあ伊菜々ちゃんのやつは僕が奢れば良いのかな」

「それ、全然意味無いよ〜! ……ふふっ、何か八尋君、ぼーっとしたお兄ちゃんみたい」

「喜んで良いのか分かんないね、それ」


 コートを羽織り、鞄を肩に掛ける。


「大丈夫、あんまり褒めてないから!」

「ははっ、うんうん、大丈夫、なんとなくそんな感じした」


 僕達は昇降口に向かった。


「そういえば、八尋君。あの白雪姫ちゃんと付き合ってるんだって?」

「亮から聞いた?」

「亮君から聞かなくても噂は耳に入るよ〜。……でもさ、良かったね。私、帆乃ほのちゃんの事があったから――」


 伊菜々ちゃんが言葉を止める。伊菜々ちゃんが引き攣った笑みを浮かべるのを見て僕は瞬時に理解した。

 また、やってしまった。気づいて表情を戻す。


「ごめんね、伊菜々ちゃん」

「……ううん、私こそ無神経だった。まだあの時の八尋君は……そこにいるんだね」

「…………」


 伊菜々ちゃんは僕と同じ中学校だった。あの頃、僕達は同じクラスではあったけど一度も話したことは無かったし、ただのクラスメイトでしかなかった。だけど、だからこそ伊菜々ちゃんは昔の僕を知っている。藤八尋という人間の裏側を――知っている。


「よしっ、やっぱり僕が奢るよ。気を遣わせちゃったおわびに」


 空気を変えようと僕は明るく言ってみせる。


「……っ本当? 私、高いの頼んじゃうかもよ?」

「だ、大丈夫! ……多分」

「っふふふ、うそうそ! 冗談だよ」


 靴を履き替え、外に出る。冷たい外の空気に急に肌が張り詰めた。雪でも降り出しそうな寒さだった。

 すると、後ろから「藤先輩」と数十冊のノートを運ぶ蓮村さんに声を掛けられた。


「どこか行くんですか?」

「うん、ちょっと相談があるみたい。あ、この子は――」


 伊菜々ちゃんの事を言いかけると、蓮村さんはくすっ、と笑って「知ってますよ」と言った。


「藤先輩、今日は彼女の特権を行使してヤキモチを妬いておきますので……」


 小走りに蓮村さんが駆け寄ってくる。


「先輩も私の事を気にしながら相談を受けてくださいね」


 そう耳打ちして、いたずらっぽく笑った。

 この子はもう……、また恥ずかしい事を。

 そうして蓮村さんは、ヒラヒラと片手を振って職員室の方へ行ってしまった。


「……わ〜、白雪姫ちゃん、可愛かった〜。ホント、お人形さんみたい……」


 そう関心する伊菜々ちゃんを横目に僕は「行こうか」と恥ずかしさを我慢して言った。



 駅前のカフェはさほど混んではいなかった。店の人に二人席に案内され、僕達はそれぞれに席に座る。

 マフラーを外した伊菜々ちゃんから低い位置で結われたツインテールが露わになった。


「う〜ん、私はホットのカフェオレが良いかな」


 メニューを見ながら、呟く。


「じゃあ僕もそれで」

「おっけー。すいませーん!」


 伊菜々ちゃんが手を挙げて店の人を呼んだ。

 日向が褒めていた。伊菜々ちゃんは何でも気がつくし、気が利くいい子だって。

 確かに、と思う。後で言ってあげよう。


「それでね、相談なんだけど」


 店の人が去った後で伊菜々ちゃんが切り出した。


「うん、どうしたの?」

「八尋君、今日は21日でしょ? って事はね、クリスマスイブまで後3日しかないんだよ……」


 深刻そうにため息を一つ落とした。

 そうか、もうクリスマスか。気にしてみると、メニューがクリスマスカラーになっていたり、本当にクリスマスだ。


「で、クリスマスイブに何かあるの?」

「ばっ――……か、八尋君、本気? クリスマス舐めてんの!?」


 興奮気味にそう言って伊菜々ちゃんは「良い?」と僕を指さした。


「クリスマスと言えば、恋人達の日! だよ」

「……って言われても僕、蓮村さんが初めての彼女だからなぁ」


 肩をすくめる。すると伊菜々ちゃんは、やれやれという風に笑った。


「……うん、まあね」


 と、そこでカフェオレが運ばれてくる。砂糖を入れて、かき混ぜて、そのまま一口目を飲んだ。


「ん、おいしい」

「でしょ〜。おいしいよね、ここ」


 カシャン、とカップと皿がぶつかる音がして伊菜々ちゃんがカップを置いたのが分かった。


「亮君さぁ、何あげたら喜ぶと思う?」

「クリスマスプレゼント?」


 僕もカップを置く。


「……うん。亮君は誕生日とかね、サプライズしてくれるんだよ。でも私はまだ何も返せてないから、クリスマス、喜ばせたいなって」


 僕は亮の顔を思い浮かべた。あいつは伊菜々ちゃんラブだからなぁ。


「亮は伊菜々ちゃんがあげたものなら何でも嬉しいと思うけどね? それじゃ、答えになってないか」

「正解。答えになってませんっ」


 伊菜々ちゃんが言い切る。


「ごめんごめん。……あ! そういえば、スマホケース欲しいって言ってたからそれはどう?」

「スマホケースかぁ、良いかも! ……ん、でもスマホケースって結構毎日使うし、趣味とか合わなかったら嫌だよね……」


 そう考え込んでしまったので僕は再びコーヒーに手を伸ばした。

 クリスマスプレゼントか、蓮村さんにもあげたいな。


「ちなみに、八尋君は白雪姫ちゃんからどんなプレゼント貰ったら嬉しい?」

「僕!? ……そうだなぁ」


 蓮村さんが選んでくれた、と思うとそれだけで嬉しいけど――、


「手作りのものとか、結構嬉しいかも。恥ずかしいこと言うと、何か一生懸命な蓮村さんが想像出来て」

「わ〜、ぴゅあっぴゅあだね。良いね良いね、そういうの。そっか〜手作りかぁ」

「ぴゅあって……」


 僕は苦笑いを零した。あの件を知っててこの言葉を僕に掛けるなんて、伊菜々ちゃんも相当変わっている。


「でも、何かインスピレーション? 湧いてきたしっ、ちょっと考えてみるよ!」


 カップを持った両肘を机に付き「よし」と目を輝かせて笑った。


「うん。亮も楽しみにしてると思うよ、クリスマス」

「そうかな? ふふっ、ありがとう」


 それを聞いて、僕は飲みかけのカフェオレを飲み干した。




「ホントに払ってもらっちゃった……。良かったの?」


 店を出た後で伊菜々ちゃんが僕を見上げた。


「もちろん。頑張ってね、伊菜々ちゃん」

「八尋君もね」


 僕達はカフェの前で別れることにした。お互いに「じゃあ」と手を軽く上げて、その場を後にする。

 伊菜々ちゃんは、もう暗いから、とお母さんに迎えを頼んだらしかった。

 僕はもちろん駅だ。寒さに凍えながら、駅の改札に入る。


「――あっれ〜、八尋君じゃないですか」


 びくっ、と考えるよりも先に身体が反応した。この声は……振り返らなくても分かる。


「何でまだ生きてるんですかー? ……俺の姉を殺しといて」


 僕は奥歯を噛み締めた。恐る恐る振り返る。


「……久しぶり、貴也たかや君」


 彼は僕の顔を見て、愉快そうに顔を歪めた。貴也君の耳元のピアスが揺れる。

 貴也君は僕が見殺しにした幼なじみ、帆乃ほのの弟だった。


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