第11話

 あのあとはというと

 やっぱりというか入院。近くの病院の個室が開いていたため、そちらを使わせていただくことになった。

 これで所長を押し込め、とりあえずは安心というわけであるが。

「カオル君、ありがともういいよ」

「……」

「もういいよ仕事終わり帰って帰って」

「僕が一体どんだけ心配したと思っとるんじゃこのボケナスぅ!」

「痛い痛い痛いッ!!それだめそれだめ骨罅入っているのぉおおお!」

「うすらやかましいわぁ!」

「んほぉおおおおお!」

 と、子どもにはおおよそ聞かせられないような悲鳴を上げて、病院のベッドに入ることになった。

 病状は骨折。

 肋骨は三か所。腕の骨にも罅が入り、もちろん背中は打ち身で体を動かすたびに、所長は顔をゆがませていた。

 当然動くこともままならず、個室のベッドで彼は手持無沙汰にゴロゴロとしている。まぁ何もしないわけで、当然、世話役は多少は必要なわけで、僕はここに残ることにした。

「ほら帰りなよ」

「うるさい洗濯物出してくださいよ」

「ええええ……」

「ていうか、そのパジャマ何日目ですか。早く脱いでくださいよていうか脱がしますね」

「有無も言わさずですのッ!?」

「ていうか臭くて洗っても匂い取れないと思うんで破いて捨てますね」

「えええ!?」

「ほらほら破くんでじっとしてください」

「いやいやいやいやせめて自分で脱ぐんでちょっと待って待機オシャシャスッ」

「グシャグシャに切り刻んだほうがいいですか?」

「いやぁあああ!助けてぇええ!」

「……二人ともなにやっているんだ?」

「ダイスケぇ! 助けてぇええ!」

 ―――――とまぁ、日々元気になっていく所長に安堵を覚え、僕は世話を続ける。

 つもりだった。

「……?」

 病院に入って一週間。

 今日も僕はというと、東京の自宅から静岡の病院までくんだり来て、ものぐさな所長の世話に来たところだった。今日も今日とて個室の入り口を開けて、さぁ中に入ろうとした時だった。

「……」

 違和感。

 ないものがあった。

 ベッドのふくらみ。人の気配。

 ああ、トイレにでも行ったのかと思い、僕はベッド周りの整理をしつつ、所長が戻ってくるのを待つことにした。

 一時間。

 二時間。

 戻らない。

 一時間で戻ってこない時点でおかしいことに気付くべきったか、僕は恐る恐るベッドに敷かれたシーツを剥いだ。

 そこには、手紙が一枚、そして札束が何十枚と詰まった封筒。

『よろしこ』

 それだけ。

「……あんのオケラやろうがぁあああああああああああ!」

 看護師が飛んでくるほどの怒号が部屋中に響いた。





『というわけだ、シロウ。カオル君、それこそお前を食い殺さんばかりの勢いだったぞ』

「だろうね。まぁ手紙の通り、病院の支払いは任せるよダイスケ』

『いやいやいや。あの一言でそれを察しろというのは彼には無理があるぞ』

「君宛ての手紙だよ。わかってくれるとうれしい」

『……お前、今どこにいる』

「こっちは暑いよ。まさに南国といったところだ」

『―――――まさか』

「ついたばかりだ。まだ帰りの土産も考えていなくてね」

 そこは人の行きかうロビー。

 私は小さなリュックを肩に通し、周りの旅行客に奇異の目を向けられながら、出口に立っていた。

 当然というべきだろう。アロハに短パン、サングラスがフォーマルスーツのこの空間にまさかパジャマ姿でいるというのだから。

 ここは空港。

 場所は沖縄。

 私はその突き刺さるような日差しの下へと歩みだそうとしていた。

『―――――本籍地、調べてみたが、どうやら随分南のほうだ。それにすでに廃村になっているとの話だ

 たぶん、何も出てこないかもしれないぞ』

「ありがとう。最低でも二日で帰るよ。その間頼むよ」

『どっちをだ?』

 ダイスケの言葉に足が止まる。

 熱気のこもった風にため息が漏れ、私は早速流れ落ちる汗をぬぐいつつ、小さく首を振った。

 その間五秒か、その短くも長い沈黙を察し、携帯越しにダイスケは同じようにため息を吐き出して呻いた。

『―――――わかった。こっちの好きにするぞ』

「すまないね。無茶ばっかり言って」

『一つ聞いていいか?』

「うん?」

『志野原歩美は、あのアパートで何を見たと思う?』

「救いだよ。そしてソレは決して来ることはなかった。

 あの崖の底に打ち捨てられたのは、彼女が信じたものすべてだ。それを知ろうとするもの全てを、アレは秘匿しようとする」

 タクシー乗り場が近づいてくる。

 私は携帯を持った手を軽く上げると、近づいてくる車両を前にまた受話器を耳元に当て東京に残るダイスケに語り掛ける。

「時間がない。彼女はすべての秘匿から隠されようとしている。彼女を知るものは、残り一人だけだ」

『そしてお前自身』

「カオル君にはできる限り何も伝えないでくれ。そうある限り安心だ」

『そのつもりだよ。俺は麦倉浩二を監視する。それでいいな』

「気をつけなよ。すぐに『彼女』は君と彼の前にやってくるだろうからね」

『無鉄砲なお前とはわけが違う。それこそお前に送る言葉だよ」

「結構、では何かあれば連絡するよ」

 私は通話を切ると、タクシーに乗り那覇市内へと足を運ぶことにした。さすがにパジャマ姿で町を出歩いては、警察に捕まってしまう。

 まずは、フォーマルな姿で町を出歩かなければな。

 


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