第13話


「クミと私の人生は、違うんだよ。どんなに近くたって、私たちは一緒にはなれない。私はクミをひっぱってやれないしクミの前にも立ってやれない。クミはさ、音楽がやりたいんじゃなくてあたしといっしょにいたいだけなんだよ。なにも考えたくないだけ。それじゃダメなんだよ。もう、ダメなところまで私たちは来たんだよ」


 私は何も言えないまま、先輩を乗せたバスが少しずつ遠ざかっていく光景をただ見つめた。点滅する光の中に吸い込まれていく赤いバスの色。その赤色が、くっきりと目に焼き付いて今も離れない。


 もう随分と経ったのに、先輩の言葉を一言一句思い出せるのは何故だろう。嫌な記憶から先に薄れていくなんて虚言だと思う。先輩の声が少しずつ尖っていく様子も、それを言い終えた先輩のすっきりしたような表情も、忘れたことなど一度もない。あの日あの晩あの瞬間に、欠けてしまった私の中の一部分は今も埋まることがなく、冷たい風が吹き抜けている。


 それから先輩と会うことはなかった。

 何処にいるのか、どんなことを考えて誰と過ごしているのか、私は何も知らない。


 私の話を聞き終えたアカリは「きっついねー、その人。でもそんなの、気にすることないよ。」と明るく言ってのけた。その声があまりにあっけらかんとしていたので、どんな言葉が返ってくるか構えていた私は拍子抜けしてしまった。

 かすれた声で「どうして」と尋ねると、アカリは大きく伸びをしながら、息を吐いた。そんなに重く受け止める必要なんてないよと思わせてくれるような心からの笑顔に、居心地の悪い違和感を抱く。


「だって今、クミは頑張ってるんだから。過去は関係ないよ、大事なのはこれからだって。あたしたち最強だもん、先輩をぎゃふんと言わせてやろーよ。」


 これで話はおしまい、とスイッチを切り替えたアカリは「じゃあ、昨日の続きから合わせよーぜ」と机のふちに立てかけていたギターのネックを乱暴に手にとった。

 ポジティブなのか能天気なのかわからないアカリの言葉にぎこちなく頷きを返す。本当にこれでいいのだろうかという一つの疑問を消すことができないまま、彼女の弾くギターの音に耳を傾けた。

 


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