Ep.6 主人公になってください!②
映画は蓮村さんが期待していた通り、凄く感動する内容で面白かった。映画を見てわかったけど、蓮村さんはかなり涙脆いらしい。隣でぼろぼろ泣いていた。
「……蓮村さん、大丈夫?」
映画館を出てから、僕は鼻を啜る蓮村さんに問い掛けた。
「ズッ……はい、すいません 」
「涙脆いんだね」
「先輩は涙脆くないんですね」
全く泣いてない僕を見て蓮村さんが言う。
「感動はするんだけどね。……なんか泣いちゃいけない気がするんだよね」
「……藤先輩?」
「あ、ううん。なんでもない、なんでもない!」
慌ててはぐらかす。気を抜くと駄目だな。
「あ、藤先輩、お腹空きません?」
映画が二時間くらいだったから、確かに昼近い。
「蓮村さんは何が好きなの?」
「……藤先輩です」
……ん?
『蓮村さんは何が好きなの?』
自分の言葉を思い出す。
僕は照れ隠しもあって苦笑いする。
「そういうのじゃなくてね」
「藤先輩が好きな食べ物はお味噌汁っ。あとは白米っ」
「びっくりした。凄いね、蓮村さん」
流石と言うべきか、好きなものは基本情報になるのだろうか。
「私、先輩が美味しそうにご飯を食べるところが見たいです」
そういう恥ずかしい事をさらっと言ってくるので、僕もそのまま仕返ししてみる事にした。
「僕も蓮村さんが美味しそうにご飯食べてるところ見たいんだけどな」
「ななな、なんて事を言うんですか!!」
お互い様だと思うよ蓮村さん……。
「じゃ、じゃあ、和食のお店にしませんか? 先輩はご飯とお味噌汁好きだし、私もお魚好きなので」
「魚好きなんだ?」
「歳不相応ですよね」
「えっ、なんで? 魚、全然良いと思うよ。僕も好きだし」
と、意見が合ったところで、僕達はレストラン街へと向かった。隣で「今の! 「僕も好きだし」ってもう一回言ってください」とボイスレコーダーを向けてくる蓮村さんに気押されながら「いやいや」とボイスレコーダーを手の平で軽く突き返す。
「永久保存しようと思ったのに……」
肩を落とす蓮村さんにそんなに録音したかったのか、と思う。
昼時というだけあって、レストラン街はどのお店も賑わっていた。当然ながら和食の店も混雑していて、すぐには中に入れなかった。店の前に並べられた椅子に座って、数分待つ。
「藤様、ご案内致します」
順番が回ってきて、僕達は店の人に付いていく。
「藤先輩の苗字で呼ばれると、なんか良いですね」
蓮村さんは両頬に手を当てて変な顔をしていた。
「蓮村さん、何してるの……?」
今の笑うところだったかな、と思いつつ僕は問い掛けた。
「にやけないように顔を固定してます!」
そっちか!
予想を超えていく蓮村さんに僕も笑いが堪えきれなくて、つい笑ってしまう。
「……っくくく」
「あっ、なんで笑うんですかー!」
「……っごめんね、蓮村さん、やっぱり変わってるなって思って。もちろん良い意味でね」
そう言ったところで、店の人が「こちらのお席にどうぞ」と僕達を振り返る。
「ご注文がお決まりになりましたら、そちらのベルでお呼びください」
一つしかないメニューを机の真ん中に置いて二人してメニューを覗き込む。色んな焼き魚のメニューが並び、どれも美味しそうだった。
しばらくしてお互いに料理を決めてそれを注文する。蓮村さんは焼き鯖定食で、僕はさんまの塩焼き定食だ。
料理を待っている間、歓談していると蓮村さんが「藤先輩」とやけに改まって言う。
「藤先輩に、お願いがあるんです」
「……お願い?」
「はい。……あの、主人公になってくれませんか?」
主人公――?
「お待たせ致しました、焼き鯖定食とさんまの塩焼き定食になります」
良くも悪くもそのタイミングで料理が運ばれてきた。
蓮村さんのまっすぐな視線が僕を見つめる。店の人が去ってから僕は「主人公って?」と尋ねる。
「映画とか、漫画とか、そういうのに出てくる主人公?」
「はい」
蓮村さんは間を置かずに頷く。
「実は私、ネット上で漫画連載してるんです」
「そうなの!? 漫画家って事だよね?」
僕自身、漫画はかなり読んでいたし、純粋に漫画を描ける人を凄いと思っていたからつい興奮してしまう。
「漫画家って言っていいのか分かりませんけど、一応お金を頂いてお仕事としてやってます」
そう言った後で蓮村さんは「あ、ご飯!」と料理に気づく。さっき店の人が来たのには気づかなかったらしい。
「すいません、食べましょうっ」
「食べよかっか。よし、いただきます」
手を合わせる。
僕は味噌汁を口に運んで、ほっと一息つく。急に蓮村さんが凄い人のように感じられて、変に緊張する。いや元々、白雪姫だし高嶺の花ではあったんだけど。……可愛くて、性格も良くて、僕より年下なのに仕事もしてて、蓮村さんは――凄い。
「漫画ってことは、もしかしてそれで主人公?」
「もうすぐ連載が終わるので、新しい企画を出さなきゃいけないんですけど、その主人公のモデルを藤先輩にしてほしくて……」
蓮村さんの声がだんだんと小さくなる。
「これは私のわがままなんです」
申し訳なさそうに呟いた。
「藤先輩と恋人同士ってだけで十分すぎるくらい幸せなんです。でも、私はクリエイターだから……。藤先輩のさり気ない優しさとか、先輩の全てを描きたいと思っちゃったんです」
まるでプロポーズされている気分だった。蓮村さんからの熱烈な告白はこれで二回目だ。あの時もそうだ。僕は彼女のこの必死さと、この瞳には適わない。
「……僕は多分何も出来ないよ? 漫画を書く為に何が必要か、とか全然分からないし」
「……っ絶対ハッピーエンドにしますから。先輩を幸せにしますから!」
幸せに?
やっぱりプロポーズみたいだ。
僕は可笑しさに笑った。
「……っははは! 蓮村さん、駄目なんて言ってないよ? ……僕で良ければ、主人公、やらせてください」
軽く頭を下げる。
「良いんですか……?」
「良いよ。それに僕も漫画好きだから」
途端、蓮村さんが俯いた。
「……だから漫画を描いてるんです」
「ほら、食べよう。蓮村さん」
僕が言ったのと同時、蓮村さんも何か言った気がするけど気のせいだろうか。
僕はさんまを箸で掴む。
「先輩、ありがとうございます」
顔を上げて、そう笑った蓮村さんは本当に嬉しそうだった。
「さて、私もいただきます!」
そして一口、また一口と食べ進めて「美味しいですねっ」と頬を押さえた。
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