第7話


 末っ子気質のアカリは、人の懐に入ることに長けた女の子だった。

 バンド結成が決まってから数日。ベースとドラムとキーボードの少女たちを捕まえてスタジオにやってきたアカリの迅速な行動力に、私は感心してしまった。

 五人編成の私たちのバンドは、来月に初めてのライブをすることが決定した。それから話し合いの結果、月に二回、継続的にライブを続けていくことになった。それらの面倒な段取りや、ライブハウスとのやり取りを進んで引き受けてくれたのもアカリだった。最初は不安だったバンド活動も、アカリのお陰で波に乗ってきているように思えた。


 私とアカリは、毎日のように互いの家を行き来しては、夜な夜な私たちの未来について語り合った。曲や歌詞、メロディラインや売り出し方について、話したいことも、話さなければいけないことも山のようにあった。他者に対して開けっぴろげなアカリと、一歩引いてみる癖のある私は、思ったよりも気があった。バンドメンバーの一人のツキコには良く、「仲良しの兄弟みたい」とからかわれたけれど、悪い気はしなかった。

 その指摘は確かに正しかった。「魂の片割れ」という人間がこの世の中に存在するのなら、私にとってのアカリはそれだと強く思った。アカリと話していると、どちらがアカリの感情で、どちらが自分の発言なのか良くわからなくなった。私たちの境界線はひどく曖昧だった。私はアカリで、アカリは私だったから。

 これほど心の距離が近づいていると感じた経験は、先輩以外にはなかったし、今後もないだろうと思っていた。私はアカリと一緒にいると、先輩のことを忘れられるような気がした。


 私は軽音楽部に入部してすぐに、先輩とバンドを組んだ。

 先輩とバンドを組んでいた期間は約三年半だった。もっと長かったようにも思えるし、短かったような気もする。先輩はアコースティックギターを弾きながらマイクにがなり、私はエレキギターを弾きながら先輩をバレないようにこっそりと見つめた。舞台の上の先輩はとてもかっこよくて、胸が震えた。同じ時期に入部した女の子たちからは、先輩のお気に入りが私であることを羨ましがられた。先輩は誰にでも平等に優しかったが、とりわけ私には目をかけてくれた。愛嬌も可愛げもなく、特に優れた武器を持たない私が気に入ってもらえた理由は未だによくわからない。


 私たちは一緒にたくさんの舞台に立ち、色々な曲を演奏した。先輩のつくる歌詞は、素直に感情を表現できない先輩らしい、ひねくれたものばかりだった。先輩はいつも、慢性的なさびしさを抱えていた。どれだけ大きな賞賛をされても、どんなに沢山の人に愛されても、先輩のひびの入ったコップは満たされることはなかった。自分にとってプラスになることを全部、広げた両手で取り逃がしているような人だった。


 すぐに情緒不安定に殺されかける先輩はごくたまに私に当たった。呪いのような言葉を撒き散らし、私の心の柔らかいところを狙って傷つけた。今思えば、あれは先輩のいっとう近くにいた私に対する甘えだったのかもしれない。

 どれだけ深く傷つけられても、私は先輩のそばでギターを弾きつづけたのは、先輩のことが心配だったからだ。私たちはよく似ていたから、そうすることが先輩の為になるのだと知っていた。私たちは音楽をつづけ、少しずつ上手くなった。ふたりぼっちの狭い四畳半の王国で、MacBookの白い画面を見続けた。少しずつ増えていくバンドアカウントのフォロワーや、PV動画の再生数に心を躍らせては、夜が明けるまで自分達の目指す音楽について語り合った。そういう夜のあかし方が、私はとりわけ好きだった。


 締め切ったカーテンの隙間から新しい朝日が差し込んでくる尊い瞬間に、世界中で誰よりも私を理解してくれる先輩と時間を共にできること。そのあまりの幸福に胸をいっぱいにして迎える朝だけは、私はここに存在するのだと、ここに生きているのだと思えた。

 あのときに似た幸福感を、アカリという少女は私にくれた。この女の子を手放したくないと強く感じるたび、私は先輩のことを忘れられるかもしれないという期待を抱く。


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